8話 少女、親子に同行を申し入れる

「…………あの」

 シルヴィアとエドワードは、おずおずと話しかけてきた少女を見た。

 ずいぶんとくたびれた鞄を一つ持っているが、装いは上品で良家の子女のようだった。ピンクがかった茶色い髪を肩側にまとめてリボンで縛り、澄んだ青い瞳はおとなしそうな雰囲気をしている。

 エドワードは少女の雰囲気と装いを見てなんとなくチグハグさを感じたのだが、黙っていた。

「どちらまでいらっしゃるんですか? もし良かったら、道中をご一緒させていただけないかと思いまして……。私も一人旅なのですが、理由があって馬車での移動ができないのです」

 少女の言葉を聞いたエドワードは、シルヴィアを見た。

 エドワードとしては、その少女からなんとなく必死さを感じさせたので、やめておいたほうがいいと思ったのだ。

 その理由を一言で表すならば、『怪しい』から。

 だが、怪しさでいうのならエドワードのほうが上だった。なので、シルヴィアがなんと答えるか聞きたかったのだ。

「はい。私がリーダーでよければどうぞ」

 すんなりとシルヴィアはうなずく。

 少女はホッとして破顔し、エドワードを見た。

「良かった! ……お父さんも、私がご一緒して良いでしょうか?」

 悪意など欠片もないはずの少女の言葉に、エドワードの顔は引きつった。


「ご、ごめんなさい。てっきり親子かと……」

 ジーナと名乗った少女は、ひたすら謝った。

「いや、いいんだけど。でも、そんなにおじさんに見える?」

「いえ、見えないです。違うんです、ただ兄妹にしては歳が離れていたので……。ずいぶんと若いお父さんだなとは思ったのですが」

「似てもいないと思うんだけどなぁ」

「すみません」

 エドワードは、笑顔でジーナにネチネチとイヤミを言い続けた。

 近衛騎士だった頃も詐欺師のときもモテていたエドワードとしては、おっさん扱いされて内心は憤懣やるかたない。

 さらにエドワードはネチネチ続けようとしたが、シルヴィアが

「『私がリーダーです、【支配ドミナント】』」

 と、どうやら魔術を発したようなのでやめて黙った。

 少女はエドワードのネチネチ攻撃がやみ、ホッとしたようにシルヴィアを見て、

「えぇ、わかったわ」

 と笑顔でうなずいていた。

 エドワードは注意深くジーナを観察したが、特に変化はない。シルヴィアの言うとおり精神支配の魔術ではないようだとそっと胸をなで下ろした。


 少女と幼女は手をつないで歩く。

 その後ろをエドワードが歩いた。

 周りには家畜がのんびりと歩いている。

 のどかな風景だな、とエドワードは他人事のように思った。実際、いくら公爵領が安全な領とはいえ、こんな無防備そうな格好で護衛もつけずに歩いていたら、どこかで野盗か魔獣かに襲われるのが当たり前だ。

 だが、まるで公爵領は安全です、と言わんばかりに呑気に歩くエドワードたちは、もしも【防犯】の魔術がなければ奇異に見られているんだろうな、とエドワードは歩きながらボーッと考えていた。

 そして、そのことをジーナはどう思っているのか。これが旅のスタンダードだと思っていたら、別れたあとにとてつもなく痛い目に遭うのだが、ま、それも勉強だろうとエドワードは意地悪く思った。お父さん呼ばわりされたことをまだ根に持っているエドワードだった。


 シルヴィアとエドワードもジーナに自己紹介していた。だが、シルヴィアに関してはジーナは名乗られても公爵令嬢だとは信じていなかった。笑ってうなずいただけだ。

 だがそれは、休憩するときに真実だとわかった。

 エドワードが人気のない休憩場所を見つけ、そろそろ休憩しようと提案すると、ジーナとシルヴィアはうなずいて同意した。

「ではお嬢様、準備をお願いいたします」

 エドワードがおどけて言うと、シルヴィアが期待をこめた目でエドワードを見つめる。

「エドワードはてんさいです」

「うん、それを言わなくても作るから安心して」

 食事のたびに言われるので、エドワードはちょっと辟易していた。

 ジーナはわけがわからず、だがいつもの癖で黙って曖昧な笑顔でいたが、シルヴィアが地面を杖でノックした途端に竈が現れて目が点になった。

 立ち尽くすジーナの肩をエドワードが叩く。

「これだけの強力な魔術を見せつけられたんだ。シルヴィア・ヒューズ様が言っていることが本当だってわかっただろ?」

 エドワードの言葉に、ジーナは顔が青くなった。

 平民でも魔術は使える。だが、たいした魔力量ではないし使える魔術もほんの少しだけ生活が便利になる程度のものだった。強力な魔術は貴族にしか使えない。それは常識だ。だから、シルヴィアの魔術を見たジーナは、平民では決して見ることのないほどの強力な魔術を見て、シルヴィアの言っていることが本当だとわかったのだ。

 ジーナはエドワードと違ってほぼ家から出たことのない平民なので、領主の姓は知っていてもそれを偽って名乗ることがどれだけ不敬かがわかっていなかった。だから、子どもの虚栄心から出た嘘だと思ってしまったのだ。

「信じていなくてごめんなさい。あと、失礼な態度をとってしまって……」

 小さくなりつつジーナが謝ると、シルヴィアはわからないといった感じでジーナを見たので、エドワードがとりなした。

「シルヴィア・ヒューズ様は寛大な方だから大丈夫だよ。俺だってこんな態度で接しているし」

 エドワードがそう言ったら、シルヴィアは急に鼻を膨らませてフンス、と息を吐いた。

「私はいだいです」

 ドヤ顔をしたシルヴィアを見た二人は、顔を見合わせて笑った。

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