3話 優男、幼女をかまう
シルヴィアは寄ってきた男を見た。
背が高く、眼鏡をかけていて猫背。〝優男〟といった雰囲気だ。
片手を挙げて挨拶をしてきた。
「よう。お嬢ちゃんは何をしているんだ?」
シルヴィアは、感情の浮かばない瞳で男を見つめると、男がたじろぐ。
「…………おなかすいたので、ごはんつくってます」
男は、その言葉が意外だったようだ。
「食事を? ――あれ、いつの間に鍋に火をかけたんだ? 早くないか?」
男は、シルヴィアが鍋をかき回しているのに驚いた。
「――まぁいいか。ちょっともらえないか? 代金は払うよ」
ホラ、と銅貨を見せられた。
シルヴィアは、しばらく銅貨を見つめる。
男が不安そうな顔になり「やっぱいい――」まで言いかけたとき、
「いいよ」
と答えた。
「――うん、大丈夫じゃないな、この子」
男は一人で納得した。
無言で鍋をかき回すシルヴィアに、男は尋ねる。
「俺はエドワード。旅の商人だよ。お嬢ちゃんの名前は――ってその前に、これからどこに行くのかな? 見たところ家畜を連れてるみたいだけど――放し飼いだけど、いいの? どっかに行っちゃわない?」
男――エドワードはソワソワして周りを見渡す。
「私はシルヴィア・ヒューズです。城塞もらったのでいくとちゅうです。家畜は私のいうこときくのでどっかにいかないし、よべばくるからほっといてへいき」
エドワードは瞬きを何度かした。
「ヒューズ? ……って、ここの公爵家じゃない?」
エドワードが尋ねてきたのでシルヴィアはうなずいた。
「いやいやいや。うん、じゃなくてさ。そういう冗談は言ったら拙いだろ。もしもバレたら捕まっちゃうよ?」
エドワードが慌てた口調で否定すると、シルヴィアがまた感情のない瞳をエドワードに向ける。
「じょうだんしらない。私はシルヴィア・ヒューズです」
そして、懐に手を突っ込むと紙を突き出した。
エドワードが引きながらそれを読むと……。
「…………マジか」
「マジです」
確かに、領主のサインと城塞と類するすべての権利をシルヴィア・ヒューズに譲ると書いてあった。
エドワードは、うっかりととんでもないことに首を突っ込んだかもしれないとじわじわ思い始めてきた。
世間知らずのお嬢ちゃんから家畜の一匹でもくすねて世間を教えてやろうと思ったが、彼女の終着点は次の町じゃない、城塞だと聞いてこれはヤバいと思い始めた。
何しろ、このお嬢ちゃんは近くにある村からではなく、領主の屋敷から出発してここまで到達しているのだ。
エドワードは、護衛がどこかに潜んでいるのか? と思わず辺りを見回してしまった。
「どうしたですか」
「い、いや? お嬢ちゃんは、一人でここまで来たのかな?」
「そうです。いらない子になったので、いらない城塞もらってそこに一生いろといわれました。だから、城塞でくらすです」
エドワードはシルヴィアの返事を聞き、黙って瞬いた。シルヴィアはまた鍋に目を移し、かき混ぜる。
「できました」
シルヴィアはそう言うと、いつの間にか用意されていたお椀によそい、エドワードに突き出した。
エドワードは無意識に受け取り、それを啜り――
「ブホッ!」
噴いた。
「おい! なんだコリャ!?」
「ごはんです」
「嘘だろ!? ……いや、確かに幼女が作る料理の腕前か……」
エドワードは、あまりの不味さ――いや、味のしなさに震えた。
「えいようはたりてるはず」
「幼女が栄養を考えるなよ! 味を追求しろ! ……あーっもう、貸せ!」
エドワードは、マジックバッグから干し肉を取り出し、削って入れ、他にも少し調味料や香草で味を調え始めた。
「確かにまずい飯でも食えるよ。食えるけど、それでもここまでひどいのは食ったことがねぇよ。つーか、もしかして俺って料理の腕がいいのか?」
ブツブツ独り言を言いつつ、味を調え、味見してうなずいた。
「うん。調えりゃ食えるな。つか、俺ってやっぱ天才だわ」
そう納得すると、器によそってシルヴィアに手渡した。
「これが、栄養よりも味を追求した結果だ。食ってみ?」
シルヴィアは言っている意味がわからないと首をかしげつつ一口啜る。そしてカッと目を見開いてエドワードを見た。
「エドワードはてんさいです」
「だよな!」
上機嫌でエドワードも食べた。
――食べつつも、エドワードは辺りの気配を探った。感覚器官上昇スキルと風魔術を使い、護衛が潜んでいないか探る。
探った結果、誰も――人っ子一人いないことがわかった。
いるのは、馬と、牛と、豚と、山羊と、羊と、鶏。家畜たちが呑気に草をついばみ、水を飲んでいるだけだ。
なんで無事にここまでたどり着けているんだ……と思ったが、このまま進めば絶対にどこかで盗賊や人攫い、いや普通の連中だって見逃さず、家畜は一匹残らず捕まえられて彼女自身は売り飛ばされるだろう。
だが、関係ない。自分には関係ない。
今までエドワード自身が人を陥れてきた。さすがに人身売買はないが、詐欺行為はたくさん働いてきた。さんざん人を騙してきたのに、今さらこんな幼女、しかも公爵家令嬢なんて地位の高い奴を――いくら追い出されて一人でここまで歩かされたからって――城塞をもらったような金持ちのお嬢ちゃんを――というか、たぶん一人で城塞に行けって言われたのは途中で野たれ死ね、ってのと同義語だよな――助ける義理なんてない。
だけど、
「――俺も、次の町に行く予定だから、そこまでは一緒についてってやろうか?」
と、エドワードはシルヴィアに言ってしまった。
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