2話 エドワードの場合

 エドワードは、父が政府高官に就いている侯爵家の次男として生まれた。

 両親の良い部分を受け継いだ容姿は秀麗で、背が高く、運動神経が非常に優れていた。

 授かったスキルは感覚器官上昇。地頭も悪くなく、ずば抜けた運動神経と合わせて貴族学園では常にトップの成績だった。

 卒業後は騎士を志望し、家柄も成績も良かったために第三王子の近衛騎士に選ばれ、近衛騎士団の中での地位もどんどん上がっていった。

 学生の時に次席だった男とは親友になり、一緒に騎士団に入団して何かと二人で支え合ってやってきた。上司部下同僚にも何かと頼られ、世話をやいていた。


 自分を支えてくれる親友、そして信頼を寄せてくれる第三王子。慕われ頼りにされている職場。

 何も見えていなかった、ただ表面の輝きのみを信じていた頃の自分の環境だ。

 ――唐突に、それは幻だと知らされた。

 ある日突然、自分を慕ってくれていたはずの同僚たちに捕縛され、何事かわからないまま牢に入れられた。

 そして取り調べを受けた。

 自分には第三王子暗殺未遂の容疑がかかっていると告げられ、エドワードは混乱した。

 濡れ衣だと、えん罪だと必死に主張し、裁判にまでなったが証拠不十分で無罪となった。


 ……無罪にはなったが、第三王子の近衛騎士は解任。それどころか、騎士団からも解任された。

 そして、侯爵家当主である父からは、不始末を挽回するために一から這い上がってこいと、事実上の勘当をされた。


 呑気でお人よしなエドワードも、ここに来てすべて悟った。

 親友だと思っていた男は内心、自分を疎んでいたのだ。

 嵌めたのは、奴だ。

 証拠は親友がすべて提出したという。それは、紛れもなく親友が陥れた証拠だ。だって、自分は無実なのだから。

 親友は、自分が第三王子の信頼を得て傀儡にするために、そして自分を妬ましいと思っていたがために行った。

 奴も優れていたが、すべてにおいて自分には一歩及ばなかった。それを悔しいと思わず「お前はすごい奴だなぁ。俺はお前のような男と親友になったことを誇りに思うよ」などと調子の良いことを言っていた。周りを欺き、見事に自分を陥れた。

 自分を含めた皆が奴の虚像を信じた頃、自分を罠に嵌めるための作戦を決行し、『親友を訴えるのはつらいが自分は騎士団としての信念がある』と、涙ながらに語ったことで誰もが騙され、自分以外は親友の言葉と捏造した証拠を信じたのだ。

 実の父でさえもだ。

 あれだけ自分は無実だと、これはえん罪だと主張したのに父は信じずに証拠を握りつぶすことを選んだのだ。

 その証拠を探ってくれれば、親友がやったという証拠になったというのに!

 そうして、あれだけ信頼をおいてくれていた第三王子、今まで頼りにしてくれていた騎士団員は、誰も自分が無実だという主張に耳を貸さず、侯爵家の力で証拠を握りつぶした犯罪者だと吐き捨てた。あたかも、今までもそう思っていたかのように。


 恐らくエドワードの父は、再度騎士団に入団し平民の下級騎士団員から上まで上りつめろという意味で勘当したのだろう。本当に無実なら容易いだろうと考えて、だ。

 だが、エドワードは絶望した。

 誰もが自分を信じていないのに、なぜ信じてもらおうという努力をしなければならない?

 なら、奴らが思うとおりの卑劣で最低な人間になればいい。


 自分の持ち物や侯爵家で目に付いた高価な品をすべて金に換え、第三王子から賜った剣さえ売り払い、エドワードは出奔した。

 途中で騎士団に忍び込み、自分が途中まで行っていた作業や書類はすべて破棄し、用意していた騎士団の給料を勝手に退職金という名義にしてすべて持ち去った。金を貸していた団員の借用書は高利貸しに売り払った。

 足りない分は、ソイツの部屋に押し入り、金目の物を持ち去って売った。


 そして王都から姿を消した。


 貴族なら普通は平民の暮らしに耐えられないのだが、エドワードは野営で下っ端のやるような雑用、そして平民と同等の作業をやらされていたため慣れていた。ゆえに野宿も粗末な食事も汚い宿も平気だった。

 エドワードは、当時は無自覚だったがイジメや嫌がらせを受けていたのに今さら思い至り、さらに絶望を深くした。

 手のひらを裏返したかのように人を信じず狡っ辛くなり、詐欺まがいの商人の真似事をして暮らすようになった。

 もともとは黒髪だったが、大半白髪になった。今は部分的に黒が残る程度だ。昔は騎士団員ゆえに背筋を伸ばし、上背と鍛え上げた身体もあって仰ぎ見るような雰囲気だったが、今はすっかり筋肉が落ち、粗末な食生活もあって細くなってしまった。


 流れ流れて、今は公爵領を放浪していた。

 乗合馬車の時間に合わず、次の町まで近かったのもありたまには歩くかとぶらぶらと次の町に移動する途中、遠方に不思議なモノを見た。

 牛や山羊などのたくさんの家畜とともにあるく幼女だ。

 おおかた親の使いで家畜を売りに行くのだろうが……不用心にもほどがある。

 あんな幼い子一人じゃ、悪い連中に家畜を根こそぎさらわれ、ついでに幼女もどこかに売り払われるだろう。

 そう思って見ていれば、幼女と家畜は道を逸れた。

 草原が広がり水場もあるので、休憩するのだろう。

 エドワードは通り過ぎる予定だった。

 恐らく、自分が次の町に着いても彼女たちは着かないだろう。そう考えながら。

 ……だが、いつの間にか道を逸れていた。

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