4話 優男、幼女に懐かれる
食事と休憩を終えた二人と家畜は、てくてくと道を歩く。
道中でエドワードは、聞かない方がいいと思いつつもシルヴィアから身の上話を聞いてしまった。
そして、聞かなければ良かったと後悔した。
(俺だって陥れられて、平民堕ちした。酷い有り様だ。
でも、シルヴィアも酷いな。というか、下手したら死んでたんじゃねーか? どう考えてもその生活魔術なる謎魔術が発現しなけりゃ誰も気付かないうちに餓死していただろうに。
シルヴィアの生活魔術は、彼女の両親が全貌を知ったら決して城塞に向かう途中で野たれ死ね、などと命令しないであろうという便利魔術だ。騎士団に知れたら間違いなく欲しがる。俺だったら欲しい。
なんせ、シルヴィアが杖代わりの長い棒で地面を叩くと、なぜか簡易竈が出来上がる。さらに叩くと、なぜか小枝が積み上がり、火がおこる。
竈を叩くと鍋が現れる。更に叩くとしゃもじが現れ、それで鍋を混ぜるとなぜか中身が現れる。意味不明。
……ただこの中身、味も素っ気もないクソ不味メシなんだけどな。
器も何もかも、叩けば現れるし、それを叩くと消えたりもするし追加で何か別のものが現れたりもする。要はシルヴィア本人しだいなんだろうけどよ。
しかも……シルヴィアは普通に魔獣も倒せる。
まだ短い時間だし日中だから野盗は出なかったが、数回魔獣と出くわすことがあった。
ソレ、俺じゃなくてシルヴィアが倒したからね。
シルヴィアの武器はスリングショット。『……幼女の威力でなんで倒せるの?』って疑問に思うくらい、玉が貫通する。尋ねたら、生活魔術の一つ【
「もしかして、野盗に遭わないのって何かの魔術か?」
と俺が尋ねたら、
「みんなと旅することになって覚えた詠唱、【
って答えられた。なんでもアリだね!
つか、ホントにコイツの両親はナニ考えてコイツを放逐したの?)
と、エドワードは内心考えながら、なんの感情も見せないまま語り終えたシルヴィアを眺めた。
夕暮れになったら、また道を逸れて草むらに行く。
野営をするつもりだろうが、こんな何もない――というより休憩する場所じゃないようなところで休憩をするのか? と、エドワードがいぶかしんだらシルヴィアがまた謎魔術で休憩場所を作っていた。
何か小声で呟きながら杖で地面を叩くと、そこそこの範囲の雑草が消え、平らな地面が出来た。
「……ソレって、なんて詠唱なんだよ?」
エドワードが呆れて尋ねると、シルヴィアは答えた。
「【
「お前、テキトーなネーミングでごまかしてねーか?」
そんな名前の魔術はないだろ、ってエドワードは思った。
エドワードはお手並み拝見とばかりに黙って見ていたら、もう無茶苦茶だった。魔術が。
荷馬車を叩けば勝手に綱が外れて馬は自由になり、荷馬車が変形して簡易の幌つきテントになった。せいぜい雨が凌げる程度だが、じゅうぶんすぎるだろう。
と、思ったら今度は何かを地面に撒いてノックするとあっという間に芽が出て葉が生い茂った。
それを、家畜たちが食べている。
さらに、またノックすると水場が現れる。どっから生えた、と思うような石のてっぺんのくぼみから静かに水が湧き、溢れ零れ出た水が、一段低い石のくぼみに溜まる。それを家畜たちが飲んでいる。
そしてお決まりの、竈が出来て火がおこされ鍋がくべられる。
「……もう、野営の大変さをバカにしたような結果だけど、幼女一人でここまでこれたのがどうしてかわかった。あとは俺がやるからもう休んでいいぞ」
すると、シルヴィアが見たこともない輝く瞳でエドワードを見つめたので、エドワードが驚いた。
「エドワードはてんさいです」
「……わかってる。美味い食事を作ってやるから」
餌付けしたかな、とエドワードは苦笑した。
今日、シルヴィアがしとめた魔獣を捌いて、一部分をマジックバッグに入れてきた。
腐らない魔石と、一番美味いとされる箇所の肉だ。
風通しをよくしつつぶら下げて歩いていれば乾燥して、数日経てば干し肉になる。
今日明日で食べる分は油紙に包んでマジックバッグに、残りは干し肉にしようと荷馬車に吊してある。
荷馬車が変形したときにエドワードは干し肉どうなった、と思ったが、ちゃんと干されたままだった。
エドワードは手持ちの鍋で肉を焼き、香草と塩をふる。
道の途中で摘んだ野草は湧き出た水で洗ってちぎり、肉を焼いた鍋に酒とビネガーと塩を追加してこそげ落とすように混ぜ、香草にかける。
シルヴィアが出した鍋に水と干し肉と干し野菜を入れて、塩で味を調える。
「よし、こんなもんかな。……器は出せるのか?」
『うつわ、うつわ』と、シルヴィアが慌てたように何度もノックすると、ガラガラと食器が現れた。
「待った! こんなにいらねーから!」
皿とお椀を取り、よそって差し出した。
「乾パンしかないけど、いいか?」
「エドワードはてんさいです」
「わかったから。答えになってねーから」
繰り返すシルヴィアにエドワードが辟易したように言った。
家畜たちはシルヴィアの近くのテントで、寄り添って眠っている。
いつもはシルヴィアも家畜たちと寄り添って眠るのだが、今日は違った。
エドワードの膝枕で眠っていた。
エドワードは困ったように天を仰いでいる。
懐かれてしまった、と後悔していた。
野営ではぐっすり眠ることは出来ない。いつ何が襲ってくるかわからないからだ。
だが……シルヴィアの魔術で、余程のことがない限りは襲われないのだろう。
こんな調子でずっとここまでやってきたのなら、運がいいよりも【防犯】とやらがかなりの高度な魔術だというほうが納得出来る。
無意識にシルヴィアの髪を撫でているのに気がついて、舌打ちした。
「……どーすんだコレ、俺」
責任なんて持てない。守る義理もないし、ついていってやる義理もない。
金も持って無さそうだ。野たれ死ねと追い出されたのだから、無一文だろう。
「……だけど、かなり使える魔術だよな。うん、そうだ。この魔術目当てだ。こいつの魔術があれば道中が楽になるし、もしかしたら城塞に金目のものがあるかもしれねーし。そうだな、それが目当てだ」
なんとか自分を納得させる言い訳を立てた。
行くあてなんてない。だから、次の町でオサラバしてもいいし、気まぐれに城塞までついていって、城塞で金目のものを駄賃代わりに盗んで売ってしまってもいい。それでようやく困惑を押さえつけ、シルヴィアを見た。
「おい、人のズボンに涎を垂らすなよ」
エドワードが嫌そうに言って、手拭きを取り出してシルヴィアの顔の下に敷いた。
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