依頼人との価値観すり合わせってマジ大事(前編)

「そこ、気をつけてくださいね」


「は、はい」


「そこ、右に怪物が居ますね。慎重に動けば問題ないですが、気をつけて。って、やばいかな?危ないから隠れるよ」


「はい!って、ひぇ!?こっちにも怪物!!?」


「シッ、もう少し静かに。見つかるよ、って、そっちじゃねえ。しゃがんで、そう。静かに」


「は、はいぃ」


 トラブルはあれど、俺たちの道行は順調だった。ヒカリさんは言うことをしっかり聞いてその通りに動いてくれる人だった為、危険を回避しながらの行動が容易だったのだ。


 まあ、途中から敬語での指示だと伝達が遅くなるのでタメ口になったが。構わないとのことなので、そのままいくことにした。


「いやぁ、ほんと助かる。たまに居るんだよな、怪物なんて怖くないっていって痛い目見るどころじゃない人が」


 俺たちが歩き始めてから40分。目的地までスムーズに進んではいるものの、結構な緊張状態が続いた。

 そのため今は休憩を兼ね、廃工場の跡地のようなところに身を隠している。


「あ、あんな怪物たち相手にそんなこと言えるなんて。というか、忌火さんが居なかったら死んでます。私」


 一人でも、なんて言っていたのがいかに浅はかな考えだったと俯いているヒカリさん。とはいえ、大したものだ。


「いや、結構危険な状況続きなのに泣き言一つ言わないのは本当にすごいよ。胸を張っていい」


 そう。悲鳴をあげたり、驚いたりはするものの、この40分間は何があってももう帰りたいとは言わなかったのだ。


 俺のお試しプランは、基本的には自己責任というものであり。正直、サービスとしては破綻している物である。勿論、提供している商品である以上、依頼人は守ると決めているが、何事にも例外がある。

 例えば、俺の指示に従わずに痛い目に遭う人、覚悟を決めていてもいざという時が来て恐れ慄き、パニックになってしまう人がそれだ。

 

 そうした人々は大抵、最初は泣き言を言い始め、最終的に俺に罵声を浴びせて帰りたがる。

 罵声を浴びせてくるだけならいいが、最悪その叫び声を聞いた怪物が襲ってきて、なんてこともあった。


 とある魔法的な契約を開始前に交わすおかげで、俺のこのサービスも問題にならない上、客とのトラブルも今のところないが。それでも、大の男や女性が帰りたい帰りたいと泣き始めることもあるのだ。


「……自分で選んで、危険を承知できたんです。そんなこと、口が裂けても言えません。それで、いつ出ます?」


 そう疲れた顔で言うヒカリさんを見て、俺はなんとなく。


『なんて良客。てか、その心構えならこうした仕事向いてたり?』


 そう思ったのだった。





「ヒカリさん、伏せて。右に一匹いるけど。あれは、駆除しないと進めないなぁ」


 廃工場を出てから10分。ヒカリさんの目的地までもうすぐのT字路まで来たのだが、行き先の右方向を少々厄介なのが道を塞いでいた。

 歪んだ赤い景色の中、明らかに場違いな灰色の壁。こっちでの通称はヌリカベ。異世界での正式名称はウォークストッパーというらしい。

 侵食値E相当でよく出くわす相手であり、見た目はコンクリートでできたこんにゃくのよう。ぱっと見は確かにかの有名な妖怪であるが……


「あの、左から行きます?ほんの少しだけ遠回りになっちゃいますけど……」


 時計を気にしながらヒカリさんがそういうが、時間が問題なのではない。なぜかといえば。


「いやぁ、駆除一択だ。見てて」


 俺がそう言って手頃な石を拾い、ヌリカベのいない左に向かって石を投げる。直後、ヒカリさんが目を丸くした。なぜなら


「壁が、生えた。というか、石を飲み込んだ!?」


 ギギギという音と共に裂けた口のついた壁が生え、投げた石を喰らったのである。勿論、右にもヌリカベは健在だ。


「さらにだな」


 もう一つ石を拾い、ヌリカベの上を通るように石を投げるが、それもギギギと伸びたヌリカベによって石が捕食されてしまった。驚くヒカリさんに、俺は告げる。


「ヒカリさん、俺は今ここにくるまで、基本的には塀を越えたりしなかったよね。それはああいうのを避けてたからなんだ」


「てことは、あんな危険が今までも……?」


「うん。必要がなければ言ってないところ含めて、数十箇所はあったかな?」


 絶句である。もしかしたら気がつかないで死んでいた可能性を考えたのだろう。


「……なんでわざわざ迂回するんだろうとか、塀を越えたらいいのにとか、思ったことも確かにありました。そういうことだったんですね」


 あとは異界化で道がぐちゃぐちゃになってるからとか、異界の中だとジャンプできなくなるのか?とかも思ったらしい。案外、想像力豊かな娘だったようだ。


 勿論、異界の中だからといってジャンプできなくなるわけではないし、塀を乗り越えたりできなくなるわけでもない。ましてや、ゲームのように爆破不可能な壁があるわけでもないのだから、リスクを考慮しなければ目的地まで一直線に壁をぶち抜きながら最短距離で行くことはできる。

 だが、ゲームでは見えない壁があるように。現実では死の可能性という壁が、俺たちの道を塞いでいる。

 誰が言ったか、見えざる脅威と呼ばれる怪物たちが。


「本来、ああしてテリトリーに踏み入らなければ無害なんだ。だから避けられる。まあ、万が一踏み込んだら共食いも躊躇わない貪欲さなんだけど」


「ちなみに、テリトリーはどれくらいなんですか?」


「凡そ半径1キロ。多分、ヒカリさんの家も範囲に飲み込まれてるね」


「そんな大きいんですか?!で、でも、あの壁をなんとかすればいいんですね?」


 早合点したヒカリさんが息巻くが、問題はそう簡単ではない。


「んー、あの壁はタコの触手とか、手みたいなもんでさ。あの壁一枚砕いてもすぐ再生されるかな」


 怖がらせてしまわないように言わないが、再生どころではない。下手に手を出せば、人喰い壁が追ってくることになる。


「そんな……」


 せっかくここまできたのに、と疲れが来たのか。少しふらついてしまったヒカリさんを元気づけるように、俺は頷いた。


「言ったでしょ。駆除するって」


 俺は魔銃をホルスターから出し、構えた。

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LOST WEEK ファンタジー化した世界で元自堕落サラリーマン、自営業を営む @Asitagamienai

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