ドロップアイテムが見えないバグ。クソゲーか?
「ずみません、ほんど」
「異界酔いは誰しもなります。仕方ないですよ」
あれから十分。相当グロッキー状態のヒカリさんを連れ、元バスターミナルのあった場所に生えた神社へ移動。
まともに口を開けるようになるまで待っていたのだが、まだ顔が青い。
「昔から三半規管が弱いからかもしれません。ほんと、ご迷惑を……」
ちらちらと時計を気にしているあたり、1時間の時間制限がこんなことで迫ってはたまらないという本音もあるだろう。だが、無理に動かれて状況を悪くされても困る。
「そんなに時間を気にしなくても大丈夫ですよ。これはお試しの時間には含みませんから」
嘘だ。酔いにくい人は世の中にはいるもので、以前お試しを使用した客の場合はきっちり時間に含めた。
まあ、その時はやたら身のこなしが機敏な子だったから時間がかからなかった為でもあるが。
《……この調子だと後10分といったところか?少し、周囲を見てくるか》
俺はヒカリさんにほんの少しだけ離れることを告げ、神社の裏手に回る。
異界と化した神社は赤く黒く、ファンタジーゲームではなくホラーゲームに出てきそうな有様だ。
地面はところどころぬかるみ、まるで血溜まりのよう。
「ひどいな、これは……」
グチャリグチャリと音が鳴り、周囲から獣の咆哮が聞こえる有様は正しく、魑魅魍魎蠢く異界である。
本来、侵食度が高くなればなるほどこの景色になっていくため、ここは本当にF値なのか怪しく思えてしまう。行政仕事しろとは言わないが、こんなに早く進行していたのならもっとしかるべき対処があったのでは?とも思ってしまうのだ。
そんなことを考えていると、少しひらけた場所に出た。
元は何らかの公園だったのだろうが、遊具は溶解し、もはや木のように見える。
その近くから何か音が聞こえたのでそちらを見ると、怪物がいた。慌てて身を隠し、様子を伺う。
「って、グンタイアリ……?C相当じゃないか」
勿論、アフリカや日本の一部地域にいるあの軍隊アリではないし、パッと見は一匹しかいない。
ただ人より大きいアリのような見た目の怪物だ。
だがこのグンタイアリ、おぞましいことに、その姿は一体の怪物ではなく、無数の肉食の怪物の集合体なのである。
集合体恐怖症の人間からしたら恐怖であり、見るのを背けたくなる光景だ。
もしも見つかった場合、小さい怪物がゾロゾロと音を立てて肉を食べるために迫ってくることになり、その光景はさながらパニックホラー映画である。
できれば関わりたくはないのだが……(主に嫌悪感で)
「ヒカリさんが行きたい方向、だよな。アレ」
俺はポケットからある物を取り出し、グンタイアリが向かう方向を睨んだ。
通常、この異界では位相がずれて時空が歪んでいるため、方位磁針はぐるぐる回って役に立たないし、衛星からの電波すら歪むからかGPSも機能しない。
その為、目的地に向かうには特別な指針が必要なのだ。指針を指し示すのは、魔侵業者必携の_____
「……って、また表示がバグった。そろそろ追加で買っとかないと」
正式名称、導きのコンパス。通称ドウコンが教えてくれる。
こちらの世界の技術である機械に、あちらの世界の魔法技術をハイブリッド。
あなたの安全な道行をサポートします。というのが売りなのだが、いかんせん壊れやすい。
値段はそう高くはないが、予備を二個持っておくのがベターというのが常識だ。その為少し嵩張るのがネックか。
とはいっても、モノ自体の性能は優れており、更に使い方は簡単。
異界侵食前の地図情報を入力し、ボタン押す。すると、ズレた位相や距離感などを計算し、行きたい場所の正確な位置を導き出してくれる。
通常、F値のエリアであればそんなにズレは出ないのだが。
「……座標はやっぱり向こうか。しかも、結構急いで1時間とは。かなりズレたんだな」
急速に広がる侵食のせいか、相当ズレているようだ。しかも、グンタイアリを避けながらだと迂回するしかなくなり、余計時間のロスになってしまう。
「……やるか」
俺は魔法銃を取り出し、構え、狙いを定める。特筆すべきことは何もない。あとはただ引き金を引くだけ。
それだけだ。それだけで、俺の魔法銃から放たれた弾丸は一瞬で怪物の命を奪った。
「おいおい、随分あっけないな」
俺はシリンダーに弾を一発再装填し、ホルスターに収める。
「……ん?」
あっけない中に、たった一つの違和感を残して。
「……お待たせしました。行けそうです」
グンタイアリを仕留め、戻ってきた5分後。ヒカリさんは動けるくらいにはなっていた。
「いえいえ。ヒカリさんの目的地には歩いてここから1時間はかかります。いきましょう」
「はい!でも本当にすみません、お待たせしてしまって……」
しかもそんなにかかるなんて、と。意気消沈しているヒカリさんを慰めながら、二人歩み出す。
グチャリ、グチャリと踏みしめる足音を聞きながら、さっき戦闘した場所へ足を踏み入れる。
怪物は通常倒すと遺体は消え去り、何も残らない。勿論、ゲームと違ってアイテムや武器をドロップすることもないのだが。
今回は違和感があった。
《やはり死体が残っている、か。なんでだ?死亡確認はしたぞ……》
しかし、横目で見たそこに。グンタイアリの死体はまだあった。沢山の小さな怪物の死体がバラけてまるで水溜まりのようになっている。
今までになかったことであり、内心ビビりそうになりながらも、依頼人の前で不安を見せるわけにもいかず。表情を見せないように前を向く。
「忌火さん、なんですか、あれは。なんだが、気持ち悪い……」
振り向くと、ヒカリさんはグンタイアリの死体に釘付けだ。
「アレが怪物です、としか今は言えません。先を急ぎましょう」
C値のエリアに出てくる怪物だとしれば、不安になってしまうだろう。
不安になれば足がすくみ、歩く速度が落ちていく。そうなれば、悪いことしか起きなくなる。
そう考えた俺は怪物について細かくは語らずに先を促し、歩く速度を早めた。
だから、気が付かなかったのだろう。
「……はい。
でも、何だろう、あの杖。死体から浮いてる?」
ヒカリさんが見えているものは怪物の死体ではなく。もっと別のものだったということに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます