自営業ってちょっとした繋がりが大事なんよね

「待たせたな。書類確認はOKだ。全く、今月はせいが出るな?滞在時間は1時間、と」


「ああ、今日もいてくれて助かるよ。茂爺」


「ワシの勤務スケジュールを把握してきとるくせに何を。というか、爺はやめろと言っとろうに……」


 喫茶店から出て1時間後。


 俺たちはほっとくとどんどん侵食され、広がっていくエリアを監視、制御し、その場所に入る者達の管理を司る場所。通称魔役所にいた。


 各市町村にある市役所とは違い、各エリアの近くに隣接するように作られた施設だ。

 ぱっと見プレハブ小屋と言ってもいいのだが、汚染の拡大が起きた際は緊急時の避難場所になるとか。


 そんなエリア20担当の窓口で働く、茂村さん。おじいちゃんなので俺は茂爺と呼んでいる。

 俺がlost weekを立ち上げてからこのエリアで仕事をした際に色々助けたことがあり。それが縁で、色々と便宜を図ってくれるありがたい存在だ。


「全く。ほれ、嬢ちゃん。同行者許可証だ。一応言っとくが、ワシが誤魔化せんのは最悪2時間までだぞ」


「あ、ありがとうございます」


 ヒカリさんと俺に向けてVと指を出し、声をひそめて念を押してくる。


「わかってるよ。ありがとう」


「……最悪遅れてもかまわんが、その場合通常の金額がかかることを忘れるなよ?」


 これもいつもお決まりの言葉だ。全く


「だから、耳タコだってば。じゃあ、行ってくる」


 ヒカリさんを促し、出ようとすると。


「っておい、まてまて!大事なことを言い忘れとったわ」


 そう言って再度引き止められる俺とヒカリさん。俺は苦笑しながら振り向くが、茂爺にしては珍しく、酷く真剣な顔をしていた。


「そんな顔して、何だよ?」


「……エリア20のことなんだが」


 そう言って話し出す茂爺。

 内容は半月前に拡大した亀裂によって侵食が予想以上に進行しており、侵食度の上昇が検討されていること。想像以上の速さで危険が増していること。俺なら心配ないだろうが気は引き締めろという言葉だった。


「嬢ちゃん連れて入るなら、尚更長居は無用だ。忘れんなよ」


 俺達は頷き、エリア20に入るためのもう一つの手続きをするべく、魔役所を出た。





「ほ、本当に大丈夫なんですか?これで、私も入っちゃって」


「ええ。大丈夫ですが、やめるなら今ですよ。このサービスが格安の訳を知ったらやっぱなし、になる人も勿論居ますし」


 通常価格が時間制限付きとはいえ格安になる理由。それは、依頼人をうちで雇う可能性がある者として一旦登録し、研修を行うという建前で一緒に入ってしまうというものだった。


 正直、これは隠しプランだ。


 バレれば勿論デメリットがあるし、誰にも彼にも勧めているものではない。今回のヒカリさんのように覚悟が決まっていて、そのままだと本当に一人で突っ込んでしまいそうな者にしか提示していない。(土壇場でやっぱりなし、というものも居るが)


 提示した2万円というのも、弾薬費と一時登録にかかる登録手数料程度プラスαをもらうだけのもの。

 俺にとっては晩飯が浮くか浮かないかの差額でしかないのでメリットは全くと言っていいほどないのだ。


 逆に、客にとっては命と2万円を失う可能性というデメリットが発生する。

 正直、こんなプランを客に提示するにはイかれていると自分でも思う。


《だが、それを必要とするものはいるわけで》


「……一人でもいく、そう言ったのは嘘じゃないですから」


 ヒカリさんに問うと、覚悟を決めた凛々しい目で俺を見返してくる。


《そう、とくにこう言った人にはな……》


「わかりました。ではこちらも気張るとします。じゃあ、あそこの人にその紙面を出しましょう。それで手続きは全て終了です」


 トテトテと、提出先の女性の所に駆けていくヒカリさん。俺も提出物を用意し、後についていく。


 足音で気がついたのか、振り向き、俺と目があった女性は口を開いた。


「またか。lost weekの」


「……ども、お世話になってます」


「お、お世話になります」


 軽く会釈をする俺と、ヒカリさんを数秒見つめ。改めて俺に向き直るどう見ても魔女のその女性。

 ローブと2メートルほどの長大な杖、とんがり帽子。それだけでもザ・魔法使いなのだが、白く透き通るような肌と、透けるような金の髪、エルフのような整った顔のため本当の魔女のよう。コスプレ感は全くない。


 といっても、馴染んでいるのは当たり前。

 彼女は異世界の魔女であり、このエリア20の監視、制御を行っている者の一人なのだ。

 名はエルザ。本来の名はもっと長いそうなのだが、魔法使いの慣習的なものでそれしか名乗らず、エルザ以降の名を知るものはいないとか。

 俺がこの仕事を始めた時に彼女とはまあ、色々あった仲なのだが、そこは割愛しておく。


 そんなエルザの、氷のように冷たく、水晶のように青い瞳がいつものように俺を射抜く。


「……貴公、全く。お人好しが過ぎるな」


「さて、何のことやら。今日は助手見習いの研修と、エリア内の現状調査です。はいこれ書類」


「そう言って、連れてきた助手見習いをその後見たことがないのだがな?まあ、いい」


 そう言うと魔女は杖をグルンと回し、呪文を唱える。


 異世界の言語は聞き取れないが、彼女の名前、エルザというのは聞き取れた。


「門は開いた。行け」


 そういうと、俺たちの数メートル先の景色がぐにゃりと歪み、開く。すると、異質な空気が溢れ始めた。


 現実と異界の境界線が解かれたのだ。


「いつもどうも。じゃあ、行こうか」


「は、はい!」


 緊張しているヒカリさんを安心させるため、俺は一歩先に踏み込み……


「まて、ヒカリとやら」


「は、はい?」


 ヒカリさんはエルザに呼び止められていた。


「っておい!」


 俺はそのまま異界に侵入、歪む景色と認識によって五感がぐわんぐわん揺れる。


 変質した土地のせいで、こっちの世界の俺たちには一瞬負荷がかかり、異界酔いとも呼ばれるのだが。それももう慣れたものだ。


 しかも、怪物のちょっとした駆除の仕事が入って一週間前にここに来たばかり。茂爺の忠告のおかげで油断はしないが、きちんと事は運ぶだろう。


 ……そう思っていた。


 だが、頭を振って、周囲を見渡したあと、俺は少し後悔した。


「まいったな。ヒカリさんを連れてくるべきではなかったか?」


 俺の両目に見えたのは、赤黒く滲んだ八王子駅と竹林。そして両耳には獣の咆哮や、唸り声がところどころから聞こえてくる。


 ちなみに、入った場所はこの駅とは1キロ以上離れていた場所からだ。

 だが、目の前には駅があり、しかも元々バスターミナルだった場所には神社や寺が合成されたような形で鎮座している。


「侵食が進んで、位相がズレたにしてもこれは……」


 建物がごちゃごちゃに混ざったりするのは侵食エリアにありがちな問題だ。

 侵食が進んだ国同士が連なってるところなんて、お互いの国の観光名所がぐちゃぐちゃに混ざっているのが発見されたなんてこともあるらしい。


 だが、問題なのは、侵食の速度。一週間前にここに来たときは、まだエルザがいた場所から数メートルしかズレていなかったはずだ。

 が、今は1キロほど遠くと繋がっている。危険は、秒速で増していっていると言っていいのだろう。


《これは、難航するかもな……》


 俺がそんなことを思った直後、ヒカリさんが現れた。


顔面を真っ青に染めながら。

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