商談成立するとテンション上がるよね
「lost weekの
「ええ、まあ」
人がまばらな喫茶店内。テーブル席に座ってコーヒーを頼んだのはつい先程のこと。
俺の名刺を持ち、しみじみと読み上げるヒカリさん。失礼にならないようにしつつ改めて格好を見てみると、ジーパンにジャケットというラフな格好だが服がクタクタだ。確かにあまりお金を持っているようには見えない。
しかし、肩まである黒髪が美しく、少し疲れが滲んで見える顔は整っていた。
「まだ立ち上げてそんなに経ってませんが、実績はある方だと思いますよ。よろしければチラシ、ご覧になります?」
「あ、いえあの。大丈夫、です」
「そうですか?お得なプランとか色々あるんですけどね」
そんな会話を交わしながら、コーヒーをチビチビのみつつ依頼の話をし始める。昨今の物価高でコーヒー1杯が千円近い。パンケーキなんて今ではフルーツを乗せたりなんかしたら三千円近くなる。
それでも、よそに比べてここは頑張って価格を抑えている方なのだから本当にお客様思いのいい店、といえるだろう。
《仕方がないが随分と人が減ってきたな、ここも……》
ヒカリさんの話を聞きながら周りに気をやると、明らかに人が減っている。物価高の影響か、それとも。
「それで、ようやくここ、八王子まで戻って来れたのですが。家につながっていた道すらも異界の拡大に巻き込まれていて。もうどうしたらいいのか……」
ヒカリさんの言う拡大した異界のせいかは判断に迷うところだった。
「……なるほど。お話は理解しました」
「じゃあ!」
依頼内容を聞き、現在の所持金を聞き。それだけでは絶対に足りないので、現在の資産状況なんかも聞いてみた上での結論は。
「申し訳ない。力になれそうもありません」
「っ!」
この仕事を受けることはできない、ということだった。
依頼内容自体は簡単だ。
異界と化したエリアに入り、ヒカリさんの家に行き、そこに置いてきた父親の形見をとってくる、それだけだ。
八王子の異界はエリア20に分類されており、エリア20の異界侵食度はF値。自分たちみたいな稼業を始めた人間からすれば、散歩をするのに等しい危険しかない。
だが……
「業界での基準からあまりにも離れた額で依頼を受けてしまうわけにはいかないんです。すみませんが……」
ちなみに、と提示した最低金額に顔を引き攣らせるヒカリさん。口座もバックも財布も。どんなに探しても、彼女の全財産は10万と少し。圧倒的に足りていないのだ。
「世間知らずで、すみません。でも、何でそんなに……」
料金が高額なのか。口には出さないが目が告げている。これは今後のためにも知っておいてもらう方がいいだろう。
「そう、ですね。お話ししておきましょう。まず_____ 」
俺は少し長くなりそうだなと、冷め始めたコーヒーを一口啜り、口を開いた。
この世界の物価高に比例してというわけではないが、魔侵業への依頼料は高額だ。
理由は3点。
一つは、危険度の高さ。魔侵業というのは、異界に入る資格を持った人々の仕事だ。
とある適性をもち、国の試験に受かれば免許がもらえ、それを元に申請が通れば営業できる。
仕事内容は様々だ。異界の状況調査や、溢れ出る怪物の駆除、今回のようにどこそこに忘れてきたものをとってきてほしいなど多岐にわたる。なるにはそこそこ大変だが、ゲームで言えばお使いする冒険者だろうか。
当然、化物の中を進んでいくわけだから普通に死ぬ。侵食が急速に進めば、そこに慣れてても死ぬ。何してても死ぬ。
そんな危険な仕事だからか、自営業でありながら国から与えられる一応様々な特典がある。
税が免除されたり(消費税を除く)特別発行される保険証がもらえたり、(利用には条件があります)ガソリン代が割り引かれたり(レギュラーは二十円引きまで。昨日の価格は210円だった)する。
これは余談だが企業に勤めるパターンと、俺のように独立してしまうものがおり、企業に務められれば報酬は定額だが、かなりの高級とりになれる。保険も条件なしで効き、グループ数人で動くため危険度も下がるうえ、最新の情報も手に入りやすい。そのためか、企業は死亡者が限りなく0に近いのだ。
とはいえ、その代わりに依頼料が高額だ。
基本報酬に加えて色々なものが加算され、仕事はきちんとするが庶民には高すぎると言われている。一度俺の元にきた客は、俺が40万でやることを企業には100万と言われたと怒っている人もいた。
そうした依頼料を払えない人間からの需要で俺の生活は成り立っているわけだが。
二つ目は、そもそも魔侵業への基本報酬額はFからCまで国によって決められている。Fは20万円から。Cは50万から。
通常、自営業は全ての責任を背負う代わりに自分で値段を決めて、自分のサービスに値段を自由につけられる、というのが利点だ。
だが魔侵業はそうではない。それには訳がある。
まず、魔侵業に民間企業はなく、そもそも民間企業の設立は認められていない。国営の大手一社のみが存在し、危険度の把握、人員の派遣、場合によっては自衛隊への要請などを管理している。
つまり、魔侵業者になるということは、国営企業に勤めるか自営業を営むかの二択だ。
利益の追求を求める企業の制度と、ある種国の存亡に関わる魔侵業は相反しているというのが民間企業設立不能の言い分だが、実際は民間企業が台頭することによるリスク回避だろう。海外への資金流出や、人材流出を防ぐためでもあり。
さらにいえば、魔侵業者は依頼料の3割を国に納めないといけないという数年前の増税も真っ青な決まりを続けるためでもある。それによってインフラ整備費用の維持、防衛力の拡充も賄われているのだから国も必死だ。
とはいえ、国営だけでは昨今手が回らないことも増えてきたため、規模の小さい自営業者であれば認可される運びとなった。
まあ、様々な特典の代わりに依頼額の3割は収める義務が発生するし、一年ごとに一定額稼がないと免許の凍結という何とも世知辛い世界ではあるが。
三つ目の理由。
「加えて、私たち魔侵業を営む者は所謂魔法を扱えます」
これだ。魔法を使えること。
というか、魔法を扱えないと魔侵業者にはなれないのだが。
「そもそも魔侵業を営む者は、魔法を扱えないといけません。であれば、魔法行使の認可された者である証の携行が必要です。それの維持費も見積もりに入ってきます」
維持費なんて、魔法が使えることと何が関係あるのかといえば。
俺たち日本人が魔法を使うためには、国から事業者になったときに貸与される魔法銃と呼ばれる物が必要だ。呪文を唱えてハイドカン!とはいかないのだ。
異世界人との技術協力でできたとされているこれは、見た目は単なるリボルバー拳銃なのだが、ゴツいし大きい。一般的な拳銃のホルスターに収まるサイズではないので、俺は上着で隠しながら腰にぶら下げて携行している。
これに最大六発の魔法弾頭を装填し、資格取得の際に使えるようになる本人の資質に沿った魔法が使えるようになるのだが。これが曲者だった。
「はい、魔法銃のことは存じてます。維持費というのは、異界に入って出るたびに魔法弾が使えなくなってしまうことについてでしょうか?」
「そうです。魔法銃の弾丸もそう安くはありません。F値なら持っていかなければいいのでは、と思われるかもしれませんが。そもそも携行していかないという選択はできません」
そう。面倒なことに異界に入ると弾丸に装填された魔力的なものが霧散を始め、異界から出た途端に弾丸はただの空薬莢になってしまう。
持っていかなければという選択肢も、異界に入る際に携行が国によって定められているためとれない。破れば即営業取り消しレベルだ。
弾丸は一発当たり2000円と少しはするため、撃とうが撃つまいが最低12000円は入るたびにかかることになる。基本報酬とはこうしたコストも含めての値段なのだ。つまり。
「それら含めて、先ほどのお値段となります。大変言いにくいことなのですが。ヒカリさんの全財産では……」
「……」
顔を伏せ、何かを考えるヒカリさん。
彼女の全財産は口座と手持ち含めても10万と少し。無理はない。
このご時世、魔侵業者以外も給与水準自体は馬鹿みたいに跳ね上がっている為、貯金ができないわけではない。人が減り続けている国であるため、仕事がないわけでもない。
ただ、ヒカリさんの場合は働いても働いてもお金が貯まらない事情あった。
怪物が現れるまでは普通のご家庭、所謂幸せな一般宅だったそうだ。
だが、失われた一週間。その初日。
父親がいきなり現れた怪物に殺され、母親もそのときの傷で重傷。意識不明だったらしい。
ヒカリさんは父の残した財産を切り崩しながら、重傷の母親を見るために病院の近くで朝から晩まで働き詰め、日々高騰していく医療費を払うために飲食店で懸命に働き賄いで食い繋ぎ、それでようやく母親の毎月の医療費が支払えていたそうだ。
そんな母親がようやく先日、目を覚ましたらしい。
だが。
「……お値段のことは、わかりました。でも、母ももう、長くありません。あの、私何でもします。その、そういうこととかでも、構いません。したことないですが、本当に、なんでも。ですから、せめて、せめて異界への入り方を教えてください。資格もないのに向かうのは犯罪なのはわかってます。あなたから教えていただいたと死んでも誰にも言いません。だからお願いします。行かないといけないんです」
そう言いながら、悲壮な覚悟を込めた瞳を伏せ、縋るように頭を下げる。
ヒカリさんの母親は、意識を取り戻したはいいがすでに限界が近いとのことだった。臓器は機能不全に陥りつつあり、延命措置は不可。
ならばせめて、苦楽をともにした父親の形見を、という最後の願い。
「……まいったな」
俺は悩んだ。正直、この世の中になってはありふれた話だ。本当、どこにでもあるようなありきたりな不幸話。
金を持ってない以上、仕事として受けるわけにはいかない。そうでなくても毎月少しずついろんなことを我慢してようやくためた10万円だろう。よれた服からも、節制の具合が見て取れる。
それをあくまで自分のためでなく誰かのために握りしめてやってきて、それでも足りなくて体を使う覚悟を決めてる?そんなの。
《そんなの、尚更仕事として受けるわけにはいかないだろ》
俺はヒカリさんに頭を上げるように言い、改めて結論を伝えた。
「……申し訳ないですが、あったとしてもお伝えすることはできません。なんでも、というのも不要です」
「っ!」
意気消沈、という言葉すら生ぬるい。この世の絶望を与えられたような顔で、しかし気丈にもそんな顔は見せまいと顔を伏せるヒカリさん。
……とはいえ、まあ。まだビジネスの話はまだ終わってないんですがね。
俺は一枚のビラを取り出し、告げた。
「ですので、こちらのお試し価格をご利用なさいます?1時間の時間制限ありで、かつ正規の依頼としては受けられませんが。安いですよ?」
きょとんとするヒカリさん。さっきは不要だと言っていたチラシを震える手で受け取り、目を通し。俺の言葉の意味を理解すると同時に
「よろしくお願いします!!!」
と、喫茶店に響き渡る声で叫ぶのだった。
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