とりあえず営業する時って喫茶店行くよね?

 もう、かつての日本はない。



 この世界は、失われた一週間という超現象によって一変した。

 こんな世界になる前の最後の日付、それは2028年8月31日だ。

 世界各国、全人類の共通認識として、8月31日の夜、世界の機能、時間が停止したことになっている。

 一般人から軍人、果ては首相や大統領まで。みんな目覚めたら9月7日になっていた。


 それだけでも大混乱必至の状況なのに、誰ともなく空を見上げると三日月のような亀裂。

 更には亀裂から零れ落ちる液体から怪物が生まれ、人を襲い始めたのだからたまったものではない。


 大混乱に陥った各国が対応に追われる中、数日の間にローブやら鎧を纏った魔法のようなものを扱える、いわゆる異世界人を名乗る人々も出現し。


 ……そんな混乱が生じる中でも、この世界の人々は信じあう事を知らなかった。


 世界各国は互いの国の侵略兵器か何かだなんだと議論が続いたのだ。


 その間にも世界中が怪物たちの被害にあい続けた。ついには滅んでしまった国がいくつか出た程に。


 流石に2年以上経った今では世界統合軍の設立がなされ、各国共同、かつ異世界人主導で日々怪物の駆逐が行われてはいるが。


 それでも、世界と経済は衰退の一歩を辿っている。


 ぼんやりとそんなことを思い返している間に、彼女は視線をあげず、憔悴したように口を開いた。


「……ごめんなさい。確かに、ここまで無理につき合わせちゃったのに、酷いこといいました。お金云々も、私を説得するためですよね」


「……いいさ。でも、君にはわるいがそろそろ帰ろう。半月前に亀裂が拡大して以降、侵食度も増加傾向になったと言われたろ。こうしている間にも危険さが増しているかもしれない」


 侵食度、それは各国が決めた危険さを表すバロメーターだ。

 三日月の亀裂から溢れ出た液体に触れた土地は、徐々に変質する。

 異世界の人々によると、こちらの世界でいう所謂マナみたいなものを含むようになるらしい。

 さらには、マナを含む植物が生えたり、もともとあった建物も変質し、最終的には化け物が跳梁跋扈する異界と化す。


 そうなると、溢れ出た怪物たちはより強く、危険になっていく。

 滅んだ国の中には、もはやこの世の地獄すら生ぬるいという化け物の巣になっている国もある。


 日本は幸いなことに島国だったからか、大陸と違って人々の犠牲という意味では混乱の中でも少ない方で済んできた。

 何せ四方が海だ。日本上空に現れた亀裂から生ずる化け物以外は滅多に来れない。

 その分、自衛隊の戦力も集中できた為、現れたら即対処するという形を取ることで犠牲は少なく、侵食も進む前になんとか防げていた。


 ……だが、半月ほど前に突如として空の亀裂が拡大。溢れ出る液の量が増え、現れる化け物もより大きく、より強くなり始めている。

 先ほどから時々聞こえる咆哮も、以前とは違うより力強いものに聞こえる。


「ここにくるまでにも相応の危険はあったろ?多分、俺たちが帰ったらすぐにでも強制封鎖が始まるだろう」


「……じゃあ、諦めるしか、ないのかな」


 今の目の前ではない、どこか遠くを見て嘆く女性。


 俺が彼女と出会い仕事を受けたのは、つい先日。別件の仕事を終えて帰宅中の時のこと。

 

 


 珍しく入ったまとまった報酬の使い道を考えながら、24時間営業ではなくなったコンビニが閉まる前に買い物をするべく急いでいたのだが、ふいに男女の諍いの声が耳に入ってきた。

 一人は30代の男で、もう一人は気が弱そうだが利発そうな女子大生くらいの女性。


 昨今治安も悪化しているため、面倒ごとかと思い話を聞いてみたところどうやら男は同業者らしい。


 少なすぎる報酬で仕事を頼み込まれており、断っても断っても縋り付いてくる女の子に対してついには怒鳴ってしまったということだった。


『どうしても、どうしてもだめですか?ほんの30分でいいんです。場所も分かってます!』


『だから!場所がわかってようがあの手の場所は入るたびにすごい速度で変わってんだ。そもそもそんな額で足りるわけねぇだろ!?その3倍もってきたら話くらいは聞いてやる!』


 そう言って去っていく同業者の背を二人で見送る。俺はどうしたものかと一瞬逡巡したが、泣きそうな顔でその場で座り込む女性と目が合った。


(面倒ごとの匂いがするなぁ)


 そう思って女性から目を逸らそうとすると、ガバッと立ち上がるや否や手を掴まれたのだ。


『あ、あの!あの人との話からして、もしかしての方ですか!?』


『……まあ、一応持ってますが』


『てことは、の方!?』


『……ええ、まあ』


『私、蒼井ヒカリといいます!話を聞いてくれませんか!?』


『……自営業やってます。lost weekの忌火いみび りょうです。えと、とりあえず喫茶店にでもはいります?』


 パァと花が咲くような笑顔と共にブンブンブンブンと振られる手。その勢いに何故か気圧されるままに俺は、彼女の話を聞くことになったのだった。

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