CASE5 MAYOHIGA 中
気分の問題だろうか? 次の日の学校は随分とさわやかな気持ちで過ごせていた。
午後の授業で睡魔に負けることもなく一日を乗り切ることができた。
HRが終わりいつものように部室に行こうとすると、前の席のクラスメートAが話しかけてきた。
こいつはスクールカースト上位のサッカー部でワックスで髪をあげているような奴で正直普段のかかわりはない。
「なぁなぁハルくん? ちょっといい?」
こいつはなれなれしい……。あまり好きになれないやつだ。
だが無視するとクラス中から総スカンをくらうので仕方なく俺は話に乗ってやる。
「うん。なにかようですか?」
できるだけ端的に対応をしようと少ない言葉を選ぶ。
興味を持たれるとめんどくさい。
「いや、ハル君さ、オカ研でしょ? ちょっと助けてほしーっていうかさ……? なんてゆーの? 肝試し的な? それ参加してほしーんだよね」
「はぁ? なんで?」
俺は立ち上がって、声を大にして言う。
肝試しへの参加なんて全力でごめんこうむりたい。
ただでさえ日常が肝試しみたいなものなのだ。わざわざ行きたくはない。
その気持ちが口をついて出てしまった。
そして……、少しして、強い言葉で反論したこと反省した。
周りの視線が痛い。
だが、Aは特に気分を害した様子はない。
軽薄そうな見た目のわりにいいやつなのかもしれない。
「いや、ハル君オカ研だからそういうの好きかなって、思ったけど違う?」
俺は席に座り、話を続ける。
「違う。 ちょっと諸事情で入部することになっただけだ。 できれば部活なんか入りたくない」
そういうと少しAの顔が曇るのが見えた。
思い悩んだ表情だ。
少し様子を見ていると、何か意を決したらしく話を切り出す。
「実はさ、ねーちゃんが目を……覚まさねーんだ」
「はぁ? それはお気の毒に……」
突然の身の上話をされても反応に困る。
俺は形だけの心配をして、どう話を切り上げようか考えていた。
そんな俺の気持ちをよそにAは話を続ける。
「今は立ち入り禁止の裏山あるだろ? ロープウェイの老朽化とかで、あそこにねーちゃんが肝試しに行ったんだ。 その次の日から目を覚まさなくなった。 医者も原因不明って首を傾げてたよ。 多分ねーちゃんなんか見っちゃいけないもんを見たんだ……。 帰ってきた時すげーおかしかった」
急に胡乱な話にかわる。
背筋がぞわぞわとする。嫌な感覚が、広がっていくのが感じられた。
「つまり、おねーさんが目を覚まさない原因を探りたい……。 てことか?」
「あぁ……、それで力になってほしい」
その目は真剣そのものだ。
俺をからかおうとしているのかとも疑っていたが、そういったことでもなさそうな気がする。
だが、俺の答えはもう決まっている。
「無理だ。 俺は別に力にはならないし、そんなん警察とか病院に頼んでくれ」
「う……、そう、だよな……」
俺の言葉にがっくりとAは項垂れる。
やはり、本気で力を貸してほしいようだ。
俺は罪悪感を感じてできる限りの協力をすることにした。
「おいA、連絡先教えてくれるか? 先輩に話を聞いてみる。あの人なら力になってくれるかもしれない」
その言葉にAは喜色を浮かべる。
さきほどまでとは別人だ。
「うぉぉぉ! まじか! ありがとう!ありがとう!」
そういうと俺の手を両手で握ってくる。
近い。近い。やめてまじで。
その後、連絡先を交換し、俺は教室を後にする。
出際に、あまり期待しないようには釘は刺しておいた。
エリカ先輩は気まぐれだ。
どうなるかわからない。
理科準備室の前に行くと、生物部の面々が、声を掛けてくる。
どうやらエリカ先輩から言伝があるようだ。
「連絡遅れてごめんだってさ。 今日から当分エリカ休みだから、部活もなし。 ってことらしいよ! 」
「え? マジですか? ありがとうございます。わかりました」
急な話だ。
俺はお礼を言ってその場を後にした。
さて……。
どうしたものか、とりあえず、SNSでエリカ先輩にさきほどのことを連絡しよう。
メッセージを送って、俺は久しぶりにすぐに帰宅した。
その夜風呂上りに部屋で寝転んでいると、Aから電話が来た。
おれは一応電話に出る。
「はいもしもし」
「おお! ハル君どうだった?」
「どうだった?」
「あれだよ! 先輩は?」
「あぁ、ちょっとまって」
俺はスマホをスピーカにしてSNSを開く。
エリカ先輩は……、既読がついていなかった。
「まだ確認してないっぽい」
「え、どゆこと?」
その答えに怪訝な声が響く。
やばい、少し怒ってるっぽい。
俺は少しまじめに対応することにする。
「あぁいやすまん。 先輩休みらしくてさ、メッセージしか送れなくてさ。 進展ないから、連絡控えてたんだ」
実際は送った時点で満足しただけだが、余計なことは言わない方がいいだろう。
だが、その言葉に納得しなかったのだろう。
Aは少し考え込むように唸ると、口を開いた。
「ハル君今から裏山いくから、一緒にいこう。 先輩が車出してくれるからいいよな? くるよな?」
その言葉には拒否権がなかった。
これで断れば、明日から教室での平穏はなさそうである。
だから嫌なんだ。ちょっとでもいいやつとか思った俺はバカだった。
俺はちょっと学校に忘れ物をしたと嘘をついて家を出る。
私らも寝るから鍵持っていきなさいよと特に気にするでもなく見送られた。
近くのコンビニで待ち合わせだ。
コンビニには柄の悪い男女がたむろしていた。
4人組の彼らの横にはAの姿があった。
どうやら、彼らが件の先輩らしい。
「どうも今日はよろしくお願いします」
俺はがちがちに固まって、車に乗り込んだ。
正直怪奇現象も怖いが、この人たちのが怖い。
俺は裏山につくまで車の奥で縮困っていた。
「ハル君、それじゃ! ちょっと行ってきて?」
「え? なんでおれが?」
裏山につくと辺りは真っ暗だった。
Aは懐中電灯を渡して、先へ行くように促す。
「オカ研でしょ? 大丈夫だって」
オカ研って言葉に妙な免罪符があると思っているのか、Aたちは動こうとしない。
俺はその動きに初めて気づいた。
要はAたちはビビっているのだ。
自分たちもああなってしまうのがほんとは怖い。
だが、姉は助けたい。
だから俺に犠牲を払わせようとしている。
自分勝手。
その人間の性根に吐き気がする。
化け物よりもわかりにくい人間の醜さが見えた気がする。
俺は懐中電灯をひったくり、奥へ進んでいく。
ちょっと見て歩いて一人で下山しよう。
奥へ入る姿をみればAも文句は言わないだろう。
旧い登山道を入るとすぐに大きな廃墟があった。どうやら、ここを抜けないと、奥には行けないらしい。
俺はおそるおそる、その廃墟に入っていく。
床板はところどころ穴が開き、気を付けないと足を踏み外しそうだ。
廊下の奥は見通せない。深淵が広がるのみだった。
歩き続けていると、メッセージがスマホに来た。どうやら電波は来ているようだ。
メッセージはAからだった。
「すまん! 先輩たち時間ないから帰るって! なんか見つけたら連絡くれよ! 先かえってっから」
そのメッセージに俺はもはや怒りすら湧かなかった。
よし帰ろう。
俺はすぐに廃屋を抜け出した。
正直廃屋は不気味だったが、特に何があるという様子もなかった。俺は懐中電灯で、廃屋の外観を照らしてみる。
古い看板には、楼陽嘉と書いていた。
おそらく昔の字で右から読むのだろう。
特に何もない。
ただ、薄気味悪い夜の闇がその場を包んでいるだけだった。
俺は歩いて帰る事を早々に諦め、タクシーを呼んだ。
運転手は不審な眼をしていたが、肝試しに来たらおいてかれたと素直に言うとそれは災難だと笑ってくれた。
とりあえず、危ないことはするなと説教されながら、俺は帰宅することになった。
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