第4話 6

 600の女子に出会ったわたしは、30の娘とデートをして、10の女性とキスをした。そして、恋愛関係に行き着いたのは6人の女であった。

 6/600、、、恋愛の気配のまったくない男子校時代のぼくが、100人のなかからひとりの女子と結ばれる、、、と知っていたら、ぼくはどんなふうに目の前の女子と向き合っただろう?

 

 恋におちたときは、いつもすべてが眩しく輝き、身体中に熱情が湧き上がり、このうえない満ち足りた幸福感に満たされていた。だからこそ、終焉、別れは身を斬られる痛みと辛さがある。それは数十年過ぎ去っても消えない痛みだ。


 沖縄からのフェリーで出会った彼女とは、誕生日を2回過ごしたが、クリスマスを2回過ごすことはなかった。冬、京都のホテルで結ばれ、春に温泉宿に泊まり、誰もいない電車のボックス席でくちびるが痛くなるほどキスをした、夏に瀬戸内海で暮れる夕陽を眺めた。しかし、その頃から彼女の心は遠く、どこか別のところにあった。ぼくは大学生だったが、短大卒で商社勤務の彼女は若手社員たちと旅行にでかけ、そこで男性社員から告白を受けていたそうだ。ぼくは彼女との将来を考えて親元に戻らず、大阪の会社に就職を決めていた。秋になりぼくの誕生日にまた京都に泊まった。それが最後の夜になった。彼女の気持ちは離れていてぼくのもとに戻ることはなかった。初めて愛したひととの別れは受け入れられないが、一方商社マンとして働くという大人の男の存在に学生のぼくは打ち負かされていた。アパートで頭を抱え込んで、卒論を書き、、、秋も過ぎ去り季節は冬になった。葉の落ちた裸の冬木立を見ながら終わったということを悟ったぼくは、ミナミのバーに彼女を誘い、一杯だけ飲んで過ぎ去った一年半の時間をかみしめた。何を語ったか別れの言葉は覚えていない。「わたし、後悔すると思うわ。。。」涙ながらに彼女はそう言い残した。店を出て、夜の舗道を彼女はゆっくり歩いていった。少しずつ距離は離れていく。一瞬彼女の足は止まった。でもぼくを振り返ることはなかった。

 初めての恋愛に舞い上がっていたぼくは、失恋して奈落の底にあってもなお、頭の中は彼女のことだけであった。大学の美術部に所属していたぼくは、卒展に瀬戸内海の堤防に佇む彼女の姿を描いた。就職して忙しい日々を過ごしながらも、彼女を忘れることはなく、同期の仲間とカラオケにいったときは、サザンオールスターズの別れの歌ばかり選曲していた。悪いことに就職先が彼女の勤務先と同じ地下鉄路線にあり、残業疲れで生気のないときに、飲み会帰りで男たちに囲まれて楽しそうに歩く彼女を見かけることもあり、生傷に爪をたてられるであった。そうして1年が経ち、、、前を向くために彼女を忘れることを決意した。瀬戸内海を背にした彼女の写真にライターの火をつけた。炎とともに彼女の笑顔が歪みながら黒い灰になっていった。

 

 社会人になって2年目のゴールデンウィーク、ぼくは沖縄の海に潜っていた。失恋してからというもの、テニス、パラグライダー、そしてダイビングと常に身体を動かしていた。弱気で優柔不断だった草食のぼくは自分を変えたかったのだと思う。沖縄の最後の晩、仲間たちはベッドに入っていたが、まだ気持ちが落ち着かないぼくは、ひとりホテルを出て国際通りのディスコに入る。そこでちょっと小柄で瞳の大きな娘に出会い、彼女も大阪在住だったので帰ってから会う約束を交わした。デートの日、ぼくは発熱していた。ダイビングでできた傷が腫れていて、何か悪い毒にあたっていたようだった。それでも初デートをすっぽかすわけにはいかない。痛む足を引きずり、熱でぼっーとしながら一日過ごしたものの、帰りの阪急電車からホームに降りた途端、倒れ込んでしまった。彼女は本当にびっくりして困惑したことと思う。そんな不細工な始まりながらも彼女はぼくと付き合ってくれた。

 奇妙なことに学生時代に失恋した前の彼女と不思議な共通点があった。マリコとマリエ名前が一文字違い、誕生日は一日違い、勤務先が同じ路線の一駅違い、そして出会いが同じ沖縄であった。なんとなく運命的なものを感じ、やがて結婚を意識するような関係になり、一緒にマンションを見に行ったり将来を描いたりした。しかし、やはりゴールにはたどり着かなかった。陰と陰、ふたりは共感しあえるような性質であったものの、どちらもちょっとネクラで、何かネガティブなことがおきると、それが些細なことであっても、不機嫌⇒ケンカというスパイラルに陥るところがあった。結局、彼女を一生背負っていくという甲斐性と覚悟をぼくは持つことができず、2回目のクリスマスを過ごした後に一方的に別れた。好きか嫌いかでいえば、別れを決意しても好きなままだし、別れたあとも恋愛感情は消えない存在だった。それでも男と女には愛情とは別に相性というものがある。彼女がしあわせをつかんだことを祈るばかりだ。


 結婚相手とはあっさり結ばれる。1度目と2度目の恋愛は出会いからドラマがあり、強く将来を願望しながらも成就しなかった。その後、友だちの紹介がきっかけで付き合った女性には、ときめくような強い恋愛感情はなく、むしろ淡々と一緒の時間を過ごした。長い時間をともにするためには恋愛感情より相性が大事だったのかも知れない。気がつけば彼女は妊娠し、それに背中を押されて結婚式をあげた。つぎつぎに子どもを授かり、子どもたちと過ごす時間は人生で極上のものだった。そのために自分の存在があるということを心から実感した。

 それでも、子どもが中学高校と成長し、おとなになっていくと、また別の感覚がめばえる。不惑の40代になると、、、もうオトコ、オスとしては終わりなのか?と寂しいような心に穴のような埋めがたい感情に襲われる。さらに悪いことに、わたしは会社の方針とソリがあわず、上司に反発して閑職に左遷されるという憂き目を味わう。不惑ではなく惑いだらけ、人生のたそがれどきだ。そんな時に出張先で出会った取引先のOLになぜか直感的に忘れられない印象を持つ。そこでは仕事上の会話しかしていなものの、数日が経過し、彼女の名刺のメールアドレスへ会社のパソコンから、ちょっと冗談のような軽いノリのメールを飛ばしてみた。すると間もなくやはり軽いノリで返事があった。それから仕事がヒマなときに、冗談メールを飛ばし合い、チャットのようなやり取りを交わすようになった。わたしは左遷されて仕事には情熱がなくなっていたし、彼女も人間関係やもろもろのプレッシャーのはけ口に、仕事中のチャットが続いた。チェットはやがて電話に代わり、昼休みに声を聞きあう仲になった。彼女の会社とは新幹線で2時間ばかり離れていたが、ふたりの精神的な距離は縮まった。そんな状態がしばらく続き、あるとき、彼女は本社のある関西に出張すると伝えてきた。わたしはデートの約束を取り付け、そして出張で訪れた彼女と深い関係になった。妻や子どもたちへの罪悪感も当然あったが、人生のたそがれどきの虚しさを埋める誘惑に抵抗することはできなかった。彼女の性癖はわたしの理解をこえる女性であった。遠距離の彼女とはしばしば会うことはできないが、彼女は電話でのエッチ行為を求めてきた。そういう行為が存在することは知っていたが、リアルに要求されて戸惑いながらも、ふたりでささやき合いながらも自分で果てるという、、、多分客観的には悲惨な姿を演じることになった。わたしは妻とは別の個室を持っていたから、家庭内で不貞をはたらいていたことになる。しかし、さすがにこんな異常な生活は続かなかった。彼女と24時に約束していたある晩、妻の方がわたしの寝室に入ってきて、めずらしく妻から求めてきたのである。動揺しつつ時間を気にしながらわたしは妻を抱き、そして妻が自分の部屋に戻ると、、、わたしの携帯電話がなった。そこでも彼女の求めに応じて愛の言葉をささやきながら、心はすっかり醒めていた。彼女とは数ヶ月の短さで関係を絶った。短くも激しく、そしてまた危険な経験であった。


 不貞という一線を越えてしまったわたしには、もはやブレーキは存在しなくなっていた。そして甘い快楽という危険なガソリンが充填されてしまった。その頃、事務センター業務を請け負うという新規事業が始まり、女の園の香りに誘われ、わたしは自ら異動したことは先に記した通りである。そこで派遣女子たちを誘ったり誘われたりする日々のなかで、部下の女性とディスニーへの小旅行をしたことも既に記した通りだ。その後、彼女とは数年関係が続いたが、彼女の人生を背負うつもりはなかったので、婚期を考えて彼女が30代のうちに関係を終わらせた。自分の欲望で振り回したのであるから、恨まれても当然であるが、別れの日に彼女からは手紙を受け取った。そこには感謝の文字があった。多分、ひとときではあっても、純粋に好きになり、ストレートに思いをぶつけたのであれば、その時間は肯定されるのではないだろうか?永遠に続く純愛など多分存在しないし、打算や損得なして燃え尽きることが恋愛なのだと思う。


 50を過ぎながら少年のようにストレートに恋におちた彼女とは、半年という期限をふたりで決めていた。一日一日をかみしめていたから6ヶ月は短くも長くもあった。確実に別れが近づき、終幕は秒読みとなった。彼女の誕生日を海沿いの温泉で過ごすことにした。それは最後の旅でもあった。冬の太平洋に向かう高速で、パーキングに停まったとき、車のフロントグリルに小さな野鳥が突っ込んでいることに気付いた。鉛色の重い雲の色と薄茶色の小鳥の亡骸、、、物語の終わりを暗示するかのような絵図、わたしの心模様でもあった。海沿いの古い温泉宿にたどり着いた。畳の上で、なんども抱き合い、、、それでも時間は容赦なく過ぎ、、、朝を迎えた。

 窓にひろがる黄金色に燃える太陽、そして深い群青から黄金色に染まっていく鏡のような海。少しずつ日が昇り、抜けるような青く澄んだ空。わたしは物語の終わりを静かに悟った。 帰りの車中、彼女は眠ったままであった。半年間、何ごともなかったように。夢だったのだ。10代から始まったオトコの夢の彷徨も終わった。

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6/600 〜草食なぼくを通り過ぎた彼女たち〜 猫乃なみだ @kanete2

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