第2話 30

 600人の女子、きれいな娘もそうでない娘も、優しい子も意地悪な子も、賢い子も無邪気な子も、彼氏のいる女もそうでない女も、、、様々な女子がいたはずだ。デパートのTシャツやお菓子売り場の品揃えよりはるかに多いだろう。その中で、二人で食事したり、どこかお出掛けした相手、つまりデートした女子は何人いるのだろう…

 ぼくは運動部でキラキラするスポーツマンではなかったし、学業も飛び抜けて優れているわけでもなかった。社会人になっても将来を所望されたエリートのオーラは全くない存在だった。優柔不断で意気地なしの、つまり自信のないぱっとしない男子だった。にもかかわらず、不幸なことに想像力(妄想力)だけは人一倍長けていて、女子との恋愛シーンがいつも頭の中に思い描かれていた。そして、どんな女子に対しても魅力を発見してしまうという悲しい才能があった。美人でなくても笑顔が可愛ければ、すぐに夢中になったし、いけずな性悪女に対してさえ、言葉を掛けられればホイホイとしっぽを振って下僕になることを厭わなかった。つまり、女子ならだれでもよかったのである。男子校3年、理系大学4年、そしてエンジニアとして女子の少ない職場に配属され、花も潤いもない10代、20代を過ごして、ますます妄想力は虚しく暴走するのみであった。


 出会いは少ないながらも、人畜無害な草食ぶりが功を奏し、女子の警戒心を招かなかったためか、デートに誘って断られることはなかった。記憶を辿っていくと、、、20人超の顔が思い浮かぶ。脳裏から消えた(消し去った)相手もいるだろうから、ざっと30人の女子をデートに誘い、一緒の時を過ごしたはずだ。


 記憶とは不思議なものだ。楽しかった甘い思い出より、ちょっとほろ苦い経験のほうが思い返される。Nさんは大学の一年後輩、80年代のバブル前、ワンレングスとデザイナーズブランドを身にまとった彼女は学内で目立つ存在だった。自分には高嶺の花と思っていた。それでも勇気を振り絞って彼女の誕生日まえに自宅に電話してみたら、あっさりデートOKとなり食事をともにすることができた。まだUSJも海遊館もない殺風景な大阪港を歩き、控えめに手をつなぐと、小さな柔らかな手ではなく案外ずっしりした感触が返ってきて、違和感とちょっと気後れした。さらにしばらくして初夏の季節、ぼくは駆け出しの社会人となった。彼女は大学4年生で日々の卒業実習で苦労しているらしく、ひととき解放され「今日は祝杯」といって心斎橋日航ホテルの裏路地バーで飲んだ。終電近くになり、想定外にも彼女の方から「今日は泊まる」と言われた。しかしながら、ぼくは彼女を夜の街に残して逃げ去った。高嶺の花と思いっていた存在が、あっさり手に転がり込んできて、動揺して受け止められなかったのだ。


 会社に入り3年目、車を買ったぼくは女性の先輩と夜の六甲山をドライブした。免許取り立てだった彼女に運転を任せハンドルを握らせた。カーブと坂道が連続し、新人ドライバーにとってはスリル満点だったはず。運転を終えて興奮がしずまらない彼女をぼくは優しく抱きしめるべきだった。でもなぜか、それ以上アクセルを踏み込めなかった。本気で好きだったわけではなく、ふたりにはその先に道がないことを予感していたからだろう。

 やはり同じ会社の年下女性とは仕事中、何度も目線があい、お互いに意識し合う存在だった。やがて何かの機会に軽く食事をした。同じ職場だったし、二人が目線をまじ合わせていることを同僚にからかわれたりしていたので、距離は開いたままだった。ところが、ある日の深夜、すでに就寝中のところに枕元の電話が鳴り、おぼろげに受話器を取ると、それは彼女であった。夜遊びで終電がなくタクシーもつかまらないという。ぼくはやむなく、車を出して夜の街に迎えにいった。彼女を乗せたぼくは、自分のアパートに行くという選択肢もあったが、ただただ彼女の家まで送り届けた。ぼくはいつも女子を抱きしめることを夢想するばかりで、いざとなると何故か二の足を踏む臆病な男だった。

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