6/600 〜草食なぼくを通り過ぎた彼女たち〜

猫乃なみだ

第1話 600

 遠かったゴールもいつか辿り着くものだ。それを求めていたとしても、あるいは望んでいなかったとしても。わたしにとってどうしても避けたかったものは、60という年齢である。赤いちゃんちゃんこを着るなんで、人生の終着点でしかない。あさひが昇るような若かりし頃、こんな夕暮れ時が来るなんで信じられなかったし、考えたくもなかった。しかし、どんな悠長な砂時計でもいつかは空っぽになる。長い旅路を経てわたしは絶望的に60歳になった。


 動物たちはメスをめぐってオス同士で角を闘わせる。鳥類のオスは派手な衣装を身にまとい、声を限りに歌を奏でる。男どもは、勉強を頑張り、スポーツで身体を酷使し、社会に出てからは寝食を忘れてプロジェクトに没頭する。それはひとえにかわいい女子の気を引くためではなかったか?そう、男のレーゾンデートルは女にあるのだ。 

 60のオスにはもはや生殖機能のあるメスを獲得する可能性は無い。それは終身刑を宣告されたも同然である。鏡に向き合ったときにその現実を知る。若ものは未来を描き、老人は過去を語る。わたしに残された自由は刑務所の独房で過去を夢想するだけになった。


 今までどれだけの女子たちに出会ったのだろう?一年に10人の女子と知り合ったとすると、、、10人×60年、、、つまり600人の女子が通り過ぎたということだ。学校ではひとクラスに女子20人、その中で話をする相手は10人、、、社会に出て同じ部署の女子が5人、関係先の女子が5人で合わせて10人、、、つまり、手の届く周囲には約10人の女子は存在していた。600、、、そんなものかと思う。


 初めて女子と手を繋いだのは(小学校の体育とか遠足ではなく)、、、16歳の秋。男子校に通っていたぼくの頭の中は、常にセーラー服の女子ばかりだった。通学の電車に乗り合わせる女子高生の指、胸もと、おさげの髪、、、手に入らないものほど輝きうるわしく見える。まったく女子との触れあう機会のないぼくにとって、唯一女子に接近できるのは女子校の文化祭。文化祭最後のフォークダンスは、男子校、女子校に通う少年少女にとってまさにシンデレラが夢見る舞踏会なのである。それでも、内気で意気地なしのぼくは、遠巻きにダンスをの輪を眺め、メロディーがリフレインして絶望的に時間が過ぎていく。すると、女子高生が小走りに近づき、ぼくの手を握った。かわいい部類の女の子ではない。それでも、ぼくにとって夢のような手の感触、そして甘い香りだった。いつまでも続いてほしい時間。高校三年間で唯一やわらかい女の子の手に触れた。彼女に連絡先を尋ねることもなく、その甘美な時間は終わった。

 男子校に通うぼくに気になる相手がいなかったわけではない。近くの女子校のMさんの存在は、ぼくを悩ましく切なくさせた。同じ中学校出身の彼女は、当時から聡明で美しい存在であったが、高校生となってひときわまばゆい光を放つようになっていた。駅のホームで出会うと、ドキドキときめいて何も話すことができずにぼくは固まってしまった。それでも、今日は会えるかなと期待もしたりする。彼女がぼくに興味ありそうな気配を見せていることも余計にプレッシャーとなり、結局3年間何もできず、距離は近づかなかった。


 無味乾燥の男子校に通うぼくは、女子たちで賑わう大学のキャンパスライフを夢みていた。しかし、入学試験に失敗したぼくは、不覚にも文学部も教育学部もない理工系大学に入学してしまった。学内に女子は少ないし、少数派の女子はガリ勉タイプの地味な雰囲気。女子を求めて飲み屋に勤めると、大学の優等生タイプの女子と異なり、軽く乗りのいいギャルたちで人種の違いを感じた。バイトメンバーたちと遊びに行ったとき、スクランブル交差点で突然女子から腕を組まれたり、「◯◯くん、かわいい、つきあいたい」とストレートに言われることもあったが、意気地なしのぼくは萎縮して何もできなかった。このまま一生女の子と仲良くなれないのではないか、そんな絶望感で虚しく10代は過ぎていった。

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