第15話
「なっちゃんは今日出かけたりするの?」
「ぶはっ!・・・・・・千里と買い物に。」
盛大に味噌汁を吹いた私に鈴香さんが慌ててティッシュを持って来てくれる。要が必死に笑いを堪えているのが見えた、許さん。
クリスマス当日の朝。今日は休日にも関わらず仕事があるらしい拓海さんは既に出勤していて、拓海さん以外の4人で朝食を食べていた。
「大丈夫?」
「大丈夫です、すみません。」
今日要と2人で出かけることは葛木荘の皆には内緒だ。なんせ目的が皆へのプレゼントだからね。加えてからかわれそうだからという理由もある。鈴香さんと拓海さんのこういう部分の精神年齢はまるで中学生だ(失礼)。
「要くんは?予定あるの?」
「俺は神谷と飯食いに行く。」
動揺して味噌汁を吹いてしまった私とは対照的に、要は涼しい顔をして嘘をつく。なんかムカつくな。
「・・・この味噌汁、なんかいつもと違うな。」
机の上の豆腐を拾い終えた私に、雨野さんが顔を上げてそう問う。
「あ、そうなんです。味噌が違くて。」
「うそ!全然気づかなかった!雨野さんよく気づきましたね。」
少し前にスーパーで見かけた、普段とは違う味噌を気になって買ってみたのだ。
少し甘くなってしまったかなあと不安に思っていたが、もう一口味噌汁を啜って、雨野さんは少し頬を緩める。
「・・・うまい。」
その表情と一言で胸が暖かくなって、笑みがこぼれる。雨野さんは基本的に無口だ。表情はいつも硬くて、優しそうなおじいさん、とはお世辞にも言えない。けど、いつも周りをしっかりと見ていて、少しの変化にも気づいて気にかけてくれる本当に優しい人なのだ。
友達と出かけるらしい鈴香さんは、ご飯を早々に食べ終えて部屋へと引き上げる。雨野さんの喫茶店も今日はいつもよりお客さんが多くなることが予想されるようで、お昼からお店の方へ行くそうだ。
「行ってきまーす!」
雨野さんに声をかけて玄関を出る。普段通りの服でいいよね、と出かける前日千里に言えば、なぜかとても怒られてしまい。その後2人で(強制的に)服を買いに行き、今日の服は全身千里監修のコーディネート。・・・なので、普段は着ないようなものばかり。横を見れば要もいつもとは雰囲気が少し違って、妙にドギマギしてしまう。
「奈月。」
「はい!?」
「声でか。」
急に話しかけられ思わず大声が出てしまった、恥ずかしい。そんな私を見て、彼はふっと笑う。
「・・・服、似合ってるよ。」
「・・・っ!・・・どうもありがとう。」
不覚にもどきっとしてしまい敗北感。要も似合ってるよ、と下を向いてそういえば、頭上からは少し照れたような要の声が降ってきた。
2駅先の大きなショッピングモールへ向かえば、さすがクリスマス、沢山の人達で混み合っていた。鈴香さんがこの前欲しがっていた香水、拓海さんが壊れたと嘆いていたイヤホン、そして雨野さんにはマフラーと手袋を買おうと計画していた私達。
「俺この中入んの・・・?」
「いいからほら!行くよ!」
女性向けの雑貨店の前で渋る要の手を引いてお店の中へと引っ張る。確かこのお店の香水を見てこの前いいなって言ってたんだよね。・・・どれだっけなあ。
「・・・あった!」
たくさんの香水が展示されているコーナーで探すこと数分。お目当てのものを発見することが出来た。
「私お会計してくるね。」
「え、俺をこの中で1人にすんの。」
「すぐじゃん。」
顔をしかめる要を放ったまま、レジで会計を済ませる。会計を終えて要はどこかと辺りを見渡せば、彼はまだ香水のコーナーの前に立っていた。
「どうしたの?」
「・・・俺このにおい好きかも。」
そう言って要が手に取ったのは青い瓶に入った香水だ。
「なんかすっごい落ち着く。」
「ほんと?・・・わ、いい匂い。」
私も匂いを嗅いで、思わず声を出してしまった。
石鹸のような香りで、確かにすごく落ち着く。
「・・・これ買おうかな。」
「いいじゃん。買っちゃえば?」
「でも要がいい匂いって言ったやつだからなあ。なんか癪。」
「後でビンタな。」
「ビンタはひどい!!」
おどける私に要が笑う。結局自分への香水を買うのはやめて、拓海さんと雨野さんのプレゼントを買いに別のお店に向かった。
・・・その数週間後、千里と共に訪れたこのお店で青い瓶の香水を買ったのは内緒の話。
「すみません。たいやき2つください。クリームとあんこで。」
「はいよ~。」
買い物の途中で美味しそうなたいやき屋さんを見つけた私達。長時間歩いて足も疲れていたため、休憩がてらたいやきを食べる事にした。
「はい。」
「ありがとう。」
近くにあったベンチに座って、2人でたいやきを食べる。焼きたてでとっても温かくて、心も一緒にじんわりと温度が上がる。
「・・・幸せ。」
「奈月の幸せは150円で買えんのか、安。」
「今たいやきのおいしさに浸ってるから黙ってて。」
「うーわ、冷た。涙出てくる。」
「どの口が言うんだか。」
ケラケラと笑いながら、涙が出てくる、なんて言って要は涙を拭うふりをする。その後も何が面白かったのか要はずっと笑っていた。
「もーらい!」
そんな彼の隙を狙ってクリームのたいやきを一口かじった。
「うわ!それ一口ってレベルじゃないだろ!」
「おいし~!!」
「・・・俺があんこ食べれないのしってるくせに。」
要が悲しそうに声を上げる。ええもちろん、知っての犯行ですとも。あんこも好きだけどクリームも美味しいな。今度はクリームにしてみよう。なんて考えていれば、要がいまだにいじけている事に気が付いた。
「まあまあ、そういじけんなって。」
「いじけてねえよ。」
「そういう日もあるよ。」
「いや誰のせいだと思ってんだ。」
ポカッ、と軽く頭を叩かれる。大げさに痛がってみれば、彼はまた笑いだして。少し休憩するつもりだったはずが、気付けばかなりの時間が過ぎていた。買い物の続きをしようとベンチから立ちあがり、また2人で歩き出した。
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