第14話

「あ、奈月ちゃん!」

「神谷くん。どうかしたの?」


放課後、先生に用事があって職員室に行った帰り、いつもはあまり会うことのない神谷くんにばったり会った。話を聞けば私を探していたんだそう、珍しい。


「あー、えっとさ。」

「うん?」


その理由を聞けば、神谷くんは口ごもって少し俯いてから、勢いよく顔を上げる。そんな彼の耳は真っ赤で。


「明後日、クリスマスじゃん。」

「うん。」

「そのー・・・千里と出かける約束とかしてる?」

「あ、うん。ご飯食べに行こうってさっき話してた所。」


クリスマス、特に予定がなかった私は千里と一緒に夕飯を食べに行こうと計画していた。


「そっか。」


少し悲しそうにそう言った神谷くん。急な質問に最初はハテナマークが浮かんでしまっていたが、今の神谷くんの態度である仮説が頭に浮かぶ。・・・自然と笑みがこぼれてしまって。ははーん、これは。


「まあ別にこの前も一緒に出掛けたばっかりだし、2人で出かける必要もないんだけどね。」

「・・・本当?」

「うん、本当。むしろ女2人でクリスマス過ごすよりも、ねえ。」


そう言ってからにやり、と笑えば軽く小突かれる。


「クリスマス、千里のこと誘いたいんだ?」


私の言葉に一瞬答えるのを躊躇って、けれど堪忍したという風に頭を振る。


「・・・・・・はい。」

「素直でよろしい。」


照れながら頷く神谷くん。緩んでしまう口元を頑張って引き締めるも効果なし。顔はにやけっぱなしだ。こんな話を聞いたら協力するしかないだろう。


「私、今日中に千里との約束断るから。」

「本当にいいの?」

「もちろん。」

「・・・奈月ちゃん寂しいクリスマスになっちゃうよ?」

「余計なお世話だわ!」


背中を叩けば痛い!と大袈裟に仰け反る。神谷くんと千里は本当に仲がいいけれど、神谷くんの方が更に距離を縮めようとしているのは何となく感じていた。クリスマスが終わったら2人をからかい倒してやろう、と決めて千里へと断りのメールを送った。



「へー、じゃあやっと誘えたんだ。」

「そう。千里も隠してたけど照れてたよ。」


帰り道、神谷くん達のことを話せば要はやっとかよ、と笑う。どうやら大分前からうだうだ言っていたらしい。


「楽しみだなー、2人の話聞くの。」

「だな。絶対からかい倒してやろ。」

「さっき全く同じこと思ってた。」


そんな事を話しながらまだ雪で覆われている道路を歩く。出来るだけ誰も歩いていない所を通ろう、なんて小学生みたいな事を考えながら歩いていた私。不意に、要が立ち止まった。


「・・・要?」

「なあ。」


私の問いかける声と要の声が被って。


「俺たちも、2人で出かけようよ。」


突然の言葉に一瞬時が止まった。


「・・・え?」


「・・・ほら、雨野さん達にいつもお世話になってるからさ。プレゼントとかあげたいじゃん。」

「ああ!そういう事ね。」


なんでも無いように要がそう付け加えるから、少し焦ってしまった自分が馬鹿みたいだと恥ずかしくなる。


「なに?デートに誘われたかと思った?」

「そんな訳ないじゃん。」

「ほんとー?」

「自意識過剰も大概にしろっ。」


そう言って笑ったけど、心臓はまだ少しドキドキしていて。涼しい顔でそんな事が言える要が恨めしくなって少し脛を強目に蹴ってやった。




ふああ、と欠伸を噛み殺しながら(殺せてない)廊下を歩く。冬は床がとんでもなく冷たくなるため、靴下が必須だ。その日珍しく夜更かしをしていた私は、廊下の突き当たりにある拓海さんの部屋の電気がついている事に気がついた。なんとなく気になって部屋をのぞけば、パソコンの前に座って作業をする拓海さんの姿が見える。


「・・・覗き見か?」

「・・・えへ。」


普段は見れない真面目な拓海さんの姿をしばらく見ていたら、気配を感じたのか振り向いて私に笑いかける。


「入っていいですか?」

「おう。」


許可をもらって部屋に入る。そういえば、拓海さんの部屋に入るのは初めてかもしれない。

部屋の中にはバンドのCDや雑誌なんかも転がっていたが、やはり圧倒的に多いのは、数学の問題集やプリントの山だった。


「・・・今何やってるんですか?」


作業をしている拓海さんの邪魔をしてはいけない、と少し離れた椅子に座って見ていたが、つい気になって聞いてしまう。


「んー?授業で使うプリント作り。」

「・・・ほんとに先生なんですね。」

「どういう意味だこら。」


私の軽口に笑って顔を上げる拓海さん。ふと以前配られた進路希望調査のことを思い出して、率直な疑問を口にする。


「拓海さんは、どうして先生になろうと思ったんですか?」

「・・・大した理由じゃねえよ。」

「聞きたいです。」


私の言葉にふっと息を吐き出して、昔を懐かしむように斜め上を見上げた。



拓海さんは、昔は勉強があまり得意じゃなかったらしい。授業もサボりがちで先生たちからも見離され、人に自慢できるような学生時代の過ごし方ではなかった、と言って彼は笑った。

けれど中学生の時、出会った1人の先生。まだ若い新任の先生で、拓海さん達のような真面目とはいえない生徒にも真剣に向き合ってくれた。その先生は数学の先生で、こんなの出来ない、やりたくない、そう言って駄々をこねる拓海さんに先生はいつも笑って、同じことを言ったそうだ。


「 『出来なくてもいいんだよ、一緒にやってみるだけでいいんだ。それだけで十分だから。』って、そう言って何回も教えてくれるんだ。どんな小さな質問にも、最後まで答えてくれたんだ。」


そう言って拓海さんはふっと笑う。


「その先生のおかげで数学が好きになった。んで、先生に憧れて必死に勉強して、結局今は中学の数学教師やってる。・・・な、大した話じゃないだろ?」

「・・・いや。そういうのすごい素敵だと思います。」


私の素直な感想にほんとかよ?と軽口を叩いてから眠気覚ましに、とコーヒーを一口飲む。


「あとは、弟、かな。」

「拓海さん弟居るんですか?意外!」

「どういう意味の意外だよ。」


拓海さんは呆れたように笑う。拓海さんと弟は年が離れており、私達と同い年くらいらしい。あまり、勉強は得意ではないようで。


「教師になれば弟さんにも教えてやれるかな?って思ったんですか?」

「・・・。」

「ねえねえ、そうなんですよね??弟思いですね」

「・・・うるせえ。」


ニヤニヤとしていれば軽く小突かれる。いや軽くでもない。普通に痛かった。頭を押さえながら睨めば拓海さんは楽しそうに笑っていて。ドSか。


「まあでも一番は本当に先生のお陰だよ。」


そう言って拓海さんは先生との会話を思い出すように、優しい顔で笑った。・・・素敵な先生だったんだろうな、そう思った。だって昔の話をする拓海さんはとても楽しそうで、嬉しそうで、見ている私もとても心が暖まった。


一度大きな欠伸をした拓海さんは、さ、もう寝な。 と私を部屋から出す。


「おやすみ、奈月」

「おやすみなさい。」


ドアを締める直前にパソコンにもう一度向き直った拓海さんが見えて、先生って大変なんだな、と改めて感じた。

口が悪くて少し強面の拓海さんだけど、生徒からは絶対好かれてるんだろうなあ、間違いない。

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