第13話

辺りが白く染まっている。

歩くたびに雪が固まる音がして、冬が来た、と強く実感した。


「雪!雪だ!!」


いつもの通学路、はしゃいで雪を踏みまくる私を見て要が笑う。


「なんだよ子供かよ。」

「うるさいな!もう今年は雪降らないのかと思った。」

「それはないだろ。」


要には一瞬で否定されたが、別にこれは大袈裟な言い回しではない。なんせクリスマスまであと数日の今日。今日まで寒い日はあったものの雪が降る気配は全くなく。テレビでも今年は初雪が遅すぎる、と何度か取り上げられていたのだ。



「奈月!要くん!おはよう!!」

「・・・嘘だろ。」


散々子供だのなんのと要に馬鹿にされながらの登校。しかし学校に着いたらそんな要のからかいも止んで。彼ははあ、とため息をつく。


「はやく!こっち!雪合戦やろう!」


笑顔で神谷くんが私と要を手招きする。朝にも関わらず、校庭で雪玉を投げ合っていたのは千里と神谷くん。端の方では由香ちゃんと横山くんが2人で雪だるまを作っていた、なにあれ可愛い。


「・・・お前ら何歳だよ・・・。」

「ほら、みんな雪降ったらテンション上がるんだよ。」

「いや普通に考えて朝は寒いだ・・・っおい!」

「当たった!?」


突然飛んで来た雪玉は要の背中にクリーンヒット。犯人はもちろん神谷くん。それで火がついたのだろうか。あれだけ渋っていたのに着けていた手袋を速攻で外して雪玉を作り始め、神谷くんの方へと走って行った。

周りを見れば、私達以外にも雪で遊んでいる人たちは多くいて、受験間近の3年生の姿もある。勉強ばっかでストレスが溜まっているのだろうか、雪玉の硬さとスピードが半端じゃない。恐ろしすぎる。


「うはっ!?」


バホッと急に大きな音がして視界が暗くなった。少し経ってから顔に冷たさを感じて、雪玉が顔面に当たったんだと気づく。前方から聞こえてきた笑い声。間違いない、笑っている奴が犯人だ。


「・・・要、許さん。」

「ぼーっとしてる奈月が悪い!!」

「カナメ、ユルサン。」

「なんで片言!?・・・あれ、ガチで怒ってる?」


半笑いで私の赤くなった鼻をつつくから、要を絶対雪に埋めてやろう、と決心した。


結局そのあと始業ギリギリまで雪で遊んだ私達は、教室をビチョビチョにしてしまい、先生からお叱りを受けたのだった。




「寒くなってきたねえ・・・。」

「ほんとに。」


風が冷たくて、両手をさすりながら歩く帰り道。要も手に息を吹きかけながら歩いていて、その指先は赤い。雪が降った途端急に寒さが増した気がする。


「っわ!」


要と他愛もない会話をしながら歩いていれば、突然体に衝撃を感じる。要が支えてくれたから私は転ばずに済んだのだが、ぶつかってきたその子はバランスを崩してしまって。


「大丈夫!?」


慌てて駆けよれば、制服に身を包んだその女の子は「すみません!」と立ち上がり、俯いたままその場から走り出そうとする。その目に光っていたのは、涙?


「ぶつかっちゃってすみません。大丈夫です。」


そうだけ謝って、私たちの方を見ることなくその子はそのまま駆け出してしまった。黙って要と目を合わせる。転んで泣いていた訳ではないだろう。何かあったのだろうか。そんな私たちの疑問はすぐ解決されて。


「・・・あ、あれ。」


そう呟いた要が見つめるその先にあるのは、小さな公園。そこには先ほどの女の子と同じデザインの制服に身を包んだ男の子が立ちすくんでいた。無意識のうちに男の子を見つめてしまっていた私。目が合ってしまい、彼は少し驚いた顔をする。


「えっと・・・何か?」

「あ、ごめんなさい。・・・さっき女の子とすれ違って。」


その言葉だけで理解したのだろう。ああ、と呟いた男の子は、困ったように笑った。




「好きって、何なんすかねえ。」


弘海ひろみくん、と名乗ったその男の子は、ベンチに座ってため息をつく。


「難しいよね。」


その横に私も座って腰かけた。要はすぐ傍で落ち葉を踏んで遊んでいる、小学生かよ。私達より1つ年下らしい彼は、さきほどの女の子に告白されて付き合い始めたそう。けれど、彼女の事を好きなのかどうかが分からなくなってしまって、この公園で別れ話を切り出し泣かせてしまったそうだ。


「後悔はしてないの?」

「してないです。一緒にいて楽しかったけど、でもそれは友達と同じっていうか・・・やっぱなんか違くて。」

「そっかそっか。」

「でも泣かせちゃった事に結構ダメージ受けてます。」


ハハッ、と眉を下げて笑う。彼はとても整った顔立ちをしていて、その顔は誰かにとても良く似ていた。・・・誰なのかは思い出せないんだけど。


「好きって何なんだろうね、ほんと。」

「え、でも2人って付き合ってるんじゃ・・・。」

「ないない。幼馴染。」


今まで何十回と聞かれてきた問いに、同じくこれまで何十回と答えてきた回答をする。弘海くんはそうなんすね、と呟いて。


「俺、自分から誰かを好きって思ったことなくて。」

「うん。」

「告白されて流れで付き合っちゃうことが多いんです。あ、でもそれは適当な気持ちってわけじゃ無くて、付き合ってから好きになれたらいいなって・・・。」


焦ったように弁解する彼に大丈夫だよ、と頷く。見た目はチャラそうだが繊細な子なのだろう。少し話しただけでそれが伝わってきていた。


「でも、結局好きが分からないまんまで。人の事も傷つけちゃうし。・・・泣かせちゃうし。」


さっきの女の子の事を思い出しているのか、彼は少し俯いてしまう。


「ほんと!難しいっすねえ!」


と思えば急に顔を挙げて、少し大きな声を出してから、はあ~、とため息をついてまた俯いた。


「いつか、分かるのかなあ。」

「・・・きっとそうだよ。まだ私達10代だもん。」

「そうですよね。これから何年生きんだって感じっすもんね。」


ベンチに座りながら、足で落ちている落ち葉をかき混ぜる。好きとは何なのか。私も、その答えは持ち合わせていない。「大切」と「好き」は違うのだろうか。じゃあ「好き」と「愛してる」の違いは?なんて考えればきりがなくて。


その後しばらく、冷たい風を背に受けながら、3人で他愛もない話をして過ごした。


「へえ、お兄さん学校の先生なんだ。」

「そうなんすよ。こーーんな人相悪い顔してるくせに。」


人差し指で目じりを吊り上げて、弘海くんはへへっと笑う。

彼には少し年の離れたお兄さんがいて、教師をしているそうだった。


「それこそお兄ちゃんに聞いてみればいいんじゃない?」

「好きとは何かを?」

「好きとは何かを。」

「えーー!恥ずかしいっすよお。」


想像するだけで恥ずかしくなってしまったのか、くう、と変な声を出して彼は頭を抱えた。なんだよ、可愛いな。


「お兄さん、仲いいの?」

「うーん、普通っすけど。勉強しろってうるさいっす。自分だって勉強得意じゃ無かったくせに。」

「そうなの?」

「そうなんすよ。だからそもそもなんで先生になったのかが不思議なくらい。」


へえ、と相槌を打ちながら、会った事もない弘海くんのお兄さんを想像してみた。まだ輪郭すら想像できていない所で、弘海くんが小さくため息をつく。


「しかもすげえ大変そうなんすよ、仕事。」

「確かに・・・学校の先生ってすごく大変そう。」

「夜遅いし朝早いし。なんかいつもイライラしてるし。最近はよく眠れないみたいで毎晩薬飲んでるし。」

「え、それ大丈夫?」

「さあ。」


今度は深いため息をついたと思えば、突然ああ!と大きい声をあげて立ち上がった。驚いて弘海くんをみれば、「これから塾でした!!」と焦ってスマホを握りしめた。


「お見苦しい所見せちゃってすんませんした!」


駆けだす間際、ペコリ、と頭を下げた弘海くん。


「けどなんか、話聞いてもらえてすっきりしました。ありがとうございました!じゃ!」


ニカッ、と効果音が付きそうな笑顔を見せて、彼は公園を出て行く。うーん、やっぱ誰かに似てる。誰だっけ。弘海くんに手を振り返して、要と一緒にもう一度ベンチに腰かけた。



『好きって、何なんすかねえ。』


・・・彼の問いかけがそっと頭に浮かぶ。


「好きって、難しいねえ。」

「・・・ほんとに。」

「好きも分からないし、愛してるなんてもっと分からない。」


私の呟きに、要も真剣に考えこむ。


「でも愛してるはやっぱ大人が使うイメージだよね。」

「確かに。プロポーズできっと大好きは使わないもんね。」

「逆に中学生とか高校生の告白で愛してるなんて言わないし。」

「うんうん。使ってたらちょっと・・・引いちゃ・・・驚いちゃうね。」

「言いかけてたよねもう。」

「ごめんなさい。」


素直でよろしい、と要がふざけて私の頭を叩く。


「でもさ、英語だと全部I love youでしょ?その言葉に区別はあるのかな。」

「どうなんだろうね。・・・外国って基本的にストレートというか大げさだよね。」

「確かに。」


そう話しながら先週末、鈴香さんと一緒に見た海外ドラマを思い出していた。身分違いの恋をテーマにした作品だったのだが、確か最後の告白のシーンは。


「君は僕の太陽。」

「え?」


不思議そうな顔をする要に、映画を見たこと、そして映画の内容をかいつまんで話す。


「『これが僕の究極の愛の告白だ』って。」


この言葉に鈴香さんは大赤面していた。なんてピュアな25歳。へえ、と要は頷いて少し考えこむ。究極の愛の告白、かあ。

君は僕の太陽、なんてフレーズ日本じゃ絶対聞かないだろう。

・・・でも、そうだな。もし、私なら。


「君は私の海。」


そう呟いた私に、要はまた不思議そうな顔をする。


「かなあ、私だったら。」

「究極の愛の告白?」

「そう。」

「なんで?海が好きだから?」

「それもあるけど。」


目をつぶって、頭の中で海を想像する。真っ青で、広くて、穏やかで。


「海ってさ、広くて大きくて何でも飲み込んでくれる気がするの。綺麗なものも、汚い物も、何でも許してくれる。」


私の言葉に、要は黙って耳を傾ける。


「全部飲み込んで、色んなものの命を抱えて、でも溢れちゃう事なくちゃんと全部抱えきって。なんか、強いなあって思うから。」


色んなものを抱えて、毎日色を変えて生きている。全て飲み込んで、波になってゆらゆらと揺れる。すごく、寛大だと思うのだ。強いと思うのだ。人間はどうしても狭い。狭い世界で生きていて、狭い世界に自分を閉じ込めてしまう。

だからきっと、海は、私の憧れなんだろう。


「傍に行くだけで、私も大きくなれる気がするの。いつもよりも、優しくなれる気がする。」


君は、私の海。


「これが、私の最大限の愛の告白かなあ」


急に語ってしまった事に恥ずかしくなってしまって俯くが、要はしばらく何も言わなくて。

静かに見上げたその横顔は、何故か少し、寂しそうだった。

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