第4話

夏休みを前にした日々はとても過ぎるのが早く感じた。千里の行動力はもう何もつっこめないほどで、発案から1週間後には既に6人での海計画が決定していた。


「奈月ちゃんーー!!」

「・・・ねえ、痛い。」


先生に呼び出された千里を教室で待つ私の背中に、誰かが勢いよくつっこむ。・・・誰なのか、予想はついている。


「ねー、テンション低いよ!もっと上げてこ!ねえねえ!!」

「分かった分かった、わかったからちょっと黙りな??」


へへっ、と幼く笑う彼女、由香ゆかちゃん。クラスは違うものの委員会を通じて知り合った由香ちゃんとは、千里を含め3人で出掛けることもあるくらい仲が良い。


「相変わらずクールですねえ。」

「由香ちゃんはもっと落ち着いてくださいね。」

「わたしは元気だけが私の取り柄なんだもん!

あ、奈月ちゃんもう水着買った?」

「何言ってるのさ。うん、買ったよ。」


そんな彼女も千里が集めた海計画のメンバーだ。


「やっぱり!?私まだ買えてないんだよねえ・・・。」

「・・・向こうの好み、聞いてあげようか?」

「っちょ!うるさいよ!!」


そうからかえば真っ赤になってバシバシ、と私の腕を叩く。由香ちゃんには付き合っている人がいて、それがもう一人の旅行メンバー、横山よこやまくん。横山くんは要たちとクラスが同じで、いわゆるいつメンというやつだ。


「由香ちゃん顔真っ赤。」

「うるさいよ!!奈月ちゃんも要くんの好み聞かなくてよかったの?」

「だーかーら!そういうんじゃないから!!」

「またー、照れちゃって。」


「照れてないから」と私より頭一つ分小さい由香ちゃんの頭をぐりぐりと押す。


「ちょ!これ以上私を縮めないで!!」


女子の中でも小柄な由香ちゃんはそれがコンプレックスらしいが、私からしたらとても可愛いと思う。


「あ、ちび由香。」

「ちびって言うな!!」

「おかえり。なんの用事だったの?」

「課題出さなすぎだって。進級できねえぞって怒られちゃった」


てへ、っとピースをする千里。いや笑えないから。そんな千里に由香ちゃんと目を見合せて笑ってしまった。笑ってんじゃんと言うツッコミはスルーさせて頂く。


「水着、いつ買いにいくの?」

「どうしようかなあ。」

「なになに?由香まだ水着買えてないの?」

「そうなの。どういうの選べばいいか分かんなくて。」


由香ちゃんの言葉に千里が腕を組む。


「うーん。横山くんの好み、聞きださないとねえ・・・。」

「2人して同じようなこと言わないでよ!そこは別に関係ないの!」

「またまたあ~」


否定する由香ちゃんの顔はまた真っ赤になっていて。本当に可愛い。女の子らしいとは由香ちゃんのような子の事を言うんだろう。結局由香ちゃんの水着は3人で選びに行くことになり、ついでに甘い物でも食べよう、なんて話が出て楽しみなお出かけが1つ増えた。


「海、楽しみだね!」


そう満面の笑みで言う由香ちゃんに、私も千里も笑って頷く。せっかくの夏だ、思いっきり楽しまないと。




「・・ん?」


夏休みまであと少しとなった休日。近所のスーパーに1人買い物に来ていた私は、特売品を買うことができ満足してスーパーを後にしたのだが、スーパーの入り口付近で目に付いたのはまだ5歳くらいの小さな男の子だった。その男の子は瞳を潤ませながら辺りをキョロキョロと見まわしていて。・・・もしかして。


「・・・どうしたの?」


私がかがんで声をかければ、驚いたのかビクッと肩を震わせた男の子。


「大丈夫?誰と一緒に来たの?」


私の事をじーっと見つめる瞳はとても大きくて。まつ毛も長い、女の子みたいだな。なんて思っていたら、その瞳から一気に涙が溢れ出す。


「ままっ・・・どこーっ・・・!」

「わっ!よしよし、泣かないで!」


突然泣き出した男の子に慌てふためいてしまう私。どうやら迷子のようだ。泣き出した男の子を必死になだめようとするも、中々泣き止まなくて。なんだか私も泣きそう、どうしよう。

何か男の子を喜ばせてあげられるものはないかとカバンを漁れば、指先に冷たさを感じて。


「あ!ねえ、アイス好き?」

「・・・っ・・すき・・」

「じゃあお姉さんと一緒にアイス食べよっか!」


スーパーの袋から先ほど買った棒付きのアイスを取り出せば、男の子は一旦泣くのをやめ、潤んだ瞳で私を見上げた。・・・ちなみにこれは鈴香さんに頼まれたアイス。まあ非常事態だし。許してね鈴香さん。




スーパーのすぐ目の前にある公園のベンチに並んで座って、2人でアイスを食べる。


「・・・おいしい?」

「うん、おいしい。」


溶け始めてしまったアイスにかじりつく男の子は、涙は止まっており、さきほどより表情も明るくなっていた。


「お買い物、誰と一緒に来たの?」

「・・・ぼくひとり。」

「ひとり!?」


私の声に男の子が驚いて肩をすくませる。慌てて謝れば男の子は少し俯いて。


「ままがね、ちいちゃんのミルクが無くなっちゃったって言ってて。ぼくお兄ちゃんだから、1人で買ってきてあげようと思ったんだ。」


男の子によると、忙しそうなお母さんの代わりにちいちゃん(おそらく妹)用のミルクを買ってきてあげよう、と何も言わず家を出てきたらしい。しかし持ってきた自分のお金では当然足りず、帰ろうと思ったが道が分からなくなってしまい。


「いつもお買い物はここに来るの?」

「うん。いつもおうちからままと歩いてくるんだよ。」


なるほど。つまり家からここまで遠いわけではなく、このくらいの年齢の子が1人で来れる距離だという事だ。黙って出てきたのなら迎えに来てくれる可能性は低いし、小さい妹がいるというのだから、母親も探すのが大変だろう。うーん、どうしたものか。

男の子の声が聞こえなくなった事に気づいて横を向けば、彼はまた瞳に涙をためていて。


「まま・・・」


何故だろう。その姿を見ていたら、すごく胸が苦しくなった。私もこんな風に、母親を思って涙を流したことがあった気がする。あれはいつの事だろう。思考が過去にトリップしてしまう前に、男の子が私の袖を強く握りしめたのを感じて現実へと引き戻された。


「よし!」


そう声に出してから、男の子の手を取って立ち上がる。


「お姉ちゃんと一緒にままの所に帰ろう!」

「・・・どうやって?」

「一緒に道探してみようよ!どんな建物があったかとか、覚えてる?」

「・・・うん、ちょっとだけ。」

「じゃあそこから見つけに行こう!」


不安そうに私を見あげる彼の頬に両手を当てて、目線と同じ高さにかがんだ。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんが一緒に探してあげるから。」

「・・・ほんと?」

「本当。絶対大丈夫だから。ほら、行こう!」

「・・・うん!」


私の言葉にやっと笑顔を見せた男の子。その事に安心しつつ、彼の言葉を頼りに家までの帰り道を探し始めたのだった。

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