第3話
「なっちゃん料理上手になったわねー。」
夕食は出来るだけみんなで揃って食べる事になっているので、拓海さんの帰宅を待ってからの夕食だ。スーパーで鶏肉が安く売っていたから、と選んだ唐揚げはかなり好評だった。
「ほんとですか。」
褒められて自然と頬が緩む。最初はスマホで下調べをしないと作れなかった料理も、今では自然と手が動くようになった。
「あー、確かに。最初に比べてうまくなったよな。」
「・・・なんか拓海さんに褒められると気持ち悪いです。」
「なんでだよ。」
「ていうか最初に比べてって何よ、素直に褒めなさいよね。」
鈴香さんの言葉に拓海さんが舌打ちで返事を返す。おいおいおい、と思っていれば、ねーなっちゃん、と私に話題が流れてきた。よし、今から私は空気になろう。逃げるが勝ち。
「俺もご飯炊くの上手くなったでしょ?」
「いやご飯炊くのに上手いも下手もないだろ」
「分かってないなー、拓海さんは。だから彼女出来ないんだよ」
「それ絶対関係ないだろ。お前後でしばくからな。」
ケラケラと笑う要に拓海さんの蹴りが飛んでそこから始まるプロレスごっこ。「ちょっとうるさいわよ。」と鈴香さんの注意が飛ぶ。
「ちょっと、ご飯中にやめてください。」
「悪いのは要の方だろ。」
「うわー、そうやってすぐ人のせいにする。」
「拓海さん、大人げないわよ。」
「そうだよね鈴香さん、もっと言ってやって。」
「要も調子に乗るな。」
ご飯を食べている時もいつも賑やかだ。怒られた拓海さんと要はいじけつつも静かになる。そんな2人の動作がそっくりで、兄弟みたい、と吹き出せば鈴香さんと目が合って、また笑ってしまった。
「奈月、これ分かんない。」
「教科書109ページを読んで下さい」
「ここは?」
「・・・92ページ!」
「これ」
「130ページ!!」
「なんだよ冷たいな」
と口を尖らせながら教科書を開く要。夕食の後片付け担当は基本鈴香さんと拓海さんのため、部屋に引き上げた私達は2人で課題タイム。運動は得意な要だが、勉強はあまり得意ではなくて。
「この問題意味わかんないんだけど。」
「・・それ中学校の時習った公式だからね。」
…いや、はっきり言えばかなり出来ない。何でもかんでも質問してくる要をあしらって自分の勉強に集中していれば、飽きたのか要は部屋を物色し始めた。
「要、勉強して。」
「飽きた。」
「・・・その課題もう提出期限過ぎてるよね。」
「・・・」
「また居残りで課題増やされてももう見てあげないからね。」
そういって要を見れば、ふくれっ面と目が合う。どちらも目を逸らさずにしばし見つめ合ったあと、ため息をついたのは、わたし。
「・・・後で見てあげるから」
その言葉にさっきとは一転して満面の笑みを見せて机へと戻る。犬かよお前。
「出来るとこだけやってなよ。」
「はーい。」
「あと今度クレープ奢ってね」
「500円以内な。」
「だめ、640円のいちごとみかんとカスタードクリームが乗ってるやつ」
「・・・はいはい。」
要にクレープの約束を取り付けて満足した私は再び課題に取りかかった。
少し集中して自分の課題に取り組んでいれば、不意に要の視線を感じて顔を挙げる。彼の視線は私の手元に向かっていて、ああこれか。
「何それ、しおり?」
「そう。」
「へえ、そんな可愛いの教科書なんかに挟んで使っちゃっていいの?テンション落ちない?」
「落ちないよ、むしろ上がる。」
お気に入りのしおりを教科書に挟んでいる私を見て要はなんだか不思議そうに首を傾げる。水色の布生地で出来ているこのしおりは雑貨屋さんで一目惚れしてしまった。色合いはもちろん触り心地もなんだか好きで、気づけば買ってしまっていた。とてもお気に入りで可愛いからこそ常時目の着く所に置いておきたいんだけど、と力説したけど全然分かってくれなかった。くそう。
「いいよいつか要も大人になったら分かるよ。」
「いや同い年な?」
おどけてそういえば頭を気づかれてしまって、顔を見合わせて笑った。
・・・要と付き合ってる、と今朝のように勘違いされる事は多く、実際に全然知らない後輩の女の子に聞かれたこともある。
けれど私と要はそんな関係ではなく。かといって、友達、という言葉もなんかしっくりこない。
「なー。」
「なに?」
「全然分からない。」
「・・・もう。」
眉をへの字にして本当に困った顔をして私の方を見るから、思わず笑ってしまう。
「授業中ちゃんと聞いてる?」
「・・・・聞いてる。」
「バレバレの嘘つくな。」
だって高センの授業めちゃくちゃ眠いんだもん、そう言って要は欠伸をする。思い出すだけで眠くなってきちゃった、なんて言って笑って。
それに関しては私も同意だ。高センこと高橋先生は糸目が特徴の50代の数学の先生で、いつも本当に教科書通りの授業をする。声も平坦で、問題を当てるのも必ず席順通り。生徒からしたらとてもありがたい先生だ。眠いけど。
「高セン、いつも目開いてないしね。」
「だよなあ。むしろ先生が寝てるよな!?」
なんて言って目尻指をあてて先生の真似をするから、思わずケラケラと笑ってしまった。
・・・そうだな、私達はもちろん恋人ではない。でもただの友達でもない。それよりも家族という言葉が近いのかもしれない。
「・・・暑い。」
「それ10回目。」
隣で死にそうな顔で呟く千里に冷静にそう返すと、「だってほんとに暑いんだもん!」と机に突っ伏した。しかしダレてしまう千里の気持ちも分かる。なんせ今日は非常に暑い、カンカン照りの太陽に照らされた私たちの教室はかなり蒸し暑い。なのに回っているのは2台の扇風機だけ。さすがにクーラーを導入してほしいのだがその希望が通りそうな様子はない。
私もうちわを片手に机に寝そべる。夏休みまでは残り2週間。溶けてしまいそうなほどの暑さと夏休み前という事から、先生の話はみんなの耳に留まることはなく。
「ねえー、海行こうよ。」
「暑いからやだ。」
「暑いからこそ海に入りに行くんじゃん!」
「えー、日焼けしたくないし」
「そんなことばっかり言って!せっかくの夏休みなんだからエンジョイしようよ~」
そう言って千里が私の服を引っ張る、が、とりあえず無視。
・・・海、か。幼い頃から、私は海がとても好きだった。泳ぐことが好きかといわれればそうではなくてむしろ苦手なくらい。ただ海の青い色が好きで、小さい頃はよく図書館で海の図鑑をペラペラとめくっていた。暗い青、透き通った青、遠い遠い外国にある青とも緑ともつかない海の色。天気によってもその色は変わって、比べるのが楽しくて、色の名前もよく調べた。そのうち色の図鑑が欲しくなって、お母さんにおねだりして買ってもらった。ずっと持ち歩いていたからボロボロになってしまったけど、今でもまだ本棚に飾ってある。
あとは単純に大きくて広くて、終わりが見えない海の広大さに憧れていた。少し怖くなるくらいの大きさに、胸の奥が揺れるのだ。
そういえば最近は写真も見ていないし行ってもないなあ。思い返してみるが、それらしい記憶は残っていなくて。
「・・・久しぶりに行きたいかも。」
思わず口からこぼれたその言葉を、千里は聞き逃さない。
「言ったね!今言ったよね!!」
「え、いや、別に行くとは言ってな」
「よっしゃ?!計画立てちゃおー!!」
「おい人の話聞け。」
ぺしっと千里の頭を叩くが止まる気配はない。そしてその場でスマホをいじりはじめる。
「・・・千里。」
忘れてるかもしれないけど。
「・・・おい
今授業中だからね。
「えー!!なんで!!」
案の定先生に目をつけられて、騒ぐ千里。周りからは笑いがこぼれた。・・・ドンマイ。
「へー、海!いいじゃない!」
夕食後、千里との海旅行の計画を話せば鈴香さんがお皿を洗いながら楽しそうに笑う。
「いいなー、高校生。若いわ。」
そういう拓海さんは机に突っ伏してスマホをいじり中。スマホの向きからしてゲームをやっているのだろう。・・そのうち鈴香さんに手伝えって怒られるんだろうな。
「まだ計画なんですけどね。」
私がそう言えばテレビを見ていた要がああ、と急に声を出す。
「それ、俺も誘われたよ。」
「え、ほんと?」
「ほんと。」
テヘッ、という効果音が聞こえてきそうな友達の笑顔を思い出す。千里、あれだけ要には話しかけられないだとかなんとか言ってたのに。友人ながら恐るべし行動力。
「・・・ていうか千里と知り合いだったの?」
「
「へえ、そうなんだ。」
神谷くんは要と仲のいい男子の一人。バスケ部所属の彼は誰にでもフレンドリーで、私も何度か話したことがある。そういえば千里も中学時代バスケ部だったって言ってたっけ。
「で、いつ行くの?」
「来週の土曜日に。」
「そっか。じゃあその日は拓海と二人の夕食ってことね、はあ。」
わざとらしくため息をつく鈴香さんにピクッ、と拓海さんが反応する。
「おいおいため息つきたいのはこっちだわ」
そしてそこから始まるいつもの小競り合い。
言い合いがヒートアップしていく中、爆弾を落としたのは要で。
「拓海さん、そろそろゲームやめてお皿洗い手伝えば?」
「うわっ、おい、要お前」
「はあ!?同僚に大事なメール送ってるからって言ってたわよね!?」
「いやそれは・・」
しどろもどろになりながら拓海さんが要を睨む、が、当の本人は舌を出して悪びれる様子は無し。アイコンタクトで助けを求めてくる拓海さんに、私も要の真似をして舌をぺろっと出す。
「あ、課題終わってなかったんだ~」
「奈月…。」
拓海さんの恨めしそうな声を背に受けながら、巻き込まれないようにと自室へと引き上げた。まあ自業自得ってやつですね。ドンマイです。
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