第2話

「はっ、お前それ詐欺だろ。」

「うるっさいわね変態教師!」

「はいはい何とでも言ってろよ。」

「うっざ。ありえないわ~」


下に降りれば、鈴香さんと拓海さんの言い争いが始まっている。2人はよく喧嘩するが、その分仲がいい(と、私は感じている)。朝の言い合いも日常と化していて、雨野さんは2人の言い合いを気にする様子もなくご飯を食べながら新聞を読んでいる。


「ほんとありえない。・・・ねえ、なっちゃん!」

「・・・ソウデスネ。」


出来るだけ存在を薄めて黙々とご飯を食べていたのだが、鈴香さんに話を振られとりあえず同意を返す。


「女子に詐欺は禁句だよね。常識なさすぎ。」


そう言って怒る鈴香さんはもう仕事モードの身だしなみだ。そんな彼女を一瞥した拓海さんは、またからかうように鼻で笑う。それに鈴香さんがまた文句を言い、再び始まる言い争い。

ふと時計を見ると、いつも2人が出る時間を過ぎていて。


「・・・2人とも、時間大丈夫ですか?」


私のその言葉に固まる2人。


「大丈夫じゃねえ!鈴香ネクタイ!」

「自分でやりなさいよ!」


時計を見て慌てて準備を始め、文句を言いながらも鈴香さんは拓海さんのネクタイを結び始める。

・・・やっぱ仲いいなあ。何だか微笑ましくて、2人を見ていれば、鈴香さんにオムライスを開いたような顔をしていると言われてしまった。・・・え、高度なディスリ?


「おはよ~。」


バタバタと拓海さん達が玄関に向かう直前、

間延びした挨拶とともに入ってきたのは大きな欠伸をした要。


「相変わらずギリギリね~。」

「鈴香さんもどうせ台所で寝てたんだろ。」


その言葉にうっ、と口を詰まらせる鈴香さんとクスクス笑う拓海さん。私も思わず笑ってしまった。


「早く要。遅刻するよ。」

「はいはい。」


私の言葉にご飯を食べ始める要。そんな様子を眺めながらふとテレビに視線を移せば、いつもの朝のニュースのBGMが聞こえてくる。今人気の女性アナウンサーが神妙な顔で、今週のニュースを読み上げている。

画面には大きく、【自殺者急増中】のテロップが出ていた。


「えー、今年の自殺者数は今の段階で去年を上回っており、様々な社会問題と絡み合って現在深刻な状況となっています。中でも学校でのいじめなどを理由とする自殺が多く~・・・」


「・・・悲しいわねえ。」


ぼそっと呟いた鈴香さんの言葉に頷く。・・・自殺。そんなことをしてしまうほど人生に絶望するなんて、一体どんなことを経験したんだろう。私には想像もつかない。つかないし、私はいま恵まれてるんだろうなあと感じる。


「俺今日朝礼で話さなきゃなんだって!」

「知らないわよ!自分でネクタイくらい結べるようにしなさいよ!」

「結べるけどよ!鈴香の方が上手えんだもん!」

「あらそれはどうもありがとう!」

「どういうテンションのやり取りだよ。」


要のツッコミに思わず笑ってしまって、自殺のニュースでなんとなく重くなってしまった空気がほぐれる。ノロノロとご飯を食べる要に文句を言いつつ、「ごちそうさま」と食器を洗いに台所へと下がった。





「おはよ、奈月なつき。」

「おはよう。」


がやがやと騒がしい教室の中。友人の千里ちさとと挨拶を交わす。


「もー、今日も要くんと登校?ほんとラブラブだね~。」

「だからそんなんじゃないって!」


住んでる場所が同じなため、登下校はいつも一緒だ。

ただ周りにはその事を話してはおらず、自然と大きな勘違いが生まれていて。


「またまたー。要くん、先週も1年生泣かせてたんだから。」

「知らないよ。ていうか千里はいつもどこから情報仕入れてくるの・・」

「私をナメてもらっちゃ困るよ。」


千里はそう言ってからウインクをしてみせる。全然出来てないけどね。むしろまばたきだけどね。


・・・要はモテる。顔立ちも整っているし、なにより笑顔が素敵、らしい。

勉強はいまいちだが運動は得意で、女子に騒がれているのをよく見かける。


「彼女が普通の女子だったらいじめにでもあってる所だけど。」


そこで言葉を止めて千里は私の方を見る。


「それが奈月じゃ誰も文句も言えないよね。」

「はー、何言ってんの?ていうか付き合ってもないってば!」

「頭もいいし運動もできるし・・・むかつく~」

「褒めるか文句言うかどっちかにしてもらっていい!?」


よしよし、まあ落ち着け。と千里に頭を撫でられる。私は犬か。

千里とは仲が良くてとても良い友人なのだが、なんせ人の話を聞かない。




放課後、振動を感じてスマホを開けば新着メールが一件。差出人は、雨野さん。

【 単三電池 電球 卵 】

主語もなにもなく、書かれていたのはその3単語。雨野さんらしくて思わず吹き出してしまう。


「奈月ー。今日ドーナツ食べ行かない?」

「ごめん。雨野さんに買い物頼まれちゃって。」

「そっか、じゃまた今度ね!」


千里に手を振って帰り支度を始めれば、聞きなれた声がしてドアからひょこっと黒髪が跳ねる。


「かーえろ。」

「ちょっと待って。」


周りの視線を感じながらも、課題に必要な教科書だけ詰めて教室を出た。




「今日要たち体育バスケだったでしょ。」

「そー。なんで?見てた?」

「クラスの女子が騒いでた。」


その言葉にへー、と声を漏らした要。そして私の方を向いてにやにやと笑う。


「俺がシュート決めたところ見てた?」

「・・見てない。」


本当は見てたけど意地悪でそう答えれば、ちぇー、と子供のように口を尖らせた。

普通科だけでなく工業科も存在する私達の高校では、部活や生徒会で関わりがなければ、顔も名前も知らない生徒もたくさんいある。同級生でもだ。要は2組で私は7組。普段校内で接する機会はあまりなくて。


「そういえば、メール来てた?」

「誰から?」

「雨野さん。」


そう私が言うと要は思い出したように笑う。


「来てた。1人で爆笑しちゃったよ。」


そう言って私に雨野さんからのメールをみせてくる。内容は私に来たものと同じで、また笑ってしまった。


古びた商店街を抜け、路地裏へと入っていく。

錆びて傾いたカーブミラーのある交差点を右に曲がれば、見えてくるのが私たちの家だ。

学校から数十分歩けばたどり着くここ、葛木荘。お世辞にも綺麗とは言えず、最初見たときは「ここに人が住めるのか」と不安に思った程である。けれど、住んでみれば意外と快適だ。夏は暑いし冬は寒いが、それでもトイレは綺麗だし台所も自由に使える。何より皆との距離が近くて一緒に生活している感じが、私はとても好きである。


「ただいまー。」


帰宅は私たちが大体一番乗りだ。各自荷物を部屋に置いたら夕食の準備にとりかかる。


「要。炊飯器スイッチ押してもらっていい?」

「ん。」


皆の洗濯物を分けていた要にスイッチを押してもらう。

・・・5時過ぎに鈴香さんが帰宅して、7時頃に拓海さん。雨野さんは葛木荘の裏で小さな喫茶店を営んでおり、夕食はそっちに運ぶことになっている。

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