そばにあを

夏目

第1話

ピピピッ…

耳元でアラームが鳴っている。目を閉じたまま手探りでアラームを止めようとするが中々止めることが出来ず、仕方なく目を開いた。


「……」


アラームを止めれば再び訪れる静寂。自然と瞼が閉じそうになるが、二度寝すれば最後、起きられなくなることは分かっている。眠い目をこすって、ベットから起き上がった。そして座ったままカーテンに手をかけ、勢いよく開く。ガラスの向こうに見える景色はまだ薄暗い。それもそのはず、今の時間は早朝5時30分。ここに来てから私の平日の起床時間は毎朝この時間と決まっている。なるべく音をたてないように部屋を出て、洗面所で顔を洗う。

冷たい水を浴びれば少しだけ目が冴えて。寝巻きのまま廊下を歩いて、1階の中央付近にある台所へと向かった。


「おはようございまーす。」


ギギっと気がこすれる音がして、ドアが開く。毎朝ここへの一番乗りは私。誰もいないのはわかっているのに、つい挨拶をしてしまう。冷蔵庫の中を確認すれば、 卵、ソーセージ、長ネギ、豆腐。よし、今朝は卵焼きとみそ汁にしよう。

1人でそんなことを思って、壁に掛かっているエプロンを身につけた。




「おはよー。」

「あ、おはようございます。」


6時頃、味噌汁用の長ネギを切っていた私に後ろから声がかかる。眠そうな声を出しながら台所に入ってきたのは、鈴香すずかさん。


「あー…昨日は飲みすぎた。」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。」

「牛乳飲みます?」

「もらう。」


そう言って私が手渡した牛乳をグビグビと男らしく飲み干す。胸ほどまである茶色の髪は寝起きのためボサボサで、眉間には深いしわが寄っている。しかしそれでも彼女の顔の綺麗さは圧倒的だ。輪郭が綺麗なんだよなあ、とぼーっと鈴香さんを見ていればふああ、と伸びと共に大きな欠伸をした。あまりにも豪快過ぎて思わず笑ってしまった。


「…なっちゃん。ご飯炊けたら起こして。」


そう絞り出すような声で言った鈴香さんは、椅子に座って机に突っ伏す。そしてすぐに寝息をたてはじめた。無理してこの時間に起きなくていいとは何度も言っているのだが、なっちゃんにだけ任せるわけにはいかない、といつもこの時間に下りてきてくれる。そして、ここで寝る。それでもそうやって言ってくれる事が嬉しかったりするし、彼女の綺麗な寝顔を見られるのも私の朝の楽しみの一つである(おい)。




「はよーす。」


6時20分をまわった頃。そろそろ鈴香さんを起こそうかと思ってる時間に起きてくるのが、拓海たくみさん。


「おはようございます。」


ふあー、と欠伸しながら台所に入ってきて、出来上がったばかりの卵焼きをつまみ食い。こら。


「おれ甘い方が好き」

「・・・拓海さんは今日のおかずいらないですねわかりました。」


私の言葉に、「それはないだろ!」と笑って、机に突っ伏す鈴香さんに目を向ける。


「なんだよ、またここで寝てんのかよ。」

「起こすのは任せました。」

「はあ~?」


普段ぶっきらぼうで口が悪い拓海さん。最初はすごく怖いイメージを持っていたのだが、話してみればとてもいい人で。


「おい!鈴香!起きろ!」


文句を言いつつも、鈴香さんを起こしてくれる。




「・・・おはよう。」

「おはようございます。」


6時30分過ぎに下りてくるのは、ここの管理人の雨野あまのさん。詳しい年齢はわからないが50代後半で、いつもしかめっ面をしている。最初は知らずのうちに怒らせてしまっているのかとドギマギしたものだが、そんなことはなくいつでもそういう顔であるらしい。

口数は少ないがいつも皆に気を配っていて、お父さんのような存在である。大方朝ごはんも作り終え、あとは並べるだけ。


「鈴香さん、あとお願いします。」

「はーい!」


拓海さんに起こされた鈴香さんが手を挙げて答えるのを確認して、自分の部屋へ急いで制服へと着替えた。



__私が住んでいる、ここ、葛木荘かつらぎそうには

私を含め5人の入居者がいる。28歳、近所の中学校に勤める拓海さんに、25歳、OLの鈴香さん。ここの管理人である、雨野さん。そしてもう一人。私と同じ高校2年生である、中澤要なかざわ かなめ。彼は朝にとんでもなく弱い。


「要ー、入るよ?」


自分の用意を終わらせ、向かいにある要の部屋のドアをノックする。・・・が、返事はない。

仕方なくドアを開けて中へ入れば、ベッドに丸まったままの要がいた。予想通りまだ熟睡中だ。


「起きて!遅刻するよ!」


そう声をかけて体を揺するが、目覚める気配はゼロ。・・・全く。要が起きなければ私も遅刻にしてしまう。それだけはなんとしても避けなければ。


「おーきーろー!」


先ほどよりも大きいボリュームで声をかけ、カーテンを開けて窓を全開にし無理やり布団をはがす。その状態のまましばらく放置すれば、布団がもぞもぞ動き出す。


「・・・さむい。」

「早く起きて。」


布団から顔だけ出して、ボサボサの髪の毛のまま私をジトッと睨む。知らんこっちゃない、早く起きろ。


「10分たっても来なかったら要の卵焼き食べちゃうからね。」


私がそう言うと不服そうに更に目を細め、それでものそのそと起き上がり始める。

その様子を確認してから再び台所へと向かった。

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