悪ガキとピアノ
その小学校では音楽室に幽霊が出るともっぱらの噂だった。しかし直接見た人はいなかったそうで、どうせ噂だろうと高をくくって吾妻さんは仲間と共に肝試しに行ったらしい。
「当時は警備会社なんてほとんどありませんでしたからね。公立の学校なんて言わずもがなの侵入のしやすさでしたよ。戸締まりもろくに確認しないので掃除担当に一カ所鍵を開けておいてくれと頼んでおいたんです。今ではいろいろな事件も起きたのでそう簡単に入れる学校もないでしょうがね」
とにかくそうやって夜、割と子供に関心のない家庭の子に「お前の家に泊りにいったことにさせてくれ」と頼んでアリバイを作り、悪ガキ五人で学校に侵入したそうだ。
噂なんて信じていなかったんですがね、当時は深夜にスマホを操作するなんて便利な暇つぶしはありませんから、こういったことが十分楽しい娯楽になったんですよ。残念ですが当時はカメラといえば高いものか使い捨てのものでした。デジカメや携帯電話にカメラが付いたのはずっと後です。なので証拠は何も残せなかったんですがね、とにかく私たちは武勇伝でも作る感覚で学校に入りました。
校舎と道をさえぎっている塀には有刺鉄線など無い時代だ。自由に侵入出来た、そもそも学校に入っても金目のものなんてロクに無いってことでしょうね。今では変態が入った事件もあるようですが、当時はそういう人間がいるなんて想定されていなかったんでしょう。
そうして吾妻山は仲間の四人と共に夜の学校に忍び込んだ。
「ただ単に暗いなとしか思いませんでしたよ。一応目立たないように懐中電灯はあまり使わないようにしましたね。いくら入れるといっても、肝試し目的では行ったら怒られるのは確実でしたから」
そして吾妻さん一行は怪奇現象の真相を確かめるべく、保健室やトイレ、図書室などから巡っていった。音楽室は最後のメインディッシュであり、ありきたりな噂が流れているところから順に確かめていったそうだ。
「少し驚いたのは保健室で懐中電灯をつけたら人体模型が置いてあったときくらいですかね。別に動いたなんてわけじゃないですよ、ただ真っ暗だったので人と間違えただけですね」
大した驚きもなく肝試しは進んでいったトイレではノックをしたがもちろん返ってきたりはしないし、図書室に至っては貴重な本もあるせいか、他とは違い施錠されていて入ることすらかなわなかった。
それで最後の音楽室に入ったんです。ここでは深夜にピアノが鳴ると噂だったのですが、結局そんなことは無かったですね。当然のことですがみんなで鍵盤を懐中電灯で照らしながら待ってみましたが何も置きませんでしたよ。
そうして肝試しは何も起きずに終わろうとしたところで、一緒に来ていたKくんが声を上げたそうだ。
Kは音楽室には定番の音楽家の肖像画が睨んできたと言いだしたんですね。誰の肖像画だったかは覚えていないのですが、それを一つ一つ照らして回ったんですが、もちろんピクリとも動いていませんでしたよ。
嘘をつくなよなどとKくんをからかいながら肝試しは終わろうとしていた。そこでピアノの音がしたのでピアノに視線が集まった。曲はピアノを弾くときにとりあえず披露する猫踏んじゃったでしたね。
ピアノの方を見るとNくんがそれを弾いていたんですね。みんなして驚かせるなよ! と怒るとNくんはぼうっとしていたのをハッとして『あれ? 何かあったか?』と言いだしたのでみんなでふざけんなよとNくんに文句を付けた。そこでNくんに『お前ピアノが弾けるからって時と場合を考えろよ』って言ったんですよ、そうしたらNくんは『は? 俺はピアノなんて弾けないぞ』と言うんですね。
みんなでNくんがピアノを弾いていたところを見たことがあるかと聞いたんですが、誰一人そんな所を見た人はいませんし、Nくん自身は楽譜すら読めないと言っていました。
なんだか不気味だなと思ってさっさと退散しましたよ、幽霊なんているのかなと思うと少し怖くなったんですね。しかしみんなで帰り道にNくんをからかいながら日の出頃まで適当な時間つぶしをしてそれぞれ帰りましたよ。
結局何も起きなかったなと思って朝になり眠気に耐えて登校したんですがね、Kくんの姿が無かったんです。アイツ寝過ごしたんじゃねえのと話ながら肝試しのメンバーでその子の家に行ったんです。そしたら彼は熱を出して寝込んだ後少し耳が聞こえづらくなっていたそうです。それで学校に行ってもろくに聞こえないからと休んだそうですね。
そして帰宅して機能のことと関係があるのかと思ったのですが、それよりかなり後になってベートーベンが難聴になった音楽家だと知ったんですよ。当時は肖像画のどれが動いたのかなんて分かりませんでしたが、もしかしたらベートーベンがピアノを弾きたくて私たちを利用したのかも知れませんね。
「もっとも、Kくんは翌日になるとすっかり元気になり登校してきましたし、Nくんがピアノを弾いたのを見たのはあれ一度きりなので、ベートーベンの肖像画が多少怖くてもそれほど悪い人じゃなかったのかなと思いましたよ」
そう言って吾妻さんは笑って済ませた。最後に『やはり幽霊とかが出た方がいいんですかね?』と訊かれたが、『いえ、面白い話ですね』と言ってお話しを終わらせた。
その話はそれで終わったのだが、今ではその小学校も警備が厳しくなり深夜に入ったりは出来ないし、今時の子供はスマホで話すこともチャットも出来るのにわざわざ危険なことはしないだろうということで、結局その後の真相を確かめる人はいなくなっているそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます