私以外の……

 珠希さんの実家の近くには目立たない神社がある。珠希さんはその神社に願掛けをしたのがきっかけで東京まで進学したそうだ。ただし別に願掛けをしたから志望校に受かったという話ではないらしい。その事に興味が湧いたので話を伺うことにした。


「それで、珠希さんはどうして東京に進学を決めたんですか?」


「はい、別に東京に出て有名になろうとか、立派な人間になろうとか、そういう崇高な目的があったわけではないんです。ただ神社へ参拝したのは家計が苦しいのが分かっているのに両親が大学へ進学しろと言ってくれたからなんです」


 おや、それでは東京に志望校があったわけではないのですか?


 ええ、私の志望は地元の国公立でした。そこならギリギリ無理のない学費ですし、地元なら下宿代もかかりませんからね。


 それでは、何故東京へ? こんなことを言うのもおかしい気もしますが、生活費は高いでしょう?


「はい、そうなんですけどね……当時は大学受験の志望校を決めるような時期で予備校にも通えなかった私はあまり成績が良くなかったんです。だから神頼みの願掛けなんてしようと思ったんでしょうね」


 ほう、ということは願掛けが成就しなかったということですか?


「なんと言いますか……成就するとかしないとかの問題ではなく、地元にいるのに耐えられなくなったんです」


 なんだか話がおかしな方向へ進んでいるような気がする。神社への願掛けで一体どんな恐怖があるというのか。荒魂だって一応は神様というのが神道だろう、ならば神社へ行ったならかなわないことはあっても悪くなることがあるのだろうか?


「何があったんですか? 願掛けをしたって地元にいることとは関係無いのでは?」


 すると珠希さんは急に顔を暗くしてその日のことを話してくれた。


「アレはそろそろ志望校を決めないといけないタイムリミットが近くなっていた日です。県立にするか国立にするかで迷っていました。しかしどちらにせよ学力は必要なので深夜まで勉強をしていたんです。もし私がうるさくて部屋に灯りを付けたまま勉強していたらあんなことは起きなかったんですがね、私は部屋から光が漏れたり、音がたつのを避けながら静かに勉強していたんです」


 はて、一体何が関係あるのだろうか? 普通に勉強熱心な話ではないか。言ってはなんだが珠希さんの地元の平均より東京の大学の方が難易度は高いはずだ。東京は勉強しなかったから逃げてくるような場所ではないだろう。お金をかけないならもっと他の方法だってあるはずだ。


 その日の深夜ですね、何か音がしたんです。無音なので神経質になっていたのか、小さな音でも気になってしまったんです。それに、その日の帰りに願掛けをした神社の方から音がしたんです。『コン、コン』と小さな音だったんですがね、気が立っていたのでそれを確かめに神社に向かったんです。


 おや、これはよくある『丑の刻参り』の話ではないだろうか? 失礼だがよく聞く話だし、あまり珍しさはないような気がするな。しかし聞きたいと頼んだのは私だし、最後まで聞いてみないと分からないか。


「ちなみにそれは丑の刻参りとは別の話ですか?」


 失敗だったかと思いつつ一縷の望みをかけて訊ねた。


「そうですね、一応は丑の刻参りの話です。ただ……それを見たわけではないんですよ。ほら、丑の刻参りって釘で打ち付けている最中に見られなければ問題ないみたいじゃないですか?」


 微妙に予想と外れた話になってきた。一体彼女は何を見たのだろうか?


「それでは一体何があったんですか?」


「まず私の地元の学校は理系と文系の二クラスだけで、しかも人数が少なかったんです」


「それは分かりますが、それと丑の刻参りの関係があるんでしょうか?」


「ええ、私も直接見るのは怖かったので音が止んでから神社へ確認に向かいました。アレを見なければ良かったと今でも後悔しているんです」


 そうして珠希さんが一体何を見たのか、それをゆっくり話してくれた。


 結論から言えば丑の刻参りに違いはありませんでした。神社に行くと私はご神木と呼ばれていた木の方へ行ってみました。小さな神社でも古かったですから、大きな木が生えているんです。きっと藁人形を打ち付けるならそこだろうと直感的に思いました。


 それで、ご自身の名前を付けられた人形を見たわけですか?


 私の問いに珠希さんは少し躊躇ってから話を続けてくれた。


 いえ、私の人形が打ち付けられていたくらいならそんなものは気にもしませんよ。私は実は呪いなんて信じていませんから、こんなことを怪談を調べているあなたに言ってしまうのもよくないでしょうが……


「いえ、それは構いませんよ。そういった人は普通にいることをきちんと分かっていますからね。でもそれでは一体何がそんなに恐ろしかったんですか?」


「そこに大量の人形が打ち付けられていたんです……」


 珠希さんは絞り出すようにそう言った。話が見えてこない、誰か知らない人の人形が突き立てられていたということだろうか?


 その大量の人形を見ていったんです、調べなければ良かったのに……名前に知ったものがあったので、ついつい調べてしまいました。その結果分かったのですが、それはクラスメイトの名前がはられた人形でした。


 それはまた沢山恨みを買った人がいたんですね。そしてそれがあなたの上京と関係があるんですか?


 そこで珠希さんは深呼吸してから話を続けた。


「私の人形があったらどんなに良かったでしょうね……」


 実際沢山のクラスメイトの人形が打ち付けられていました。狭い地域で割とみんな知り合いだったのでほとんどの人の名前は分かりました。私のクラスの人たちの人形がびっしり打ち付けられていました。でも……『私の』名前の人形だけがなかったんです。そこでふと気がついたんです、最近母が寝不足気味にしていたこと、日曜大工の道具箱が玄関に置いてあったことなどがピタリとハマっていったんです。私の名前だけがない人形たち……そしてそれをして誰が得をするのか、もちろん打ち付けたのは私ではありません。つまりあの人形たちは『誰か』を蹴落とすために打ち付けられていたのだと理解してしまいました。


「それで実家にいるのが怖くなって東京に出てきたんです。幸い奨学金もあったのでなんとか上京出来ました」


 私はあえて丑の刻参りをしていたのが誰かを具体的には聞かなかった。きっとそれを話すのは珠希さんにとっても辛いだろうから、そして最後に珠希さんは言った。


「もう地元に戻ろうとは思っていません。両親には年賀状を出すくらいですね。一応そのくらいはしていますが、あの人形たちを見た後だとどんな顔をして会えばいいか分かりませんよ」


 そう言って珠希さんは話を閉じた。結局、実体を持たない悪霊などよりそれをやった誰かの方がよほど怖かったそうだ。

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