見てはいけないアプリ
「見たら死ぬスマホアプリというものがあるらしいと聞いたんです」と営業をしている春木さんは教えてくれた。
しかし怪談は多くあるがついにスマホにまで進出してきたのかと言う感慨を覚えつつ話を聞いた。
「いやね、スマホですよスマホ? 普通そんなテクノロジーの塊みたいな製品にオカルトが関係あると思いますか? 僕はまったく信じてなかったんですよ。どうせくだらないオカルト雑誌あたりがネタに困って捏造したんじゃないかくらいに思ってたんですよ」
それには同感だ。読んだら死ぬ本や見たら死ぬ写真などはギリギリ『それっぽい』雰囲気があるが、スマホアプリと言われてもいかにも胡散臭い話にしか思えない。しかし春木さんはその実物を見たことがあると言う。
まだまだスマホが出始めの頃でしたね。当時はアプリも少なくて普通の携帯電話の方がマシと言われていた時代ですよ。会社支給の電話も普通のものでスマホになったのはずっと後のことですからね。
「そんな時代にあったアプリなんですか?」
「ええ、アレはどこでしたかね、ちょっと場所は伏せさせてください、営業ですのでお客様の情報に関わりますしね」
「ええ、それはもちろん構いません。本当にそんなアプリがあったんですか?」
そうです、当時はまだまだ黎明期だったのでスマホを持っているのは物好きでしたよ。私もそんな物好きの一人なんですけどね。使ってみると使えなくはないけど不便だなって言う時代でした。私も仕事は携帯電話の方を使っていましたよ、会社支給でしたしね。
ただですね、当時のスマホは出荷台数が少なかったのでロクにアプリが無かったんですよ。今じゃ探しきれないほど大量のアプリが検索すると出てきますがね、まあそういう時代の話です。
あれは地方へ営業に行かされたときの話ですね。当時はカーナビが当然ありましたし、スマホの画面も小さかったので普通はカーナビの地図を使っていましたね。その地域での営業には結構な手応えを感じていたのですがそのあたりにはビジネスホテルすら無かったんです。仕方ないので近場の宿泊施設を探したんですよ、スマホでね。
いくらスマホが黎明期でもWEB検索機能はケータイより良かったですからね。使い分けていたんですよ、それで山一つ越えたら市街地になるのでそこまで行って何処か泊まれるところを探そうとしたんです。調べ終わったので車に乗ったんですが、社用車のカーナビがかなりの旧式でしてね、新しくできた近道があると聞いたのですがそれがまったく見つからなかったんです。
仕方ないので旧道を行こうかと思ったのですが、そこでスマホに地図アプリを入れればいいのではと思いつきまして、当時はまだギガが減るなんて表現の無かった時代です。通信速度こそ遅いですが多少容量の大きいアプリでも無制限でダウンロード出来たんです。
純正の地図アプリの評判が悪かったので、サードパーティーの地図アプリを使おうと思ったのですが、信用出来そうなものが有料だったんです。これが経費で落ちるか怪しかったので、どこかに無料のものはないかと野良アプリを探したんです。当時のスマホは野良アプリでも簡単にインストール出来ましたよ、おおらかな時代でしたね。
そこでダウンロードした地図アプリを起動すると、最近作られた新しい道も表示されたんですよ。これで寝る時間が少し増やせるなと安心してスマホをダッシュボードに固定して車を走らせたんですよ。当時でもたしか手に持っていると違反点数が付いたはずですからね、免許の停止は死活問題なのでその辺は気をつかってましたよ。
そこから新しい道を進んで行ったんですが、カーナビではもう既に道の無い山の中を進んでいる状態になっていましたね。GPSがいくら優秀でも地図データの方はどうにもならないなと思いながら、スマホをあてにして山道を走っていたんです。
山の中の宿命と言うべきか、何故か急に霧が出てきたんですよ。しかも夕暮れなので太陽の光が思い切り運転手の目線に飛び込んでくる時間帯でしたね。都合良く山が太陽の光をさえぎってくれたりはしないので慎重に走っていました。
そっと地図アプリを見るとこの先が右にカーブしていることが分かったので慎重に右にハンドルを切ったんです。途端にドンという音がして車が止まったんです。慌ててエンジンを止めて降りると道は左に曲がっていて、車はガードレールに正面から突っ込んでいました。そのガードレールが新しいものだったのが幸いして重い車を何とか受け止めてくれたんですよ、ガードレールの先は切り立った崖で、落ちたらまず死んでいたでしょうね。
「なるほど、確かにスマホアプリのせいで死にかけたというわけですね? でもそれならただのいい加減な地図データが入っていただけではないのですか? 昔はいい加減な地図も多かったでしょう?」
「ええ、僕も始めはそう思ったんです。野良アプリなので文句を言う先も無く、仕方なく保険会社と警察その他諸々に連絡をして車はレッカーですね、廃車になって結構怒られましたよ、アレをやっても首にならなかったのは本当によかったですよ。ただ……ですね」
「何かおかしいことがあったんですか?」
色々と慌てていたのですが人取りの手続きが終わったのでさっきのいい加減な案内をするアプリを消してしまおうと思いスマホを見たんですよ。何故かそのアプリが綺麗さっぱり消えていたんです。アンインストールはしていませんでしたし、全アプリ一覧も見ましたが、そのアプリは間違いなく消えていました。手動で削除していないことは誓って言い切りますよ。
「なるほど、それで『見たら死ぬアプリ』ですか」
「怪談としてはどうなんだという話かも知れませんね、ただ単にいい加減なデータのは言った地図アプリを使用しただけかも知れません。ただですね、後で警察の方から聞いたのですが、その地域に霧が立ちこめるなんて事はこの時期に聞いたことも無かったそうです。だからあの霧もあの地図アプリが出したものではないかと疑っているんですがね。まあただの欠陥アプリをパニック状態で削除しただけという可能性の方がよほど合理的に説明出来るんですがね。とにかくそれが僕にとっての『見たら死ぬアプリ』ですね」
そう言って春木さんは笑った。人身事故でなかったことがせめてもの救いだったそうだ。ちなみに後日アプリを色々検索してみたが、そのアプリは見つからなかったし、正式な名前も記憶の中から消えてしまっていたそうだ。
これをパニックになって起きた不幸な事故と取るか、本当にそんなアプリがあったと取るかは意見の分かれるところだろう。
ただ、最後に春木さんは、『あれ以来公式ストア以外からアプリをダウンロードすることはやめました、今使っているスマホも野良アプリは入らないようにしています』と語っていた。
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