神棚と生首

 現在二十歳になる村上さんは子供の頃神様が見えていたという。


「いえ、神様と呼んでいいのか……アレがなんだったのかはハッキリと分からないんですけどね、私が見えていたものをそのまま話したら両親が『それは神様なんだよ』って言われたんですよ。その時は神様なんだって思ったんですがね……」


 子供の方がそういったものには敏感であると言うが、村上さんはそれ以外見たことがないので幽霊は信じていないらしい。彼女が見た神様というのは以下のようなものだったらしい。


 始めは家の中に何故か禿頭の男の人が居るなと思っただけだった。『父さんの知り合いだろう』と思い、きっとお仕事の付き合いでもあったのだろうと思い気にしなかった。そして玄関の見える縁側でマンガを読んでいたのだが、母が夕食が出来たと呼んできた。玄関からは誰も出て行っていない、と言うことはあのおじさんと一緒に夕食を食べるのかなと思いキッチンに向かった。


 間違いなく誰一人玄関を開けていない。だというのにテーブルの上に並ぶのは三人分の料理だった。父さんも母さんもしっかりと家に居る。あのおじさんの分はどこへいったのだろう? そう思って母親に『あのおじさんの分はどうしたの?』と訊いたのだが、『何言ってるの、これで全部よ』と言われてしまい、あの人は随分こっそり家から出ていくのが上手なんだなと思った。


 そして食事を終えてその日はなんだか変な人もいるんだな程度に考えて寝た。夢の中で今日見た男が出てきて「台所の器に水が足りん」と私にしつこく言ってきた。そんなことは母さんか父さんに言ってくれと言いたかったのだが、夢の中だというのにまったく体の自由がきかなかった。


 深夜に目が覚めるとじわりと汗をかいており、喉が渇いたのでキッチンに水を飲みに向かおうと部屋を出た。そこにはあの男の首だけが浮遊していた。明らかにおかしい状況なのだが、その首が「来い」といっているような感じがしたのでそのままついていった。


 そしてついたのはキッチンだった。どうせ一杯水を飲むつもりだったし、丁度良いかと思ったのだが、男の首がキッチンの端の方に飛んでいって消えた。そこをよく見ると神棚が作られていた。当時はそれが何なのかは分からなかったが、その棚にある陶器に水がすっかり消えているのは理解出来た。


 仕方ないのでちょうどキッチンにあったビール瓶の入っていたケースを持ってきて、それを足場代わりにその棚の中を覗いた。やはり器の水はすっかり蒸発しており、備えてあったご飯の器にはカチカチになったご飯が祀られていた。


「この事なんだ」と直感で理解した村上さんは、水を水道から足してなみなみと注ぎ、幸いご飯は明日の朝食べるためのものがまだ炊飯器の中にあったのでそれから少し拝借して、カピカピになっていたご飯を炊き立てではないが交換しておいた。


 そして水を飲んで部屋に戻ると途端に眠くなり、ストンと意識が落ちた。


 翌朝、アレが夢だったのかは分からなかったが、妙に現実的だった。しかし首が飛んでいくなどと話して信じてもらえないことはきちんと理解している。ただ、キッチンに入るなり母親に「あんたね……イタズラはするんじゃないわよ、躓いたらどうするの」と言われた。何の事かと思えばビール瓶のケースが歩くところを邪魔するように置いてあった。


 アレが現実であったことを理解しながらも母親に謝ってケースを部屋の隅に戻しておいた。結局あの男の首がなんだったのかは分からなかったが、「今度からはきちんと後片付けもしなきゃな」と思ったらしい。


「しかしそれが神様だと言い切れるんですか? いくら神棚に案内したとはいえ、生首だけというのはなんとも……」


 そう私が訊くと村上さんは「そうですね、アレが良いものか悪いものかはその時には分からなかったんです」と答えた。


「その後が肝心でして……」


 彼女は勉強が苦手だったものの、それから一週間は小テストで全て満点を取れた。これはあの神様のおかげなのではないかと思い感謝した。しかしそれも一週間だけのことで、翌週からは相変わらずの微妙な点数になった。


 そこで夜、皆が寝静まった頃にキッチンに行き、再びビールケースを足場に神棚を覗くと、やはり水は空になりご飯はすっかり干からびていた。そこできちんとお供えをし直すと、今度はきちんとビールケースを片付けて寝た。


 効果はてきめんで、その衆はやはりテストでかなりの点が取れた。やはり神様は拝んでおいてよかったと感謝しながら、しばらくは続けていこうと思った。


 そうして中学にあがった頃には勉強についていくのがやっとであり、神棚にいくらお供えをしても成績が上がらなかった。神様の御利益もここまでか……そう思い諦めて神棚を放置してしまった。その結果、初回の中間テストの成績は散々なものだった。


 やはり神様に頼っても無駄なんだなと諦めた。


 そして、それは冬休みの間にあった大掃除で衝撃的なできごとが明らかになった。


 大掃除で家中をひっくり返していたとき、ふと古くさいアルバムが出てきた。好奇心からそれを開けると白黒写真が残っていた。初めて見るモノクロの写真に歴史を感じながらページをめくっていくと、ある一人の男の人が写っている写真に釘付けになった。


 その男の人は首から上だけしか知らないが、間違いなくあの神様だと思っていた禿頭の男の人だった。


 思わずじっくりアルバムに見入っていると、「ご先祖様よ、興味があるなら後で教えてあげるから手伝いなさい」と言われ掃除を再開した。


 結果、その男の人は母方の先祖で、戦中に随分と家族を食わせていくのに尽力したのだそうだ。


 そこでようやく理解した。あの人は神様にお供えされていた水とご飯をもらっていたのだろう。神様の上前をはねるなんて随分と図太いご先祖様だとは思ったが、だからこそ家族を飢えさせることが無かったのだと妙に納得したのだった。


 その後、まだ小さかった村上さんを連れて行くのは気が引けたので家に置いて五十周忌の法事に最近行ったことも話してくれた。


 その事を聞いてから「ああ、心残りが無くなったのか」と妙に腑に落ちたそうだ。


 なお、それから彼女は必死に勉強して自分の実力だけでそれなりに名の知れた大学に入ることが出来たそうだ。彼女は最後に「ご先祖様に顔向け出来る自分でありたいですからね」と明るく言っていた。

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