住めば都の事故物件
千石さんは高校生だった頃、勉強をサボっていた末に地方の大学へと親によって送られた。その時のことを聞いた。
「東京から離れるのは残念でしたがね、やはり私が勉強しなかった結果ですよ。仕方ないと思って受け入れました。地方に住むのは構わなかったんですがね、親に『勉強しなかったんだから少しは苦労しろ』と言われて仕送りは最低限の生活が出来る程度しかもらえなかったんです。自業自得ではあるんですけどね」
そう言って彼女は微笑んだ。そして『それでもね』と言ってどんな目に遭ったのかを語り始めた。
「学費も家賃も払ってくれるとは言われたんですがね、学費はともかく家賃は最低限で、出来るだけ安いところを選ぶことになったんですよ。それで父と母が一緒に下宿先を探しに来てくれたんですよ。不動産屋を巡ってとにかく安いところを探そうって感じでしたね。私の兄が国立大学に通っているのできっとそちらにお金をかけたかったんでしょうね。寂しいし残念でしたが自分が勉強しなかったせいですからね、『仕方ないな』と思いましたよ。ですがね、とにかく家賃を基準に住処を決められたので家賃一万円という激安物件に入れられたんですよ。風呂トイレが個室にあったのはありがたいことですがね」
彼女が通った大学は地方ではあるがいくら何でも一万円という家賃は普通無い。風呂トイレ共用でもそこまで安くはないだろう。信じられない破格の値段だ。
そして千石さんはその家に住むことになったらしいのだが、ギリギリ生活は出来るし、電気代込みではないがエアコンもついていたのでなんとか耐えることが出来そうだったと思ったらしい。しかし初日から酷い目に遭ったそうだ。
「初日から金縛りに遭うとは思いませんでしたよ。まあ私も薄々事故物件だろうなと察してはいたのでそれほど驚きませんでしたがね。幸いその日は金縛りだけで済んだのでそのまま寝ちゃいましたよ。なにせ家賃が一万円ですからね、何も無いなんてことは無いと思いましたもん」
そして一週間くらい彼女は毎夜金縛りに遭いながらもせいぜい夜中に目が覚めて動けないまま眠っていた。その頃にはもう動けない状態になっても『またかぁ』くらいにしか思っていなかったらしい。そして金縛りにも慣れた頃、新しい問題が起きた。
「ユニットバスが付いていたんですがね、それまではシャワーで済ませていたんですが湯船にゆっくり浸かれば金縛りに遭わないかな、なんて思ったんですよ。金縛りなんて一応科学で説明の付くことですし、いきなり四畳半に押し込められたんだから疲れているのもあるのだろうと思いましてね、その日は湯船にお湯を張ろうと思い温水をカランから出して放置していたんです」
確かに金縛りを科学的に解決しようとしている人もいるが、それでも完全に無くすことは出来ていない。そう上手くいくのだろうか? その疑問をぶつけたら千石さんは笑った。
「いやーせめてお湯に浸かっても金縛りが起きたって話ならまだ諦めもついたんですがね、お湯を出していたはずなのにスマホのタイマーが鳴ったので見に行ったら何故か冷たい水が溜まっていたんですよ。もちろん光熱費は払っていますし、台所はショボいですけど給湯器からはきちんとお湯が出るんですよ。何故かお風呂のカランからは水が出ていたんですね。ダイヤルはきちんとお湯に合わせてあったんですがね」
そしていったん水を止め、温度を上げてからお湯を出したところ、きちんとお湯が出てきたらしい。だが、それに安心して水を替えようと思い冷たい水を排水してからお湯を出したところ、再び見に行ったときには水が出ていたそうだ。
流石に腹が立ってきた千石さんは、意地になってお湯が出るようにしてお湯が溜まっていく様子を見張ることにしたらしい。
「アレはやめた方がよかったですね。水が半分くらい入ったところで水道の口から黒いものが見えたんですよ。カビか水道管の錆でも詰まったかなと思って端の方が出ているそれを引っ張ってみたんです。髪の毛の束でした、流石にゾッとしてそれをゴミ箱に捨て、大学に通う四年間冬でもシャワーだけで済ませることにしましたね。シャワーには髪の毛が混じったりしないんですよ」
不便ではあったが、安さには還られない。激安物件なので仕方ないだろうと思い、そういった現象には諦めて付き合うことにした。
「しかしですね、私も意地になって一度部屋に盛り塩をしたことはあったんですよ。一応盛り塩のおかげで金縛りには遭いませんでした。良かったと思って盛り塩を見ると、赤黒く変色して溶けたようになっていました。気休めくらいにはなるかなと思って盛り塩を習慣にしようと思ったんですがね、キッチンに行くと朝ご飯を作ろうとして塩の容器を開けると全部が赤黒くなっているのが見えました。気分が悪いですし、盛り塩はともかく、食用の塩まで被害がおよんではかなわないので盛り塩作戦は諦めましたね」
そうして千石さんはそう言った怪現象に遭いながらも開き直って住み続けたらしい。
「帰省するときに試しに工業用の塩を袋のまま部屋の中に置いてみたことがあるんですよ、私のささやかな反抗でした。結局帰ってきた時には全部ダメになっていたんですがね」
なかなか強い霊でもいるのかと思うのだが、生活は出来るので四年間辛抱したらしい。
「残念だったのは彼氏が絶対に泊まれなかったことですかね。付き合っている人はいましたが、とてもじゃないですがあんなところに泊ってもらうわけにはいきませんからね」
その彼氏さんとは大学を卒業するときに別れたらしい。どうも相手の就職先が地元だったので、こんなアパートのあるところに骨を埋める気は無かったそうだ。
「そうして大学を卒業してこのいろんな意味で思い出深いアパートを出ることになりました。幸い東京に就職先がありましたしね。それで退去の日に四年間暮らした部屋を外から眺めると、首に真っ赤な痣をつけた女が私の方を寂しそうに見ているのに目が合いました。私を引き込みたかったのかも知れませんが、悔しかったんですかね?」
そして東京に戻ることになったわけだが、大した金額ではないので諦めていた敷金が全額戻ってきたらしい。千石さんの考えでは、事故物件だったところに私が住んだので告知義務が無くなったからではないかと睨んでいると言った。
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