緑溢れる神社
弦巻さんは心霊現象を見たことがないと主張している。そういったことが本当か嘘かはさておき、それっぽいことを経験するのはあり得ると思うのだが、彼女は『全然そんなこと無いですよ、少なくともそう思っています』と言った。
彼女を紹介したのは名前を出さないでくれと言っていたが、その方は『弦巻はすごい経験をしているんですよ、そういう話が聞きたいなら聞いてみる価値はありますよ』と言っていた。ハッタリでもいいから何か話をしてくれるのだと思っていたが、本人に強く否定されてしまった。
「そうですか、心霊とか気にしない方もいますもんね、お時間を取らせてしまい失礼しました」
そう言って席を立とうとしたところで弦巻さんは重い口を開いた。
「少なくとも私はそう思っています。真実がどうであれ、そう思わないとやってられませんから」
その言葉に含みを感じた私は何かあったのではないかと話を聞くことにした。
「では、心霊やオカルトが関係無くても構いませんからお話し頂けますか?」
「ええ、たまには吐き出したくなるような話ですから構いませんよ」
そう言って彼女は昔の話を始めた。
彼女は高校生だった頃、クラスの中でいじめられていたという。親にも話さず一人で抱え込んでいたのだが、やはり限界を迎えてしまい、登校すると言って家を出てそのまま適当に自転車を走らせサボることにした。いけないことなのだろうが、いじめを正面切って受け止められるほど強くはないので逃げてしまったそうだ。
「問題はですね、おかしな話なんですがどこに行ったかは覚えているんですが道順をまったく覚えていないんです」
そうして思うままに自転車をこいで、出来るだけ人のいない方に向かっていった。高校が義務教育ではないといえ、やはり制服でサボっているのを見つけられたくはなかったので、ひたすら人目から逃げ続けて自転車を走らせた。
「気がついたら蔦が巻き付いた小さな鳥居のある神社の前にいたんです。そんな所は今まで行ったことはないですし、そんな神社があるという話だって聞いたことが無いんですよ」
しかし弦巻さんは寂れた神社の中なら人目につくこともないだろうと思い、その鳥居をくぐった。
「中は緑に溢れた……要するに植物が生えっぱなしになっている神社があっただけですね。今でこそダニや蛇に気をつけろなんて言われてますけど、当時は山で遊ぶ小学生も珍しくなかったですから、目立たないように藪みたいになっている草をかき分けて本殿に向かったんです」
そうして神社で少しの間休ませてもらおうと思い、石段があったのでそこに腰掛けてぼんやりと過ごしていた。しかし、カランという音が聞こえ、その方向を見ると参拝用に鐘と賽銭箱を見つけ、自分が座っているのが、そこへの階段だと気がついた。
「今じゃ小銭なんて感謝どころか迷惑がられますがね、一応休憩のために場所を間借りしているのでお賽銭を一枚入れたんです。十円玉ですよ、言葉遊びでしょうが十円は『とうえん』で『縁が遠くなる』って聞いたことがあったんです。どうかいじめと無縁になりますようにと願いながら十円玉を放り込みました。よく考えてみるとあそこまで雑草がはびこっているのにどうして賽銭箱も鐘を鳴らす紐もしっかり残っていたのかは分かりません。ただ十円を入れて願い事をすると気が遠くなったんです」
その後、目が覚めたのは道路脇に置いてあるゴミの不法投棄防止のための鳥居のモデルの横にいたらしい。日が傾いていたのでもう学校も終わっているだろうと思いそのまま帰宅したそうだ。服は何故か草むらに寝ていたのにまったく汚れが無かったらしい。
「疲れているのかと思いましたが、とにかく眠りたかったのでさっさと体を洗って寝ました。さすがに連日サボるわけにもいかないので渋々自転車で高校に向かったんです。またか……と思いながら教室に入ると誰も私のことなんて見ていませんでした。いつも何か揶揄してくる子たちが見当たらなくて、他のみんなは我関せずといった風でしたね、何事も無くホームルームが始まったんですが、先生が妙に狼狽していたんです」
そこで弦巻さんをいじめていたグループが、夜遊び歩いていたら交通事故に巻き込まれて死んでしまったと知ったんです。一応追悼はした、清々したのは事実でも、やはり人が死ぬのは気分がいいものではないのだと思ったそうだ。
「それ以来いじめはなくなりましたね、結局クラスの有力なグループがいじめていたからまわりもそれに合わせていただけで、そいつらがいなくなってしまえば私をいじめる理由も無くなったんでしょう」
そうして無事高校を卒業し、普通に進学して人並みの生活を手に入れたんだそうだ。
「しかし……それがその神社の力だとしたら十分心霊の類いなんじゃないでしょうか?」
私がそう訊いたところ、弦巻さんは気落ちした顔で答えた。
「アレは偶然です、たまたま私が寝て夢を見ていた日にそういうことがあったと言うだけです。その神社はどこにも見つかりませんし、誰一人知っている人もいませんでしたからね。なにより……」
『アレが夢でないなら私が殺したことになりませんか?』
そう言って弦巻さんは席をたった。
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