おじいちゃんの手
石田さんは昔、幽霊に出会ったことがあると言う。その割には彼女は楽しげにその事を語りってくれた。
「昔は私もおじいちゃんっこでした。田舎に住んでいてもそれなりに楽しかったんです」
そして昔の話が始まった。
まだまだ景気が上向いていない頃、就職活動ではどこもかしこも採用を渋っていた。大銀行が潰れたのだから仕方ない話なんですけどね、やっぱり三桁も落とされると精神的に来るんですよね。
以前、世界的な不景気だった頃の話なんですよ、それでもコロナ禍ほどではありませんがやはり厳しかったんです。面接までいけばまだいい方で書類で落とされるなんて当たり前でしたからね。たぶん人事の人も真面目に読んでないと思います、仕方ないことだと思いますけど。
それでメンタルをやられまして、気の迷いだったんでしょうね、電車が最高速で通過する駅のプラットホームに立っていました。時刻表まで調べてその時は死んでしまうつもりだったんですね。駅の入場券だけだったか、隣の駅までの代金くらいは払いましたかね、よく覚えていないのですがそれだけ追い詰められてたって事なんでしょうね。
「その……大丈夫なんですか?」
私はついそう言ってしまった。初対面の相手とはいえそんなに重い話を出されるとは……幽霊が怖いならともかく、精神的に追い詰められた話では怖がるにしてもその方向に違いがあるだろう。
「ああ、もちろん大丈夫ですよ。結局そんな簡単に死ねやしないんでしょうね。少なくとも、今こうして休みの日にあの頃のお話しが出来るくらいですから」
そう言って石田さんはクスクス笑った。怖い話を聞いているのだがまだ幽霊のゆの時も出てこない。どうなったのかは知らないが、続きを促した。
ええ、そうですねえ。電車が来ている音が聞こえたんですよ、私は椅子から立ってふらっと線路の方へ向かおうとしたんです。あの時は『もうじき楽になる』と思っていました。多分その時にあんなことがなければ死んじゃっていたでしょうね。
「あんなこと?」
そうです、説明は出来ないんですけど死のうと思っていてもお洒落はしていたんですよね。別に死体になっちゃえばスウェットだろうがジャージだろうが関係無いはずなんですがね。そんな見栄を張ったから終活に失敗したのかも知れません。とにかく死のうと思っていたのに私はヒールを履いていたんですよ。
それで線路に向けて一歩踏み出したところでずでっと転んだんですよ。惨めで馬鹿馬鹿しくて泣きたくなりました。ヒールを履いていたせいで自殺にすら失敗したんです、その時はお笑いぐさだなと思いまして。でも転んだときに足を見たらヒール部分が折れていたんです。ああ、運命にも見放されたのかと思って折れたヒールを探すと椅子の下に真っ白な手だけが生えていて、それが私の靴のヒール部分を握りしめていたんです。ゾッとしたんですが、よくよく考えればああいうものと同じようになろうとしていたんですね。そう考えるとなんだか死ぬことさえも馬鹿馬鹿しくなったんです。でもね……
一つ息を吸って石田さんはその手のことを語る。
始めは不気味なものだと思いました。怖いなとも思ったのですが、その手がクルリと反転して駅のゴミ箱にヒールを放ったんです、その時に手の甲が見えたんですが、その親指の根元にほくろが見えたんです。その時にそれが昔かわいがってくれた祖父のものだと分かったんです。そんなに細かいことをどうして覚えているかは私も分からないんですけどね。
手の甲にほくろがあったのはアルバムで確かめたらしいが、確かに見えたのと同じところにあったそうだ。大学に進学して長らく帰郷していないのに何故そんな細かいところに気がついたのかは分からないと言う。
その……怖い話をしたいのですが、私はそこで記憶が途切れているんです。意識がふっと消えて気がついたら故郷の駅名がアナウンスされていました。私の実家までは電車の乗り換えがあるので無意識にいけるはずがない場所なんですけどね。
とにかくここまで来たのは仕方がないので実家に顔を出して帰ろうと思い、その足で帰ると父さんも母さんも驚いていましたよ。手の件は言いませんでしたがただ尋常ではないメンタルだったのを見て取ったのだと思います。そのまましばし滞在して気がついたら実家近くの会社に採用されていました。昔は田舎に骨を埋めるなんてあり得ないと思っていましたけど、住めば都と言うんでしょうか、結構慣れるものでした。
まったく怖いとは思っていないんですが、実家に帰ったときにおじいちゃんに線香はあげておこうと思って仏壇に向かいました。これは、その……気のせいなのかもしれないんですが、遺影のおじいちゃんの顔が少し笑顔になっていた気がしました。遺影をじっくり見たわけではないので気のせいかも知れません、でも私はそうだったらいいなって思ってますよ。
怖くない、それでも心霊には違いないので私は書いておこうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます