日本怪奇譚集

スカイレイク

令和5年十一月

キーホルダー

田井中さんは昔呪術にハマっていたそうだ。


「世の中呪う方法について書かれた本は沢山ありますがね、あんなものは大半が偽物なんですよ。ですがね、それでいいと思うんですよ。本物を見つけて酷い目に遭うくらいなら何の意味も無い偽物で良いんですよ」


田井中さんは暗い顔をしてそう語った。確かにそう言った本の大半は都市伝説であり、そういう意味では偽物だろう。


「私はね、あの本が偽物だったらどんなによかったかと未だに思うんですよ。『人を呪わば穴二つ』でしたっけ、あの言葉は本当ですね。アレを体験したら二度と人を呪おうなんて思いませんよ」


そう言って私の奢りで注文していたビールを一気にあおった。彼はかなり酔いが回っていたようだが、寡黙にはならず、酔うと口が回る人だった。


 田井中さんは当時大学生で、彼女がいたそうだがその彼女が友人の一人と二股していたことを知ってしまい、その事で彼女を酷く恨んだそうだ。そんな時、傷心旅行に行った地方で古物屋を見つけなんとなく入ったそうだ。その時何故店に入ろうと思ったのかは分からないが、当時はそれどころではなかったので気にしなかった。


 そうして入った古物屋では様々なものが売られていたのだが、主に売られていたのはおそらくどこか別の国で作られたのであろう民芸品だった。そういう店なんだなと納得したが、その店に入った途端に視線を感じたそうだ。


 冷やかしで入ったので店主の冷たい視線なのかと思い、レジの方を見たがそこには誰もおらず、会計の時に鳴らして店主を呼ぶベルがあるだけだった。


 この店は接客もしないのかと思いながら視線の元を探すと一つのキーホルダーがあった。髑髏のもした形をしており、新品であれば中学生が修学旅行で買いそうなものだった。そのチープさに逆に感心した田井中さんはそれを手に取りレジに行きベルを鳴らした。


 出てきた店主はおじいさんであり、結構な年寄りに見えたが、足腰はしっかりしているのかベルを鳴らすと迷いのない足取りで奥から出てきた。


「これを買いたいんですが」


 その言葉を出したときの店主はニコニコと言うよりはニヤニヤとしていて、あまりいい感じはしなかったが、当時の彼はこの爺さんの方が二股する彼女よりは人間としてマシかもな、と思ったそうだ。しかし今に鳴って思い出すと怖気が襲ってくるような笑みだったと言う。当時はトラブルの真っ只中でそんなことは気にする余裕がなかったのだろうと思ったそうだ。


「五百円」


 店主はそれだけを言った。愛想も何もあったものではないが、店の中の商品を見た限り、そういう店でこの店主なのは似合っているのでは無いかと思った。


「それで五百円を一枚出して支払うとニヤニヤした顔を崩さずに商品を買えたのですが、よく考えると消費税があるはずなのに五百円ぴったりになる事があるんですかね? 当時は一々そんなこと気にもしませんでしたが、今になって思うと値付けがいい加減だったくらいにしか説明が出来ないんですよ」


 そして田井中さんは旅行を終えて電車に乗り、大学のある県まで帰ろうとしたのだが、当時は金がとにかく無かったので青春18きっぷを利用して各駅停車で帰ったそうだ。当然新幹線や特急より時間がかかる。となると精神的に疲れていた上、旅行で体力も消耗していたので電車の中でついつい眠ってしまったそうだ。


「あの時見た夢は今でも何一つ忘れていません。ただ広い部屋に彼女の顔を模した人形が置いた遭ったんです。それが人形であるとは一目見て分かったのですが、不気味なほど精巧な人形でした。それを見ると何故か急激な憎しみが襲ってきたんです」


 そして夢の中なのに田井中さんは旅行に出たときのままの格好をしていた。


「その時突然背負っていたリュックが重くなったんです。国内で近場の旅行だったのでロクに荷物なんて無いはずなんですがね。夢の中だから重さなんてあてにならないのでしょうかね? とにかく重くなったリュックを下ろしたんです」


 その時ガチャリと音がしたそうだ。金属の擦れる音だったが、そんな重いものは持ってきていない。下ろした途端にジッパーが開いて中から武器が出てきた。


「アレは何と呼ぶんでしたかね? 説明しづらいのですが大きな肉切り包丁のようなものでしたね」


 それを見た途端、傷心はどこへやら、憎しみが再燃して『人形を切れ』と手にしたときに頭の中に声が響いたんですよ。私はそれに突き動かされるまま彼女にそっくりな人形にそれを突き立てたんですよ。そこで目が覚めました。


 長い夢だったような気がしたのだが、電車が止まっている駅を見ると二駅しか進んでいなかった。あんな夢を見たのはストレスのせいだろうと思ったのだが、隣に置いていたリュックから髑髏のキーホルダーがこぼれて出ていた。


 あれほど欲しくなっていた感情は突然変わり、それが不気味なものに思えて仕方がなくなりました。それと理由は分かりませんがそれを手に取ると、樹脂か木で出来ているのだろうと思っていたキーホルダーが金属で出来ているのかと思うくらい重く感じたそうだ。


「流石に良くないものなんじゃ無いかと思いましてね、そこで電車の窓をわずかに開けてそこから捨てたんです。まあ良いことではないですね。ただあの時はそれを捨てないとと言う義務感にかられたんですね」


 そうしてまだ当分電車に乗るのかと思いながら窓の外を見ていると、突然携帯電話が鳴った。それは二股をかけていた彼女が盲腸の手術をしたという話だった。命に関わるものではないが、手術の後は残るだろうと聞いた。


 田井中さんは盲腸の位置を知っていた。間違いなく夢の中で人形に刃物を刺した場所だった。偶然で片付けるにはあまりに不気味な一致にゾッとした。


「それだけのことなんですがね、私はあの時キーホルダーを捨てたのを後悔しているんですよ。アレは壊さなければならないものだったと思いますね。だっていくら捨てたとは言え、もしも誰かが拾ってしまったら、そう思うと今でも不安と後悔にさいなまれているんです」


 そう言って田井中さんは話を締めた。私は彼の話を聞いてから駐車場で別れた。その時代行運転を呼ぶために彼は形態をとりだしたのだが、その時に髑髏の形をしたストラップが見えた。私はそれを見てさっさとこの場を離れたので彼がその後どうなったかは杳として知れない。

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