なんでも相談してくださいね、ねっ?

紫鳥コウ

なんでも相談してくださいね、ねっ?

 大槻唱歌おおつきしょうかという、この世で一番かわいい後輩が頼ってくれたのだから、午前中だけ彼女の代打でアルバイトに出向いた。


 図書館の休憩スペースの隅に設えられた「学生相談コーナー」では、月曜日から金曜日まで、日替わりで大学院生が学部生の相談に乗ることになっている。


 レポートの書き方であったり、ゼミの決め方であったり、授業の取り方であったり、卒業論文をどこから手をつけたらいいかであったり……学業の面での相談を受けることが業務内容だ。


「大槻さんじゃないんすね」

 ――と、さっきから相談希望者にがっかりされる。

「大槻は急用で午前は休みです」

「あっ、じゃあ午後から来ようかな」


 レンズの入っていないオシャレ眼鏡をかけた金髪の(3年生だという)学部生は、「また来ますね」とこちらを見ずに言い、そそくさと去っていった。


(あいつ……唱歌になにか、ちょっかいをかけてるんじゃないだろうな)


 シャーペンを強く握りしめて怒りを逃そうとする。ポキッとなにかが壊れる音がした。電灯に透かしてみると、側面のプラスチックにヒビが入っていた。


 あいつのあとも3人オトコがやってきたが、「大槻さんじゃないんですね」というがっかりした気持ちが伝わってきたし、なにかと理由をつけて去っていった。


(このままだと、だれかに先を越されてしまうかもな……)


 昼休憩の時間になり、「学生相談コーナー」の後ろにある小さな個室で休んでいると、コンコンとドアがノックされた。顔を出したのは、唱歌だった。


 肩で二つに分かれている黒のストレートヘア。パッチリとした目が細まると、笑みが満面に広がっていく。


 白色の襟つきのゆるめのシャツに、スニーカーの近くまで垂れたハイウエストの紺色のスカート、というスタイリッシュなシルエット。スカートは膝辺りから透け感のある素材にかわり、うっすらと足の形がうかがわれる。


「だれか相談にきましたか?」

 机の上に濃い青色のリュックを置き、椅子を引いてぼくの目の前に座る唱歌。


「きたけど、すぐに帰ったよ」

「帰ったんですか?」

「大槻じゃないから……だってさ」


 その答えに満更でもなさそうなのが、ちょっとむかつく。こっちは、嫉妬でイライラしているというのに。


「金曜日には女の子が来たりしないんですか? 先輩目当ての女子たちが、われ先にと迫ってきたり、廊下にまで列を作ったり……」

「前にも言ったけど、すごく暇してるよ。木曜の前野も、あまりすることがないって言ってた。そもそも、大学院生じゃなくても、相談できるひとっていっぱいいるからな。大槻だけだよ、学部生にモテモテなのは。なんか寂しいというか……いや、なんでもない」


 唱歌は机に肘を立てて手の甲に掌を重ねて軽くあごをおき、足を交互にふんわりと蹴り出しながら、ぼくが話すのを楽しげに聞いている。すねが痛いから、やめてくれ。


「それが先輩の『相談内容』ですか?」

「相談内容?」


 唱歌はぼくの目を見つめながら、こんなことを言いはじめた。


「それではお答えいたしましょう。これから先輩は修士論文の執筆で忙しくなるでしょうし、そちらに集中しましょう。来年の1月に修論を提出したら、すぐに『大槻さん』のスマホに連絡をください。そうしたら、彼女と付き合えるかもしれません」


 なにを言っているんだ、こいつは。ぼくの顔が熱くなっているのはもちろんだけど、唱歌も赤面している。


「えっと……いまじゃダメなんだよね?」

 ――相談を続けてみる。


「ダメです。修論を書くのは時間と根気が必要なので、いちゃいちゃする暇はないと思います。膝枕をしてあげたら熟睡しちゃうでしょうし、手を繋いでいたらパソコンは使えないですし、ハグしてあげたら……って、なにを言わせるんですか!」

「なにも言ってないけど!」


 どこか空回りをしているような。そういえば、ふたりきりでこうして話すのって、初めてのような気がする。いつもだれかがあいだにいるか、周りにはひとがいた。


「とにかく! わたしからのアドバイスはそんな感じです」


 どんな感じ?――という疑問はわくけれど、この会話がなにを意味しているのかということは、きっと分かりあえている。


「もし、わたしのことで分からないこと、困ったことがあったら、なんでも相談してくださいね?」

「分からないこと?」

「なんで怒ってるかとか、いまなんて言ってほしいのかとか、そういう感じです――って、ああもう! なにを口走ってるのか分からなくなってきました! 先輩のせいです!」


 なんでぼく!――でも、こういうところが、かわいいし、なんだか安心する。


「なに、笑ってるんですか? バカにしてるんですか?」

 怒っているところも、かわいい。


「じゃあもうひとつ相談していいかな?」

「……なんですか?」

「好きって気持ちは、言っていいのかな? それとも来年まで持ち越し?」


 煙がでそうなほどに真っ赤になっている唱歌。

 わざとらしく咳払いをして、ひとつ深呼吸。そして――


「もちろんです……ですけど、ふたりきりのときだけです……し、わたしにだけ言っていい言葉です。これは基本中の基本です。じゃないと、待ってあげませんから」


 反応がおもしろいから、まだまだ相談してみたい気もするけれど、今日はここまでにしておこう。


 さっそく、アドバイス通りにしてみようか。

「好きだよ、唱歌」

 この世で一番かわいい後輩に、相談に乗ってもらってよかったと、心の底から思う。

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