第40話 人間界へ帰れるかもしれないらしい

「そう、なんだ。帰れるのね私……」

「まだ確定じゃないけどね。あくまで可能性の話」


 ライトは、べつに私を傍に置いておきたいわけじゃない。

 間違って召喚してしまったから、責任を感じてここに置いてくれているだけ。

 それに本来、私はこの世界にいていい存在じゃない。

 私みたいな弱い人間がいたら、ライトの弱点になってしまう可能性もあるし。

 神様に力を借りて帰れるのならそうした方がいいに決まってる。

 ――分かってるのに。


「――そっか。いつまでもライトのお世話になるわけにもいかないもんね」

「それは――っ! ……いや、そうだね。とにかく、近々一度ヒマリも天界に来てもらえると助かる」

「……分かったわ。キールにも伝えていい?」

「帰れるかもしれないってことはいいけど、聖女の件は多分極秘事項だから、そこは一応キールには黙っておいて」


 せっかく仲良くなれたのにな。

 それに、帰れるかもって考えても全然喜べない自分がいる。

 そういえば、家賃とか水道光熱費とか引き落とし足りてるかな。

 きっと滞納のお知らせが来てるわね。

 会社もずっと無断欠勤になってるし、今さら戻ってもクビに決まってる。

 突然のことで何も連絡できてないから警察沙汰になってるかも。


 考えれば考えるほど気が重い。

 こういうの慣れてるつもりでいたけど、なかなか慣れないもんね。

 ライトに守られなきゃ生きていけないくせに。そんなこと思う資格ないのに。

 そんなことを考えながら自室へ戻ると、そこにキールがいた。


「――え? ヒマリ、人間界に戻んの!? 帰れないって言ってなかった!?」

「それが、神様にお願いすれば帰れるかもしれないんだって。まだ確定ではないんだけど、今度話をしにいくことになったわ」

「そう、なんだ。そっか……」


 キールは露骨に落ち込んだ様子でそれだけ言って、黙り込んでしまった。

 少しは寂しいって思ってくれてるのかな。

 それとも、【癒しの料理】の恩恵を受けられなくなるから?

 というかこの子、きっと私がいなくなったらまたひどい目に遭うわよね。

 でも、この世界の常識に私が口を挟んでいいのか分からない。

 もうすぐここからいなくなるかもしれないのに、部外者なのに、私の感覚で意見を押しつけるのは無責任だとも感じる。


「――なあ、ヒマリは本当に帰りたいのか?」

「――え?」

「せっかく仲良くなれたのに、帰るなんて言うなよ……」


 そう言ったキールの声色や表情から、帰ってほしくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。

 この子、本当によくも悪くもまっすぐで正直よね。ちょっと羨ましいな。

 そんなこと言われても困っちゃうけど、でもやっぱり気持ちは嬉しい。


「ありがとう。でも、いつまでもライトに養ってもらうわけにはいかないわよ。私、あの子が守ってくれなきゃ何もできないし、ここで生きていけないもの」

「そんなのオレだって同じだよ。ライトの――魔神のサヴァントって肩書がなかったら、とっくに殺されてる」


 ――でも、サヴァントはこの世界における正式なポジションでしょ?

 キールはちゃんとそこに属していて、その上でここにいる。

 でも私は違う。

 扱いや立ち位置を知った今、怖くて「私をサヴァントにしてください」なんて言う勇気はない。

 なのにここにいたいなんて、そんなの我儘すぎるわ。


「ごめんね。キールもライトも大好きだけど、やっぱり元の世界に帰れるなら帰るべきだと思うわ。私は人間だもの」

「……そっか。分かった。こっちこそごめん」

「ううん。キールがそうやって引き留めてくれたの、すごく嬉しかった。これまで、私にはそういう人いなかったから……」

「……そっか。あーあ、オレに力があれば、オレが養うからここにいてって言えるのにな。本当、自分が無力で嫌になる」


 キールはそれだけ言って、部屋を出ていった。

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