第七章 何か……何かが……?

第32話 ライトの不在と、キルスとの初対面

 その日、ライトは帰ってこなかった。

 これから忙しくなるって言ってたし、きっと仕事に追われているのだろう。

 そう思ってキールに伝えると、「うん……」とどこか不安そうに視線を逸らした。

 その様子に、昨日聞いた「戦ってる」という言葉が頭をよぎる。


 聞きたいけど、きっと聞いても何もできない。

 それに、聞いたら絶対口出ししたくなるに決まってる。

 この世界で必死に生きてる魔族たちの戦いに、ぽっと出の私が口を挟むべきじゃないよね……。


「……ライトのこと、信じてるんでしょ?」

「それは――っ! ……うん」

「それなら応援しながら待ちましょう! ねっ?」

「……うん」


 ◇◇◇


 場所は変わって、天界。

 その一角にある「天境」と呼ばれているエリアは、初代神である聖神セシア、それから彼女の許可を得たごく一部の者しか入ることを許されていない。

 この日ライトは、セシアに呼ばれてそこへ向かっていた。

 そして、キールを魔神一族から守り匿っている魔神補佐役のキルス、ライトの元ロードにあたる悪魔フィリスも。


「――じゃあ、これからキルスの体内システムをライトへコピーするわよ。これが終われば、あなたは私と同等かそれ以上に、あのリトンに近い存在となる」

「――はい」


 セシアにそう言われて、ライトは気持ちを引き締めた。


 ついにこの日がやってきたのか。

 あとは死ぬ気で耐えるだけだな。

 ここで力を取り込めないようなら、一族を滅ぼしてこの魔族世界を終わらせるなんて到底できないしね。


 ――ヒマリにもしばらく帰れないって伝えるべきだったかな。

 好きにしていいって言ったのに、あいつなぜかやたらオレに構ってくるし。

 そんなことしなくても途中で見捨てたりしないのに……。

 本当は、オレと暮らしていかなきゃいけない状況をどう思ってるんだろう?

 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない、か。


 リトンは、魔神一族の中でも異次元の力を誇る初代魔神。

 つまり今ある魔族社会の礎を造り、魔族のすべてを支配している男だ。

 ライトはまだ会っていないが、ダークいわく、「とにかく存在が異次元の、圧倒的な力を持つバケモノ」らしい。

 そしてかつてとある事情でその力の一部を取り込んでしまったキルスは、リトンと似た性質を持つセシアを除けば、今は彼と一番近い性質を持っている。


 セシアはキルスのその性質を見抜き、何億年以上もの途方もない年月、その力をコピーできる更なる「適性者」が現れるのを待ち望んでいた。

 そしてようやく現れたのが、魔神としての肉体と力を持ちながら、真っ直ぐに「この世界を変えたい」と強く望むライトだ。


「コピー中は万が一に備えて、私の力でライトの核を保護します。二人とも、心の準備はいいかしら?」

「俺はいつでも」

「……オレも大丈夫です」

「ライト、必ず成功させなさいよ。じゃなきゃ許さないから」

「――分かってます。何が何でも耐えてみせますよ。――それじゃあキルス、セシア様、お願いします」


 ライトはフィリスにそう誓い、覚悟を決める。

 それと同時に、セシアとキルスがそれぞれ魔法を展開し始めた――。


 ◇◇◇


 ライトが帰ってこなくなって、六日が経った。

 食材は豊富にあるし困ってはないけれど、それでもやっぱり不安になってしまう。

 キルスも帰っていないらしく、今はキールも客室の一室に泊まっている。


 信じて待つって決めたけど、あまりにも状況が不明すぎてキツイわね、これ……。


「ねえキール、ライトはいったい何と戦ってるの? 結果って何? 可能な範囲でいいから教えてくれない?」

「――え。いや、それは」


 少しでも情報がほしくてキールにそう聞いたそのとき。

 突然、玄関にただならぬ力が噴出するのを感じた。

 えっ!? な、何!?


「――キルスだ!」

「へっ!?」


 キールとともに玄関へ向かうと、そこにはやたらと身長が高く目つきの鋭い、黒髪の長髪を後ろに束ねた男が立っていた。

 背ぇ高っ!? え、二メートルくらいはあるんじゃない!?


「おかえりキルス」

「ただいま。――うん? 誰だおまえ?」

「え……っと……」


 私の存在に気づいたキルスが、視線をキールからこちらへと移す。

 こ、怖い……。

 なぜ感じるのか分からない圧倒的な力と威圧感、鋭い目つきと冷たい声に、へたり込んでしまいそうになった。

 キール、こんなのと住んでるの!? 本当に大丈夫!?

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