第20話 人間界から持ってきて増やした魚!?
「いらっしゃいませ魔神様。お待ちしておりました。ご案内いたします」
ライトが向かった先は、町の外れにある、小さな洋館のような美しい店だった。
店に着くと、待機していた店員さんたちに迎えられて個室へと案内される。
特に貸し切りというわけではないらしいが、店内はとても静かで、話し声も全然聞こえてこない。
「すごく静かなお店ね……」
「ここは話し合いに使われることも多いから、壁に特殊な防音素材が使われてるんだよ。念には念をってことで、自分で結界を重ねるパターンも多いしね」
いったいどんな話し合い!?
住んでいるのが魔族なだけに、何となく恐ろしいことを想像してしまう。
「あ、危ないところじゃないよね……?」
「危なくはないよ。会員の招待がなければ入れないし、管理も徹底してるからむしろ安全度は高い方かな。それより、何か食べたいものはある?」
なんか本当、ライトの外の顔を見れば見るほど遠く感じてしまう。
なんなのこの子。こんな子いる?
「ええと……料理はライトのおすすめに従うわ」
「そう? じゃあ適当に持ってきてもらうよ。キールもそれでいい?」
「うん、オレは何でも」
ライトが店員とやりとりをしてしばらくすると、次々と豪華な料理が運ばれてきた。
そういえば私、魔塔界のマナーなんて全然知らないんですけど!?
なのに初っ端からこんな高そうなお店なんて……。
「気にせず好きに食べていいよ。どうせオレたちしかいないし、キールもそういうのは苦手だしね」
「あ、ありがとう。いただきます」
「いただきます」
「……い、いただきます?」
ふふ、そのうちキールにも「いただきます」の文化が浸透したらいいな。
今度教えてみようっと♪
料理はどれも新鮮な食材がふんだんに使われていて、和風に近いものもあれば洋風、中華などに近いものもあり、とても幅広かった。
「お刺身だあ♪ 私、好きなのよね!」
「喜んでくれてよかった。実はそれ、人間界から持ってきて増やした魚なんだ」
「えっ!?」
「以前、仕事で人間界の日本って国に行ったことがあるんだけど、食べ物がおいしくてね。持ち帰って増やして、商品化したんだ」
まさかの! というかこの子いったいどこまで優秀なの!?
それに、日本に行ったことあるんだ……。
「ライトは日本にも行けるの……?」
「まあ、うん。行こうと思えばね。でも今は気軽に行き来するには強くなりすぎちゃったから、世界のバランスを崩す可能性があるし容易には行けないけど」
ライトによると、魔神であるライトの魔力は周囲に強い影響を与えるらしく。
元々魔力の極めて薄い人間界へ行けば、今ある環境が破壊されて生態系に甚大な被害を及ぼす可能性もあるらしい。
「――もしかしてライト、私にこれを食べさせるために連れてきてくれたの?」
「えっ? いや……べつにそういうわけじゃ……」
恥ずかしそうに視線を逸らすライトを見て、私は思わず笑ってしまった。
本当、不器用な子たち!
「ふふ、おいしい。身が締まってて、程よい弾力があってすごくおいしい!」
「おいしいよね。オレも好きなんだ、これ。ここだけの話、醤油も日本にあったものをこっちの材料で再現したものだよ」
「おまえ、忙しいのにいつの間にそんなことしてたんだよ」
「本当、上質な醤油の味がする。香りも華やか!」
タレは醤油のほか、柑橘果汁に塩コショウとピリッとする香辛料を合わせたものも用意されていた。
白身魚系はこういう味も合うわよね。
お刺身のほか、ローストビーフのようなお肉も程よくレアに仕上げてあって、柔らかくジューシーで噛むほどに肉汁が溢れてくる。
「おいしいね、キール。さすが魔神様が選ぶお店!」
「う、うん。あとで何かあるんじゃないかって怖すぎるけどな……」
「べつに何もしないよ。それに最近はキルスと暮らしてるんだし、キールもおいしいものも食べてるだろ?」
「まあそうだけど。でもライトとこういう形で外食なんて初めてだし、何より向かい合ってると呼び出されたみたいで落ち着かない……」
キールはおいしそうに食べながらも、どこか複雑そうにソワソワしている。
でもそっか、キールにもちゃんとした生活を提供してくれる相手がいるのね。
ライトの家で食べ物を漁ってたから、もしかしたら貧しくて食べ物が買えないのかも、とかいろいろ考えちゃったわ。
――あれ? でも空腹に耐えきれずって言ってたよね?
いったいどんな相手と暮らしてるんだろう……?
「……キルスって、どんな魔族なの?」
「あー、キルスは元魔神で、今は魔神の補佐役をしてる男だよ。気づいたらキールと知り合って仲良くなってたから、しばらく預けることにしたんだ。ずっとオレと一緒に暮らさせるのは可哀相かなと思って」
「ひどいことしてる自覚はあるのね……」
「まあ、別にオレ加虐の趣味はないからね」
ライトの言葉は、恐らく本心なのだろう。
心底疲れた様子でため息をつき、ジトッとした目をキールへ向けた。
うーん。やっぱりキール、相当な問題児の予感しかしない!!!
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