第3話 キッチンを借りて軽食づくり

「――んん。あれ、私」


 ――そうだった。なんかよく分からない世界に飛ばされたんだっけ?

 夢だったらいいなって少し期待もしてたけど、やっぱりこれは現実ってことなのよね、きっと。


 ぐううううううう。


「……そういえば何も食べてなかったわ」


 さっきあの子――ライトが、キッチンは同じフロア内にもあるから好きに使っていいって言ってたよね。

 留守中に勝手に使うのは申し訳ないけど、でも何か簡単なものでも……。


 そう考えて部屋を出て、キッチンを探そうとしたところで――なんとドアの一つが光り始めた。


「な、何あれ? あそこがキッチンってこと?」


 部屋の前まで行くと、ドアが勝手に動き、静かに開いた。

 キッチンには広いシンクと三つのコンロ、さまざまな調理器具、大きな冷蔵庫と冷凍庫が一つずつ、そのほかにも驚くほど豊富な食材や調味料、調理家電のような何かや調理器具が揃っている。

 こんなファンタジーな世界なのに、家電があるんだ!?

 でもコンセントがないから、電気じゃなくて何か別の力で動いてるのかも。


「すごい……。とりあえずパンか何かをもらえればそれでいいって思ってたのに、こんなキッチン見せられたら作りたくなっちゃう……」


 変な食材しかなかったらどうしようかと思ったけど、七割くらいは私が普段食べているものと変わらなかった。

 ライトって、普段食事はどうしてるんだろう?

 もしかしてここで自炊してる?

 だとしたらけっこうな料理好きよね? ちょっと親近感!


『――起きたんだね。ヒマリは料理できる人? 作れるなら勝手に好きなもの作っていいよ。でもキッチン壊すのはやめてね。さっき直したばかりだから』

「!? えっ、ど、どこにいるの!?」

『ああ、魔法で話してるからそこにはいないよ。オレもあと三十分か一時間くらいしたら帰るから。じゃあまたあとで』


 ――び、びっくりした。

 そうか、そうよね。魔神だもんね。

 魔法で会話くらい、できたっておかしくないよね。

 それにしても、魔族だとか魔神だとか言うからもっと恐ろしい世界を想像してたけど、あの子案外優しいのね。

 視線はたまに鋭くて怖いけど。

 でもキッチンまで誘導してくれて、こうして声までかけてくれるなんて。

 これならまあ、なんとかやっていけるかもしれないな。


「あ、そうだ! ――よし、やっぱりこういうときはあれよね!」


 私は調理台に置いてあった六枚切りくらいの食パンを一枚拝借し、四等分して、さっき冷蔵庫で見かけた卵とミルク、棚にあった砂糖を混ぜた卵液に浸した。

 どうせ帰れないなら、ここで生きる現実的な形を模索しないとね。

 ――でもなんか、私の人生こんなのばっかりだな。


 私は、幼い頃に両親を亡くしている。

 その後いったんは母方の祖母に引き取られ、そこでは大切に育ててもらった。

 しかし高校生になったころ、祖母が病気で死亡。

 その後は高校卒業までという条件で親戚の家を間借りさせてもらい、大学生になるタイミングで一人暮らしを始めた。

 当然、お金は奨学金とバイト代頼り。


「魔塔界での記念すべき第一食目は~? フレンチトースト!」


 私は余計な思考を振り払うようにそう声に出し、フォークでパンを突き刺したり裏返したりして卵液を染みこませていく。

 時短のため、卵液は少しゆるめにした。


 ちなみにフレンチトーストは、祖母がよく作ってくれた料理の一つ。

 派手さはないシンプルなものだったけれど、たまに果物やアイスクリームもセットになっていて、私の大好物だった。

 今でも、嬉しいことがあったときや頑張りたいとき、気持ちを切り替えたいときに自分で作って食べる。


 ――せっかくだし、果物ももらっちゃおうかな。

 突然知らない世界に飛ばされたんだし、これくらいしても罰は当たらないよね?

 りんごも惹かれるけど、今回はこっち。バナナ。

 念のため、端っこをちょっとだけ切って食べてみる。

 見た目がバナナなだけの全然違う果物だったらショックだもんね!


「うん、バナナで間違いないわね。しかも濃厚でねっとりしてて、すっごくおいしい! でも魔神もパンとかバナナとか、そういう普通のもの食べるんだ……」


 フライパンにバターを溶かして、卵液に浸したパン、それからスライスしたバナナを焼いていく。

 卵液とバナナの甘い香り、バターの芳醇な香りが一気に部屋を支配した。


「ああー、この香り! これにして正解だったわ!」

「――すごくいい香りがするね。それってフレンチトースト?」

「そうそ――って、わあ!? ちょっと、いきなり現れないでよ!」

「ええ。いや、ここオレの家だし」


 それはそうだけど! でも!

 こっちは魔法に慣れてないのよ!


「まったくもう。――そうだ、ライトも食べる?」

「……え? いいの?」

「もちろん。元々ライトの食材だしね。半分こしよ」

「……毒を仕込んだりはしてないよね?」

「いやいや本気で言ってるの? 怒るわよ。そんなことするわけないでしょ……」

「あはは。じゃあもらおうかな。……あ、ちょっと待って」


 私がお皿に盛りつけ始めると、ライトは慌てて食品棚をごそごそし始めた。


「――あった。これとミルクを溶かし合わせて……。これ、かけてもいいかな」

「えっ? も、もちろん!」


 フレンチトーストと焼いたバナナの上に、とろりとチョコソースがかけられる。

 湯煎もせずにこんな滑らかなチョコソースができるなんて、魔法ってすごい。

 いったいどうやったの!?

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