第11話 「 語らい 」
自殺を考えたことは二度ほどある。一つは高速のトンネルの中。もう一つは駅のホームでだった。
両親(修理工場を経営。夫婦で出張修理に行く途中がけ崩れに遭った)亡きあと、祖母と5つ上の兄と三人暮らし。周りの者たちは俺たちを哀れんだ。俺たちはそれがたまらなく嫌だった。
兄は厳しかった。兄は中卒で就職、二十歳で結婚した。兄嫁に俺は懐けなかった。彼女は寝たきり気味になっていた祖母に邪険だった。
俺は寮制の高校に進学した。不思議と兄は喜んだ。その後就職した俺は初給料を手に久々に帰郷した。金を兄に渡そうとすると最初兄は断った。姉が代わりに手を出そうとすると「お前は黙ってろ」と珍しく声を荒げた。そして俺の給料の入った袋を黙って仏前に置いた。
それから仕事が忙しくなった俺は再び実家には足が遠のいた。兄夫婦にも子どもができ、遠慮もあった。二度の自殺を考えたのはこの頃だった。職場の上司からの執拗な嫌がらせ、失恋、裏切り。思い立って久々に家に戻った俺に兄は「どうした?珍しいじゃないか」とだけ声を掛けた。その声は子どもを持つ親の声であり、昔のような厳しさとは違っていた。「いや、別に。たまにはいいだろ。自分の家なんだから」「ああ、もちろんだ」
兄弟の語らいは僅かで、深い。
超短編シリーズ③ 「父への投稿」 桂英太郎 @0348
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