第10話 「 高性能ロボット 」
会社員エヌは話を聴いてもらいたがっている。特定の誰かに、というわけではなく、言ってしまえば単に仕事やプライベート上の愚痴なのだが、如何せんこの現代社会には彼の思いにゆっくり耳を傾ける物好きは少ない。「世間のヤツは俺のことを“できそこない”とか“不良品”とかすぐ決めつけるんだ。同僚に相談しても逆に説教される始末だし・・・。俺ってそんなに“使えない”人間か?」
そんな彼が“ピアコ”のことを知ったのは先月のこと。独り身の彼が休日、予定もなく部屋で洗濯しているとテレビからコマーシャルが流れてきた。「新発売!コミュニケーション傾聴ロボ、“ピアボ”!!」テレビは孤独な余生を送る老人が良き話し相手、“ピアボ”を購入したことによって如何にその生活に変化と彩りが生まれたかをこれでもかと喧伝していた。エヌは「暇つぶしに家電屋でも行ってみるか」と洗濯機の自動洗浄ボタンを押した。
それから早やひと月。いまや彼は“ピアコ”にゾッコンだ。“ピアコ”というのは彼が商品名に飽き足らずつけたロボットの名前だ。店先でピアコを見つけたときは正直買う気にはなれなかった。もともと老人介護用だし、周りにも自分がさも寂しい人間であることを認めているようで気が引けた。それにロボットの造型が余りにもキャラクター染みている。というより少女キャラそのものだった。「これじゃあ、新手のロリコン趣味って思われるぞ」
エヌが店頭を気にしながらも通り過ぎようとすると、どこからともなく柔和な声が聞こえてきた。見るとどうやらロボットが喋ったらしい。人懐っこいながらも意外と真っ直ぐな目が彼を捉えていた。彼が改めて売り場の前に立つとロボットは穏やかに先程の言葉を繰り返した。「こんにちは。貴方とはどこかでお会いした気がしますね」そう言われてエヌも満更嫌な気持ちはしなかった。「全く、最近のロボット性能は人間顔負けだな」エヌはそう言いながらもロボットに微笑みかえした。
それからのひと月はエヌにとってこれまでの人生にもなかったような穏やかな日々だった。日常生活で特別良いことがあったわけではない。いや、むしろ特別じゃないからこそ、そのありふれた日々の出来事をピアコに話し、聴いてもらうことでこれほど人生が平凡でかつ美しいものだということを思い知ったのだ。そして何より、自分が自分でいられる喜びを満喫していた。エヌにとっていまやピアコのいない生活は考えられなくなっていた。
ところがそんなある日、エヌにリストラの内示が下る。彼は思わず上司に食い下がる。「私の話も聴いてください」「うるさい」上司は取り付く島がなかった。エヌはそれでも食い下がる。ここで職を無くしたらピアコとの生活もお終いだ。なんとしてもリストラだけは回避しなければ。彼も必死になって詰め寄った。
「部長のお気持ちを聞かせて下さい」エヌにそう言われた上司は一瞬黙り込んだ。お気持ちも何もない。自分は上からの指示を下に伝える役目、それだけなのだから。それでもエヌは畳み掛けるように「私は部長の本当の気持ちをお聴きしたいんです」と叫び、上司の上着に手をかける。「痛いよ、君。離したまえ」「部長!」その時、上司はエヌの勢いに押され、思わず彼を両手で突き飛ばす。派手に後ろに倒れたエヌは頭を打ち、気を失う。しかしその目は空ろに開いたままだ。ここ三年来の部下を見下ろしながら上司は呟く。「システム一新の時期なんだよ、悪く思わないでくれよ。おい山室君、“N型”をラボ倉庫に運んどいてくれ、明日下取りがくるから。・・・『部長のお気持ちを聞かせて下さい』か、全く<営業ロボット>のくせにヘタに高性能なのも問題だな」
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