第8話 「 瞳の見つめる先 」

<星間調査報告書覚え書き>(作成:恒点観測員340号)

 この星の人々は実に信心深い。そして人の和を大事にする。ただ星自体が小さいため資源が乏しく、その分人々は自ら知恵を絞って技術・文化を向上させ、他の星々との果てしない競争に生き残ってきた歴史がある。

 私が考察するに、この星の人々を支えているのは正しくその信心深さだ。この星の人々は万物に“神”を見出すことができる。森や海、山や川、ひいては「カマド」の火まで彼らの前では“神”となってしまう。その想像力たるや凄まじい。

 ところがこの五十年ほど、この星に一風変わった“神”が君臨している。とは言っても“一神教”ではなく(もともとこの星では“一神教”は馴染まないらしい)、<DK>と称される身分制を基にした宗教的社会システムといったものだ。これはかつて我々の“地球”におけるヒンズー教のカースト制に通じるところも見受けられるが、一方でこの<DK>の特徴は元々宗教に端を発するのではなく、ある一部の地域に存在していた文化的観念がそのまま宗教にまで進化してしまった点にある。このことにおいても人々の信心深さが証明されるに十分であろう。

 この<DK>の最下層は子どもたちだ。したがって親は子どもの<DK>を上げることに自らの半生を賭けるといっても過言ではない(<DK>は絶対固定的な身分制ではない)。それが「わが子の幸福」と信じて疑わないのだ。この点から<DK>にはこの星の人々のもう一つの側面である、勤勉さを引き出す効果も指摘できる。というのもこの<DK>を上げるために求められるのは日常における<処理能力>であり、<現実対応能力>であるのだ。これは先程の人々の信心の話と相反すると感じられるかも知れないが、ここにこの星の人々の最大の特徴と、そしてすでに我々“ヒューマノイド”が失ってしまった魅力を見出すのだ。つまり“理想と現実”の黄金率。この星はまさに知的生命体のあるべき姿を体現していると思われる。

 ところがこの十年、<DK>にも変化が出てきている。それは我々が“環境危機”と称しているかつての歴史変動にも似て、社会に加速度的な深刻さを及ぼしている。

 私の観測はこの調査から始まった。

 “<DK>危機”の一つが地域破壊である。この星は六つの“ブロック”と呼ばれる地域に分けられ、そのそれぞれに中心都市“ポイント”が存在する。今、この“ブロック”の崩壊現象が始まっている。 

 一つの家族を例に挙げよう。その家族は第四ブロックに属する、海岸線から見える景色が美しい“スクーマ”という周辺地区に住んでいた。<DK>レベルは12、弱中階級。その家族には二人の子どもがあり、一人は女の子、一人は男の子だった。十年前、家族は息子の教育のために一大決心をした。息子を親元から離し“ポイント”での教育を受けさせることにしたのだ。その頃、世間では<DK>向上のための教育は周辺地域では無理というのが常識で、多くの家庭で子どもを“ポイント”に住まわせ教育を受けさせていた。その息子は父親譲りの素直で実直な性格で、学業成績も優秀だった。しかし息子は当初抵抗を示した。何故なら彼は父親の職業である漁師の仕事が好きだったし、普通に自分もその生活を引き継ぎ生きていくものと信じていたからだ。また彼は何より“スクーマ”の海が好きだった。海岸で潮風に吹かれていると、日常のどんな嫌なことでも忘れることができた。「僕はこの海の近くにいなければ生きていくことができない」彼は生命そのものの持つ進化的郷愁にも似た思いを少年期に抱いていた。しかし今から考えればそれは何かの前触れだったのかも知れない。

 彼は家族の期待を受け、“ポイント”での新しい生活を開始した。最初は彼も都会の目新しさに心を奪われた。しかしそれも束の間だった。彼にとってその目新しさはその時々の欲求を満たすだけの集合的刺激の波でしかなかった。それは故郷のさざ波のように美しくはなく、心休まることもなかった。しかし実直な彼はその寂しさを学業に励むことで必死にこらえた。やがて彼は休日も故郷に帰らなくなった。家族は訝しがった。しかし彼にとって今、帰郷することは自分の心のロックキーを解除してしまうことでもあった。彼には今や家族のために<DK>を上げること、それしか頭になかった・・・。

 その後、この家族はどうなったか。少年は大人になり、<DK>レベルを3つ上げ、そのまま“ポイント”での生活を営んだ。家族は少年の努力を喜んだが、同時に言い知れない寂しさも感じていた。その頃“スクーマ”では環境破壊により海水が汚染され、漁獲量も激減していた。父親はそれでも都会で奮闘する息子のために漁師の仕事を続けたが、やがて無理がたたって病に倒れた。娘が勤める病院に担ぎ込まれ一命は取り留めたが、気がつけば“スクーマ”には今や未来を托せる若者はほとんど残っていなかった。若者だけではない、先祖の時代から“スクーマ”で暮らしてきた仲間たちも一人また一人と生活のため“ポイント”もしくはこの星の中心都市“コア”へ移住していった。父親は病室から見える海を眺めながら、自分が息子にしてきたことが本当に正しかったのかどうか自問した。そしてそれは彼にとって、寄せては還すさざ波のように果てのない問いかけになった。

 私はこの星の人々に<星間調査US法規第227条>に則り実験を試みることを決意した。それは6つの各ブロックに無作為に或る幾つかの図形のセットを投下し反応を見る、通称“プレート”である。この“プレート”セットは相互に呼応し合い、共鳴音を発し、6つのブロックで同じ形が作れるかどうかを調査するものだ。完成したときにはあるメッセージ( that’s all right! )が時空間グラフィーにより現出するようにプログラミングされている。これは過去にも星間調査で行われ、非常に興味深い報告がされている。ある星では人々はその“プレート”を使って大地に巨大な絵を描き、他の星では天文学に応用した。また変わったところでは“プレート”を自ら調査し、その成果で“精神金属物質”を作り上げた例まである。その点この星の人々は極めてスタンダードな反応を示した。すなわち6ブロックでほぼ同時刻にその存在が発見された後、それぞれでその形態完成作業が始まったのだ。もちろんその過程で予想されていた中心都市“コア”からの形態についての各ブロックへの指示が見られたが、“プレート”に搭載されている形態情報バリアが発動し、それらは文字通りブロックされた。こうして発見24時間以内にして“プレート”調査は開始された。

 結論から言えば6ブロック中4ブロックまでは比較的容易に同一図形を作成することができた。しかし残りの2ブロックにおいて完成に難航し、しかしそのことで他のブロックの図形形態のミスが発見された。しかし私が興味深かったのは、そのミスが発見された後も4ブロックではその改態作業が見られなかったことだ。その原因の一つとして、残りの2ブロックの報告に対する偏見と、自分たちが一旦完成させたものをあえて白紙に戻す勇気があるかないか、ということ。この“プレート”作業の所定時間は<当該惑星時間で一週間>と定められている。このブロック間での歩みのバラつきが5日間まで確認された。

 6日目に入って進展が見られた。第四ブロックが突然それまでの図形形態を破棄し、新たな動きを見せたのだ。もちろんその動きには他のブロックも注目していたが依然静観の態度は崩さなかった。しかし状況は急転した。形態情報バリア発動以来、動きが見られなかった中央都市“コア”が第四ブロックに対し武力要人を投入し、内部からの管理体制の強行を開始したのだ。

 その時、私は“侵略者の意図”を直感した。何者かがこの星の内政を密かにコントロールしている。正体は不明。しかし観測結果から考えるとかなりの時間をかけてこの星の内情に精通し、侵略を進行させている模様。そしてもう一つのイメージ。それはあの“スクーマ”の海辺に立ち、変わりゆく故郷を見つめる黒い瞳の女性。あれは両親の死後、一人故郷に残り弟の安否を気遣う看護師の姉の姿だ。

 私は今、かつての同任者のことを思い出している。彼はある惑星を観測中、その惑星が侵略者の危機に晒されていることを知り、自ら潜入、戦闘を開始した。もちろんそれは我々の組織においては当初越権行為と看做されたが、その星が遠方星系にあったことと彼自身の身を挺した活動に最終的には本部も名誉回復を決定した。その彼の弾劾裁判の席上での発言が今、“スクーマ”の入り江で潮風に吹かれる私に何かを訴えている。

「私はその星を愛してしまった。それだけなのです・・・」(本部弾劾記録25886号)


 私は一歩また一歩その女性に向かって歩んでいく。“コア”から投入され、“ポイント4”を占拠した中央軍隊がこの“スクーマ”を侵攻するのも時間の問題だろう。その動きは不自然に早すぎる。おそらく“コア”はこの“プレート”騒動に乗じて予てからの思惑だった全6ブロックの統廃合および絶対中央集権化を断行するつもりであろう。何者かの意図によって。

 海辺に立ち、私は彼女に呼びかける。私の声は吹きつける東風(こち風)にかき消され、彼女からの返事はない。もう一度、今度は彼女の名前を呼ぶ。すると彼女はハッとした表情で振り向く。

「あなたは?」やはり彼女だ。私にあのイメージを送ってきたのは・・・。私は意味もなく笑いかけ、そして怪訝そうな様子の彼女に応える。

「私?私は、ただの風来坊ですよ」

 すると彼女もあきれた顔で、それでも美しい笑顔を見せてくれる。そうだ、彼女だ。彼女こそがこの星そのものなのだ。「綺麗な海ですね」私はそう言って、これからの孤独な戦いを決意する。おそらく長く孤独な戦いになるだろう。しかし私は後悔しない。私がこの星を見つめていた光は彼女の故郷を思う心と繋がっているから。

「さあ、行きましょう。ここは寒いですよ、アンナ」

 私が差し出した手にアンナは静かに応えた。              

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