第4話 「 沸きあがるもの 」
冬の朝、コンビニでの話。みすぼらしい格好の客がレジ前に立っている。いつものように白ご飯だけを注文し、上着のポケットの奥から小さく畳んだ千円札を取り出し新顔の若い店員に手渡す。店員は慣れない手つきでカウンター後ろの釜でご飯をつぎ始める。客はふと店内を見回し、立ち読みコーナーでニヤつきながら漫画に読みふける者たちを眺める。
「ああやっていいように金持ちや商売人に喜ばされていくんだな。御目出度いこった」
ようやく白ご飯の準備を終えた店員が包みとお釣りを渡し、客を見送る。ふと手元を見ると千円札が二枚重なっている。「あ、千円多かった」
店員は急いで客の後を追いかけお金を渡す。少し驚いた客は「へぇ、正直者だね、あんた」と言い、店員は「なんか、『金の斧、銀の斧』みたいですね」と白い息を吐きながら笑う。すると客は「どうして?」と訊く。「だって正直者には金の斧がもらえるんでしょ」「金の斧?」「いや、ものの喩えですよ」
「俺はあんたに何もやっちゃいないよ」客は少し不機嫌に応える。「そういえばそうですね」店員は相変わらず無邪気に笑っている。「あんた、正直者のお人好しなんだよ」「よく言われます。でも満更じゃないんですよ」「そうかい?今はあんたみたいな人間は欲深い奴らに食い物にされるんだ」
客は店員を置いて歩きだす。橋の下のねぐらで白ご飯を食おうとすると思いがけなくおかず代わりのふりかけの小袋を見つける。きっとあの店員がサービスしてくれたのだろう。情けをかけられるのは好きじゃないが、さっきのことがあるので何だか店員に悪かった気がしてくる。
「金の斧ってなんだよ」客はビニールの包みを剥ぎながら呟く。ふたを取るとその顔に炊き立ての湯気がかかる。客は湿気た自分の顔を手の甲で拭い、早速ご飯の上にふりかけをかける。刻み海苔が湯気の中で踊り、その香りが客の衰えかけた食欲までも掻き立てる。箸を入れ、白米を口いっぱいにほおばる。
「米の飯はやっぱり美味えな」客は口に出して言う。そして急ぐ気持ちを抑えながら、いつもよりゆっくりと発泡容器の朝食を平らげる。
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