最終話日本の政治を変える方法と卵焼き

「弁護士の鷲谷が?」


 僕はその日の夜、山田さんと携帯電話で話をしていた。僕の方からかけようと思っていたら山田さんの方からかけてきてくれた。僕は二回戦の後、弁護士の鷲谷さんが僕の手伝いを申し出てくれたことを伝えた。


「はい、そうなんです。これから勝ち上がるには弁護士の力も必要じゃないかって。まだ返事はしてないんですけど」


「金の話はしたんですか?」


「いえ、でも、大会の優勝賞金が十億円だから大丈夫でしょみたいな感じでして…」


「はあー、でもまあ、弁護士ってのは特権がありますんでね。明確な金額を決めていないならいいかもしれませんね」


「特権ですか?」


「ええ。弁護士会照会で他人の個人情報も入手できますし、他人の戸籍謄本や住民票を見ることもできます。留置所に接見もできます。探偵では違法なことも出来るのが弁護士です」


「そうなんですか」


「まあそいつも俺と同じで安室さんから何かを感じ取ったんでしょう。そういうカリスマ性が安室さんにはあるんですよ」


「そんな…、買い被りすぎです…」


「で、次のテーマが決まってると」


「はい。三回戦の議論のテーマは『日本の政治は変えられるか?』です」


「ふーん。またこれは『変えられません』とは言えませんね」


「そうですね」


「何かアイデアや考えはあるんですか?」


「これから考えます。まだ次までは時間があると思いますんで」


「でも今日の議論も安室さんは冴えてましたね」


「え?見てたんですか?」


「勿論ですよ。動画配信されてましたしね」


「まさか…、組織票的なものを…」


「それも考えましたけどね。まあ、それには及ばずでしたよ。コメントを見てましたら」


「ホントですか」


「ええ。途中までは意見も言ってませんでしたが、あの『免許制度』ってアイデアは斬新でしたからね。それに俺もいざとなったら組織票を送り込むって考えもありましたが、そもそもウチにはそこまでの数がいないんですよね」


「そうなんですか…。でも僕もホントに終わった直後はピンときませんでして…」


「ピンとですか?」


「はい。一回戦は…、まあ、あのように、山田さんと最後までお互いが譲らない死闘を演じましたんで、それを考えると二回戦は…あっさりと決まったなあ、と」


「そりゃあそうですよ。視聴者がジャッジしたんですからね。他の参加者も視聴者投票の結果と分かれば文句は言えません。結果を受け入れるだけでしょう」


「やっぱりそうですかね」


「まあ、あの運営なら勝たせたい人間に組織票を送るぐらいのことはやりそうですけどね」


「え?」


「可能性の話です」


「ところで山田さんは僕以外の参加者の中で他に目星を付けた人はいますか?」


「まだですね。確かに専門職である程度の弁が立つ奴は何人か見ましたが、まだ決定力に欠ける奴ばかりですからね。無駄な張りはしない主義ですんでね」


「そうですか」


「その点、安室さんには期待してますよ。二回戦も見事に自力で勝ち抜きましたからね」


「ありがとうございます…」


 そして僕は携帯を切る。それから鷲谷さんへ電話をかけ、今後のサポートをお願いすることを伝える。勿論、優勝するまでは金銭的なものは払えないし、優勝しても金銭的な報酬はまだ約束できないってことを伝えた。それでもいいと鷲谷さんは言ってくれた。なんか僕のことに興味を持ってくれたみたいだ。僕が将来、この国を背負って立つ、そんな期待をしている、と。その時にお互いに助け合える関係になりましょう、と。


 僕は自分の部屋のパソコンで論破王の動画を見ながら考える。


(この国の政治を変えられるか?かあ…。論破王の本にも確か書いていたよね。いろいろと)


 僕は何度も読んだ論破王の本を取り出して開いてみる。


(政治とは問題を解決するもの、政治家になるにはお金が必要、だって選挙には莫大な資金が必要でしょ?うーん、じゃあ選挙資金の貸し付け制度を国が行えば…、学生の奨学金みたいな感じで…、当選すれば議員報酬から回収、勿論利子をつけて、だってそれぐらい払えるでしょ?それに落選した場合は無利子で回収、うーん、担保を取っていれば大丈夫かな、仕事を斡旋してそこから天引きすれば…、そもそも論破王は選挙制度に疑問を持ってるよね、高齢者が日本の人口の半分以上を占めてるから若者が選挙に行っても無理ゲーだって、でも、十代から七十代まで七つの年代ごとに分けて、十代から一番支持を得たら一点として、七点満点で争えば…、これって比例代表と似てるよね…、これなら十代、二十代、三十代、四十代と四点取れば過半数を超えるし、そもそも選挙って何で行かないんだろう、アイドルの総選挙は投票権のためにCDを何枚も買うのに…、じゃあ選挙に行けばお金が貰えるってのは?選挙に行けば投票した後で焼肉五千円のチケットとか、賄賂になる?でも特定の候補者に投票しろとは言ってないし、投票に行くだけで貰える、そもそも投票をネットにすれば、出来るはず、投票すればペイペイに入金されるなら絶対投票するんじゃないかなあ、投票したい候補者がいないから?だったら投票したい候補者になればいい、選挙に誰でも出れるようになればいい、地方創生…、田舎の過疎化が問題…、これって大手企業が地方に本社を置けばいいんじゃないの?雇用も増えるし、中国ってめちゃくちゃ広いよね、田舎ってあるのかな、そもそも三国志みたいに細かく分ければいいんじゃないの?田舎だろうとそれなりに権限をトップに与えればやりそうだけど、ベーシックインカムの財源については論破王も答えを出せてない…、犯罪者と宗教から取ればいいんじゃないの?死刑が嫌なら一億払えって言えば払いそう…、一千万円払えば懲役一年減らすとか、刑務所も家賃や光熱費を徴収して、志願すれば危険な高収入の仕事もオッケーにして、真面目に働いて金を払えば刑が短くなるとか…、宗教法人は高額課税で、そもそも高額納税者に頑張って貰えば財源とかできそうだけど…、ベーシックインカムには年間百兆円が必要?半分は現物支給でよくない?だったら食料を民間企業から…、だったら住むところも企業が用意すれば…そこに仕事ができるよね?…高額納税者は一夫多妻制度を認めるとかすればガンガン払うかな?)


 気が付けば時計は深夜二時を回っていた。論破王は海外に住んでるから今は昼間かな。僕は論破王のツイッターアカウントにリプを送る。


『腐った日本で楽しく生きる方法をいろいろ教えてくれてありがとう。でも、腐った日本を直さないと…。いつか一緒にこの国を変えましょう』


 僕はスマホに打ち込んだ文章をしばらく眺めてから消す。そして文字を打ち直す。そして送信する。


『卵焼きはやっぱり醤油をかけて食べるとめっちゃ美味しいです』


 論破王はきっと心の中では日本をよくしたいと思っているはず。だってあの卵焼きの話をしていた時の論破王の表情はめちゃくちゃ悲しそうだったもん。だからいつかその日が来るように。一緒にこの国を変える日が来ることを信じて僕は頑張る。同じ日本人として。

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一億二千万人の決められない日本人 工藤千尋(一八九三~一九六二 仏) @yatiyo

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