第12話可能性と文化
「鷲谷さん」
僕は弁護士の鷲谷さんに質問を投げる。
「はい。どうぞ」
「先ほど鷲谷さんからネットの誹謗中傷の現状、SNSの誹謗中傷の現状を聞きましたが、仕組み的に、法律の視点からも今のネットの誹謗中傷を無くす絶対的な方法はないんでしょうか?」
「そうですね。世にはあまり出ていない情報だと思いますが、実際には誹謗中傷での裁判、その誹謗中傷をした人間を特定して名誉棄損罪や侮辱罪で損害賠償請求となるケースは多いです」
他の皆は「へー」って反応をする。鷲谷さんは続ける。
「けれども、誹謗中傷が社会的問題となって、国もなんとかしようとなり、二千二十二年に『プロバイダ責任制限法』が出来たにも関わらず皆さんがご存じのように誹謗中傷はなくならないのが現状です。そして安室さんの質問です。結論を言えば『ない』となります。ネットはとても便利です。SNSが出来てからはもっと便利になりました。昔はファンレターを書いて事務所に送らなければいけなかったのが著名人にも手軽にリプを送ることで声を掛けることが可能になり。人によっては『いいね』が貰えたり、『リプ返』で返事を貰えたり。それだけを見ればいいコンテンツなのでしょう。だからこそ批判的な言葉も、その人を全否定するような言葉も、悪口のレベルを超えた暴言も直接言えるんです。本来なら『管理人』である法人、つまりはその場を提供しているものが対策をすることが問題解決への近道になるんですが。その場を提供している企業も非営利団体ではありませんからね。なかなか仕組みを変えるってのは難しいでしょう」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。仕組みを変えて有名人にリプが送れなくなれば。他の人にリプを送れなくなればユーザーは『ツイッターって不便だよね』となり、他のSNSに流れる可能性が高くなるでしょう」
あ、そっか。そしてここで許斐さんが言う。
「先ほど、大森さんや成田さんが『お気持ち論』大事とおっしゃってましたが。本来なら議論での『お気持ち論』は議論の妨げになると思ってました。個人の感情論になれば建設的な意見も否定されますし、議論が前に進まないものだと思っていましたので。でも私もその『お気持ち論』大事って考えには賛同します。あくまでも今日のこのテーマでの考えですが」
僕はさっきからなんかふわふわした違和感を覚えている。許斐さんは続ける。
「これは一つのアイデアですが。学校での道徳の時間にネットでの誹謗中傷についての項目を作ることも一つの解決策だと思います」
「でもそれじゃあ時間がかかりますよね?」
「だからこれは一つのアイデアと言ってます」
「それも分かりますが今はもっと建設的なアイデアが必要だと思います」
それはこの場にいる皆が分かっていること。
「皆さんの議論にユーチューブでご覧になってくれている視聴者からコメントが来ています。読み上げますね」
そう言って小平石さんがパソコンの画面を見ながら言う。
『現役弁護士さんの意見が分かりやすい。本当に現状では難しいと思いますが画期的なアイデアが出る議論を期待してます』
『確かに芸能人や有名人が言ってることってお気持ち論なんだよなあ。しかも売名行為という人もいるし。つまりは建設的なことを言ってないんだよね』
『売名のキレイゴトを人が亡くなってから発言しても遅すぎるし、生きてる間に言えよって思う』
『眼鏡っ子大森さんかわいい♡』
『鷲谷は無能』
鷲谷さんの表情は変わらない。でもネットの言葉って本当にナイフだよなあ。僕にも誹謗中傷が来たら嫌だなあ…。
「全然大丈夫ですよ。そういうものだと理解してますので」
鷲谷さんが表情を変えずにいう。
「結局さあ、おばちゃんたちってワイドショーが好きでしょ。それのネット版がモノ申したい人たちであって、それが可視化してきただけじゃないすか」
島田さんがそういう。確かに。でも今はそれをいう時ではない。
「島田さん。それを今言うことはアンチのコメントが増えるだけだと思いますよ。それよりどうするかを話し合いましょう」
「おーこわっ」
「でも私はそれを煽るメディアも悪いと思います」
ここで成田さんが言う。そして続ける。
「ネットニュースなんかも『こいつは何を言われてもいいぐらい極悪なことをしてますよー。さあ皆さん、皆さんの正義の言葉でこいつを袋叩きにしてくださーい』って感じのものが多いように感じます」
「確かに。そういうところのコメントって同じような意見も多くて。『皆が叩いてるから自分も叩こう』って心理になると思う。その延長か同じ括りかって感じでネットでも気に入らない人を叩こうぜって空気は出来てると思う」
「鷲谷さん。匿名の掲示板とSNSの違いってありますか?どっちも一緒ですか?」
「いい質問ですね。これがまったくの別物だと考えた方がいいんです」
え?そうなの?鷲谷さんの言葉に皆が耳を傾ける。
「掲示板てのは結局『見ない』って選択肢がありますよね。だから『誹謗中傷が嫌なら見なければいい』って考えはありなんです。掲示板の世界だとです。けれどSNSは」
「直で殴ってきますよね」
「そうなんです。今、安藤さんがおっしゃったようにリプやメッセージが直接本人へと来る仕組みですので。だから通知が来たらどうしても見てしまう」
「マネージャーとかそういう人が通知を管理すればどうかな。これは一つの考えだけど。本人が見たら絶対メンタルをやられてしまうようなコメントはブロックする。そしてそれ以外のメッセージだけを見るようにするとか」
さすが若い山田さん。それも一つのアイデアだと思う。
「そのアイデアもいいと思います。しかし現実の誹謗中傷は著名人や芸能人だけが送られるものではありません。一般の人もそういう危険と隣り合わせですし、実際に被害に遭ってますので」
「そっかあ」
「でもいいアイデアだと思いましたよ」
「鷲谷さん、続けてください」
「はい。そしてSNSの多くはログイン型です。掲示板ってのはログインなどそういうことをしなくてもネットに繋がっていれば書き込めます。しかしSNSはログインしないと基本利用できないんですね。だからログインには個人情報の登録が必要になってきます。そしてアカウントを作ります。新規アカウントを作成するときに携帯電話番号やメールアドレスの登録が必須だと思います。そこが大きな違いです」
「え?そう言われてみれば、SNSに登録するにはメアドか携帯番号が必要ですよね。だったら個人を特定するのも難しくはないと思いますが。あ、同一アカウントを複数人で使いまわす可能性か…」
「そうです。ログイン時のIPアドレスや投稿時のIPアドレスという考え方です」
「でも…、そもそもそういうアカウントってパスワードがありますよね?そしてそのパスワードは第三者には教えないようにってメールが来てたと思いますが」
「そうです。そもそもパスワードが存在してる時点で複数人での同一アカウントの使いまわしってのは稀なケースなんですね。でもこの国の判例ではそれを理由に被害者の主張が却下されたケースもあります。そして証拠として弱いとされるのもそれが理由です」
「そもそも運営が捨て垢を作らせなければって話で…、ああ、運営ならアカウント多い方が賑わっていいって考えになるか…」
「運営はあくまでも『言論の自由』を主張しますからね」
「それがふざけてますよね」
許斐さんが強い口調で言う。
「許斐さん、どうぞ」
「そもそもですね、誹謗中傷は人殺しと同じなんです。人が亡くなってるんです。人殺しに言論の自由なんかいらないんですよ」
それもお気持ち論です。そしてここで許斐さんが続ける。そしてその発言内容が僕たちに新しい気付きを与えてくれる。
「匿名での誹謗中傷って今の日本人を象徴していると思います。皆さんはラインやりますでしょうか?やってる人が圧倒的に多いと思います」
確かに。
「グループライン機能が顕著な例だと思います。個人間でのサシのラインでなら、または対面でなら言ってくるのにグループラインだと黙る、黙り込む、既読はつけるけど自分は発信しない。そういう人が多いと思いませんか?」
確かに。
「ネットで『死ね!』って書けるくせに『どこそこの〇〇と申します。死ね!』とか書けないですよね。これは結局責任が発生するかしないかの差と考えてるんだと思います」
大森さんが割って入る。
「いいですか」
「はい。大森さん、どうぞ」
「今の許斐さんの発言を聞いて『なるほどなあ』って思いました。匿名のSNSだと責任が発生しないと同時に『失敗も許される』、『自分であって自分でない、バレてないから恥もかかない』って感覚に近いんだと思います」
「大森さん、『恥もかかない』とは?詳しくお願いします」
「他人を誹謗中傷するのもバレてないからであって。他にもDMでナンパしてくる人って多いですよね」
「多いねえ。出会い房」
そうなの?
「リアルのナンパは出来ない人って多いと思うんです。だってリアルだから。失敗したらって考えると怖くて声がかけられない、でもネットだから、顔も名前もバレてないから、リスクがないから。友達からのラインもお友達は顔も名前も知ってる場合がほとんどじゃないですか。だからラインで『死ね』って来ないし送らない。それが当たり前で。本人にはいいことばかり、綺麗事ばかりで裏で陰口を言ってるってパターンは多いと思います。迷惑メールって親切で優しい文面が多くないですか?」
確かに。迷惑メールで『死ね!』って書いてあったら読まずにゴミ箱行きだ。
「それは相手に好感を持って欲しいからであり。そういう心理が打算的な優しさを作って。気を遣わなくていいネットではそういう気遣いがなくなって。うーん、リアルが息苦しいからネットでは楽になりたい、振舞いたいってなるんですかね」
「でもネットだからこそ人間関係を大事にするって考え方の人も多いよね」
「それはありますね」
「SNSの場合、アカウントが持つイメージもありますよね。長く使ってきたアカウントが気付き上げた周りからの印象とか」
「あるある」
なんかダレてきてる。ここで鷲谷さんが言う。
「例えば。過去に罪を犯した人間、犯罪者がですね、社会復帰します、芸能界復帰します、となったら、人によって意見が変わりますよね。さじ加減が。『あれだけの事件を起こしといてもう社会復帰だと?ふざけんな!死ね!』って正義。『もう禊は十分にしたと思います。頑張ってください』って正義もあれば、『まだ早えよ。死ぬまで償え!』って正義もあります。その線引きって裁判での結果が決めたわけですが。でも別の線引きが発言権のある人たちにはそれぞれあって、今はSNSで発言権を誰しもが持っていて。そうなるともう仕組みそのものを変えないといけないのかな?って思いますよね」
話し合いは先が見えないほど泥沼となる。そりゃそうだよ。こんな短時間の議論でいいアイデアが出るくらいならネットでの誹謗中傷はなくなっているはず。でもなくなってないから一回戦のトロッコ問題と同じく「これ!」っていう答えが出ていなんだろう。僕はお気持ち論大事って意見を聞くと相変わらずモヤモヤとした気持ちになり。確かにこのテーマは他のテーマと違ってお気持ち論も大事になってくると思う。そしてこのモヤモヤの理由。お気持ち論は正論とセットであるべきだと思う。問題の解決案とセットであるべきだと思う。お気持ち論単独では力なき正義だ。僕の中での船のイメージ。穴だらけの船がしっかりと水に浮かぶようにするには。ん?船?
僕の頭の中で何かが閃きそうになった。
「ちょっとトイレいいですか」
「休憩入れましょう」
「小平石さん」
「はい」
「休憩中は動画の配信は続くんですか?」
「一斉に休憩を取られるなら動画もいったん止めましょう。それでは今から三十分の休憩を取ります。不正防止のため、お預かりしているスマホやパソコンなどはまだお返しできません。また、この二階のフロアから出ることも禁止します」
「おいおい」
「当然ですね。一階には一般の方もたくさんいるんでしょ。視聴者がいるかもしれないし、余計な入れ知恵があるかもしれませんからねえ」
「そういうことです」
そしてそこから三十分の休憩に入る。
「ドリンク新しいのを頼まれる方ぁ」
堀内さんと大森さんがペアになって皆へ声をかける。僕の前にあるコーヒーはほとんど減っていない。
「あ、僕はいいです」
そう返事をしてから僕は考える。うーん。そういや論破王もこの問題に関しては明確な答えを出してないんだよね。巨大掲示板の管理人をしていることもあるからなかなか言いづらいこともあるのかな?SNSやユーチューブでも皆が揃って、建設的な提案をせずにお気持ち論を語っている。
・見なきゃいい
・ネットでの誹謗中傷は通り魔と同じ
・そのメッセージを送信する前にいったん考えよう
・あなただけが大丈夫とは思わないこと
あとはナビダイヤルで有料の相談センターへの電話番号がやたら目に付く。ホント、いつだって問題が起きてしまった後に論じ合う。
「生きてるうちに言えよな。亡くなってからいうのは売名行為と一緒。自己満足と一緒」
ホント、そう思う。
でも、だからこそ、今日のこの場は大事だ。船、船、沈まない船。入り口と出口と同じでテクニックの一つ。アイデアを考えるためのテクニック。あ、トイレ行っとこう…。
~そして休憩後~
「それでは議論を再開します。動画の配信も再開します。その前に現在の動画へのコメントを紹介しますね。『鷲谷さんの話が分かりやすい』、『許斐さんの意見は感情入ってるけど共感できる』、『グループラインだと喋んない人多いよね』、『DMでの出会い房大杉』、『個人的にインフルエンサーのアカウントをマネージャーが管理すればいいって意見は新しいと思います』。山田さん、その調子です」
「はい!」
そうだよね。手数大事だよねえ。黙ってると支持コメントも来るわけがない。でも時間が区切られるんだろうけど、まだそれは今ではない。ここから反撃開始だ。
「いいですか」
「はい。安室さん、どうぞ」
「確かにお気持ち論も大事なのかなあと思います。既出の個人個人の意識の問題ってのも分かります。ただ、それでは何も解決しないし同じことを繰り返すし、繰り返してきたのが事実であって。だから『ネットでの誹謗中傷は無くせる』、つまり『無くす方法はある』ってことをここで示す必要があるんだと思ってます」
「で。その方法とは?」
「まず、『ネットでの誹謗中傷』をよく『通り魔と同じ』って意見を見ます」
「実際そうだからね」
「そこに違和感を覚えるんです」
「そうなの?」
「包丁で刺されて血が出るか出ないかの差ですよ」
「そこです。皆さんは実際に『通り魔に襲われたことがある』んですか?『包丁で刺されたことがある』んですか?」
「ん?」
皆が僕の発言で少し興味深い、続きが聞きたいって顔をする。僕は続ける。船をイメージ。今はまだ穴だらけの船。穴を一つずつ塞いでいく。違和感という穴を塞いでいく。
「まずはイメージですが。今回も『通り魔と同じ』って意見を見ました。でも実際にリアルでは大多数は通り魔に遭うって経験がないと思います」
「確かにね」
「そして包丁や刃物で刺された経験があるって人も絶対的に少ないと思います。言葉の落とし穴だと思いますが経験のないことはイメージしづらいと思います。漫画と現実は違いますのでどうしてもですね。じゃあどうすればいいか。火傷ぐらいなら誰しもが経験はあるかと。じゃあ『熱湯かけられたら火傷しちゃうよね。誹謗中傷は熱湯を無差別にかけて回るのと一緒』だといいのか?ピンときませんよね。熱湯じゃ死なないからです。結論として何が言いたいかですが、呼びかけでは問題解決に至らないってことです」
「だからじゃあその問題解決する方法を言ってくれないと」
「安藤さん、今の安室さんの発言は『著名人やインフルエンサーが誹謗中傷を止めようと呼びかけても問題は解決しない』ってことです。呼びかけをすれば少しはよくなるだろうとの現状の甘い考え方を否定するという意味では斬新な意見だと思います。安室さん、続けてください」
「分かりやすく例えますと、世界中のミュージシャンがもう何十年と世界平和の歌を歌ってきても戦争はなくならない。綺麗事に抑止力はないってことです」
「悲しいけどそれが現実だよね…」
「じゃあ逆に考えて。実力行使で『ハンムラビ法典』の考えを取り入れるかです」
『ハンムラビ法典』を知らない人がネットで検索している。そして鷲谷さんが反論してくる。
「残念ながら、って言った方がいいのかな?日本では『報復の禁止』が原則です。『自力救済の禁止』です。それを認めると力を持つ者が正義になります」
「力とはなんでしょう?」
「分かりやすいなら腕力もあります。武力もあります。地位もそうです。持つ者が有利になるからです」
「ハンムラビ法典てのは…」
鷲谷さんではなく僕が答える。
「目に目を、歯には歯をって考え方です。やられたら同じことをやり返すって考えです。誹謗中傷には誹謗中傷を、命には命を持って償えって考えです」
「今のSNSはそれに近いと思います」
「僕もそう思います。誹謗中傷で誰かが命を落としたら、今度はその人に誹謗中傷をしていた人たちを魔女狩りのように炙りだして責める。何故ならそれは許される正義であり、他の人もやっているからです。じゃあ、それで誹謗中傷を最初にしていた人が命を絶ったとしたら」
「死なないでしょう。そんな責任取るような奴が誹謗中傷なんて最初からしないでしょ」
「皆がそう思っているから石を投げるんです。負の連鎖を続ける。そしてそこではまあ死んで責任を取る人はいないと思います。けれど、人を正当に非難して、その行為にいいねがたくさんついて、称賛される快楽を覚える人も出てきます。そうなると次のターゲットにも正義をふりかざす人が一定数いるのも事実です」
「それで結論は?」
「誰かを責めて自己満足で終わるような風潮も止めるべきだと思います。そういう人は文字通り『七十五日後』には忘れています。当然です。責任を背負ってないからです。何故責任を背負わないか、痛みを感じてないからです。当事者じゃないですから。正当な裁きはしかるべき機関が行うってことを自覚するべきだと思います。裁判所や弁護士とそれを職務にする人がいますので。それで僕の意見ですが」
「長いよ」
「すいません。つまり『報復では当の被害者やそのご遺族は救われない、そしてそれを誰も望んでいない』ってことを知るべきだと思います。それが僕のお気持ち論です。ではその考えを実行するための方法です。ネットやSNSって一番イメージしやすいのだと『車の運転』に似てると思います」
「はい?」
「車?」
「でもあなた十七歳でしょ?免許持ってないでしょ」
「そうですね。でも車を運転するゲームもありますし、そういうのはよくやりましたよ」
「ゲームって…」
「安室さん、続けてください」
「はい。免許はまず個人情報が逃げられないようキッチリ記載されてます。住所、氏名、生年月日、本籍、そして何よりも顔写真がキッチリ載ってますよね」
ここで僕の考えを察した山崎さんが言う。
「なるほど…」
「つまり、ネット利用を『免許制度』にすればいいと思います。これが僕の考えです」
船の穴は塞いだ、はず。あとは見落としている穴があるか、だ。
「いいですか?」
「はい、成田さん。どうぞ」
「『免許制度』ってのがザックリしすぎで私にはピンとこないのですけど」
「安室さん、お願いします」
船の穴・一。『どうやってその制度を現実化するか』
「はい。この国ではマイナンバー制度を推進しています。便利かどうかは賛否あると思います。それは置いといて、数年でやれます。今は一人一台携帯を持ってます。大多数がです。小さな子供も持ってます。通信事業者の協力があればそれが可能になると思います。携帯を所持するには必ず本人の身分証が必要となりますよね。身分証がない人は携帯を持てません。でも現実はこんなにも携帯が普及しています。つまりは『国の行政が動けばネットの免許制度は可能である』ってことです」
「いいでしょうか?」
「元木さん、どうぞ」
「免許ってのは安室さんはまだ取ってませんよね」
「はい」
「何故持ってないんでしょうか」
「車の免許を取れるのは十八歳からだからです」
「十八歳になったら取れるんですか?」
「はい」
「現実はそうではありません。教習所に何十万もの授業料を払って、数十時間の授業、実技の講習も受けて。そして試験に合格して初めて免許が取れるんです。試験も筆記と実技があります。十八歳になれば自動的に取れるわけではありません」
「あ、すいません。僕、免許持ってます。原付は乗れるんです。はい。十六の時に取りました。一日です。それに免許って車だけでなく他にもありますよね。調理師免許に猟銃の免許、大体の免許には本籍、氏名、住所、生年月日、顔写真が必要なんですね」
ここで鷲谷さんが乗ってくる。
「免許は初回講習があります。そこでネット社会での基本からルール、マナーを叩きこむのもありですね」
山田さんが興奮しながらいう。
「免許にはゴールドや点数もありますよね!ちゃんとルールに従っていればゴールド免許になる。優良アカウントの証になりますよね!」
「それは面白いですね」
船の穴・二『アカウントと免許の紐付け』
「先ほどネットやSNSは車の運転に似ていると言いましたが、今って轢き逃げの検挙率もかなり高いと聞いてますし、ドラレコやSNSのいい面でそういった犯罪者が逃げられない環境が出来てきていると感じます。誹謗中傷をしてもすぐに目撃者がいるわけで。事故を見たらすぐに通報しますよね。それをネットでも当たり前の習慣にするわけです」
ここでお気持ち論の大森さんが言う。
「目撃者が通報って具体的にネットでの誹謗中傷の通報ってどうするんですか?」
「はい。アカウントと免許の紐付けです。先ほど僕は、車の免許、調理師免許、猟銃の免許を例に出しました。車も本来は便利な乗り物です。包丁も人を刺すものじゃありませんよね。美味しい料理を作るためのものです。猟銃は熊などを撃つためのものです。猟をするためのものです。ネットもSNSも使い方を間違わなければとても便利なものなんです。誹謗中傷を見かけたらすぐにスクショ、魚拓をとるのでもいいです」
「魚拓?」
「はい。ツイ消ししても魚拓をとればツイートは残ります。ログの保存です。そこは懸賞金をかけるとかで誹謗中傷の事件解決に協力すれば証拠を残したってことで国がお金を出せばいいんじゃないかと」
「懸賞金ですか?」
ここで鷲谷さんが言う。
「いや、実際に解決困難な刑事事件では懸賞金が出されてます。ありだと思います。車…ですか。いやいや、それはいいかもです。確かに免許を取っても運転の仕方は人それぞれですね。乱暴な運転をする人もいるし、いつまでも若葉ワークで走る人もいます。でも走る道路は同じなんですよね。ネットもです。乱暴な人も平和的な人も同じ場を使うわけです」
「交通事故や違反はかなりの確率で取り締まられてますよね」
「懸賞金の財源は?」
「免許交付の業務を民間に委託して、その利益から出せばいいと思います」
穴はどんどん埋まる。僕の船は沈まない立派なものになっていく。
「でもどうやってアカウントと免許の紐付けをするんですか?」
「それはツイッター社の協力も必要になると思います。免許の写しを提出しないとアカウントは作れないって決まりをですね。世界的にこのネットやSNSでの誹謗中傷は日本が件数が飛び抜けているといっても全体で見ればどの国でもあると思います。韓国でもネットは実名制を過去に導入してました。全部が全部とは言いません。ログイン型のSNSをそのように制限するだけで大きく変わると思います。何よりも捨て垢を作れなくなります」
「でも免許制って急に上手くいきますか?」
「実際に出会い系サイトとかって未成年を入れないよう、入会には身分証が必要なんですよね?顔写真入りのものが」
「安室さんは出会い系サイトに詳しいんですか」
「それは…、友達に聞いただけです!」
場が少し柔らかくなる。でも僕の船は本当に世界へと出航しそう。そしてこの議論での手数も一気に増えた。あとは出来る、出来ないじゃあない。建設的な意見とアイデア、そしてそれを皆に興味を持ってもらうこと。僕の意見をもとに皆が論じ合う。
・免許制度はいろいろと使えそう
・SNSでの出会いも信用できるようになる
・フリーマーケットや物々交換も怪しいアプリなんかよりも安全になる
・怪しいお金配りがなくなる
・特殊詐欺の人員集めの撲滅にも繋がる
・フリーマーケットや安全なオフ会も可能になる
・キャッシュレスの取引にも利用できそう
つまりはアカウントと身分証を紐付けすることで匿名だけど信用が出来る。
「でも…、身分証を紐付けしてまで…、例え匿名だろうと運営は把握しているってことですよね。ユーザー離れなどの問題はありませんか?」
「それは大丈夫だと思います。結局、今も匿名で皆さん利用していますよね。でも接続プロバイダや通信事業者は全部知っているわけですし。もちろん数が膨大ですから、いちいち全員のものを把握することはないでしょうけど。その気になれば出来る状態です。それでもSNSを止めるって人はいないでしょう」
「SNSってものは本来すごく便利なものですしね。情報も早い。日本中が事件記者になり、ご意見番にもなれる。まあ、その反面、諸刃の剣なところはまだまだありますからね」
「結局さあ、便利なものって危険もそれなりにあるもんでさあ。だからそういうものは大体免許制にしてるんじゃない。だったらネットもそうすべきかもだね。発達しすぎて便利になりすぎた反面、無免許だから無法地帯になってる部分があると思う」
ここで小平石さんが議論の終わりを告げる。
「皆さん、お疲れさまでした。どうやら今回のテーマである『ネットでの誹謗中傷は無くせるか?』については結論が出ましたね。『無くせる』で全員一致です。そしてその方法も『免許制度の導入』という画期的な意見が出ました。そこからさらにその意見を話し合うことでこれまでにない画期的な考えを生み出すことが出来たと思います。それではネットの方の評価です。最後は皆さんが一斉に建設的な意見をぶつけ合うことで動画の視聴者様からも多くのコメントを頂きました。その中で名指しのもの、あるいはその意見を言ったものを明らかに推すコメントを集計しました。その総数が一番多い方が二回戦勝ち抜きとなります。発表します」
小平石さんが皆の顔を見渡しながら間を溜める。溜める。矯める。
「勝者、安室さん!おめでとうございます!」
それを聞いて思わず肩の力がどっと抜け、椅子の上で脱力状態になる僕。以外にも他の十一人の参加者は僕に向かって拍手を送ってくれる。
「最後盛り返したけど、やっぱり勝てなかったね。残念」
「おめでとう。負けたのは残念だけど最初には思いつきもしなかった意見に辿り着けた。ありがとう」
「次も頑張ってね。君ならきっと優勝できると思う」
「いやあ、君のアイデアはきっと日本で導入されるんじゃない。じゃあ僕はそれに協力した人間だ」
今も動画配信はされてるのかな。だからいい人を演じてるとか?そんな邪推なんかどうでもいい。それぐらいやりきった後のこの時間が、相手を称え合う時間が心地いい。
「ありがとうございます!ありがとうございます!でも、皆さんのサポートがなければ、僕の考えも中途半端なままでした。それに何よりも貴重な、建設的な時間を送ることができました。本当にありがとうございます」
そこから僕は参加者全員と握手を交わした。お礼の言葉を伝えながら。皆が、次も頑張って、優勝を目指せと言ってくれた。そして最後に鷲谷さんと握手を交わす。
「ありがとうございました。でも弁護士の人と対戦するとは想像もしてませんでした」
「ああ。あれは嘘」
「え?」
「ホントはフリーターだよ。ほら、ネットでああいう知識も全部その場で調べられるでしょ」
「そうだったんですか…。でも鷲谷さんの手助けはホントに助かりましたし、嬉しかったです」
「はは。本当に気を抜いてる時は年相応だね。嘘っての嘘でね。本当に弁護士だよ」
「もう、どっちですか」
僕は少し笑いながら言う。
「ここで相談ね。残り五試合か。顧問弁護士として僕を雇わないかい?」
「はい?」
「だからね。今日から弁護士としての専門的知識と経験を持つ僕を雇わないかいってことだよ。もちろん僕は東京弁護士会に所属してるし、僕の名前で看板もあげている。僕の事務所だ。企業の顧問もいくつかやってるよ」
「はあ」
「それだけこの大会、勝ち進んでいくといろいろと僕の職業の力が必要になってくると思う」
僕は一回戦でヤクザの山田さんといびつな関係だけど共闘の約束を交わしている。そして二回戦で弁護士!?
「そうなんですか…。ちょっと家で前向きに考えてもいいでしょうか?」
「もちろん。名刺を渡しておくね。安室さんの連絡先を教えてもらってもいいかな?」
「はい」
弁護士の鷲谷さんと電話番号とラインの交換をする。
「じゃあここで。二回戦は時給が出ないしね。まあいい経験が出来たよ」
「あ、一つ聞いていいですか?」
「いいよ。特別に相談料無料で聞こう」
「あ、今日は皆さん、他の皆さんです。やけにあっさりと僕の勝ち抜きを認めてくれたような気がします。あれって本心でいいんですかね?」
「うーん。本心と受け取っていいと思うよ。僕もそう思うし。まず、『免許制度』以上のアイデアをあの場でひねり出すことは不可能だと思う。あの意見がまず強かったからかな。それに付随していろんな面であの意見は斬新だったし。普通に考えれば、車もレンタカーや盗難車もあるけど、パスワードまで設定する個人のアカウントを他人に貸し出したり、複数での使い回しての悪用は考えられないし。ネガティブなアカウントでそういうことはしないだろうってのも想像できたしね。後はネットでの誹謗中傷を本気で無くそうと真剣に皆が考え合った結果だからだろう。でもいいかい。僕からも」
「はい」
「安室君。君はすごいよ。若いのに」
「あ、いえ…」
「そして日本人は基本的に優しい。そして今日戦った皆は優しい日本人だ」
「はい」
「でもね。それは表の顔なのかもしれない。捨て垢の持ち主が意外な人だってことはよくあるってこと。誹謗中傷を無くそうと一生懸命訴えているインフルエンサーが捨て垢を使って逆のことをアナウンスしている可能性も普通にあるってこと」
「…」
「僕は職業柄ねえ、そういうのをたくさん見てきた。葬式中に泣きながら遺産分配の裁判の準備をするのも人間だ」
「はい…」
「この大会はね、そういうホットな部分とクールな部分、その両方を持っていないとツワモノにはなれないってことだと思う。日本人として誇れる部分と直すべき部分、その両方だと思うかな。お気持ち論だって人は馬鹿にするけど、個人の感想は大事だと思うよ」
「はい。ありがとうございます!」
「じゃあ時間だ。無料相談はここまで。あとは連絡待ってるから。報酬の心配はいらないよ。優勝すれば十億円でしょ?法人持った方がいいかもね」
そう言って鷲谷さんは僕に背を向けて階段を降りていく。それを見ていた小平石さんが声をかけてくる。
「コングラチュレーション、おめでとう。安室君」
「ありがとうございます」
「次の三回戦も試合の場所や日時が決まればすぐに連絡します。そして三回戦は先にテーマを伝えておきます」
「え?そうなんですか?」
「ええ。テーマは『日本の政治は変えられるか?』です」
今日と似たようなやり方かな?そして先に予習をしておけってことかな?そんなことを考えながら僕は家路につく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます