第11話お気持ち論

「それでは議論を始めてください。今からの議論はユーチューブで生配信されています。ちょうど今からです」


 えっと。この二回戦は『誹謗中傷を無くせるか?』がテーマ。『誹謗中傷を無くすには?』ではない。だからといって安易に『無くせない』を選べない。これが『誹謗中傷はなくなるか?』だったら『なくならない』でもいい。でも今日のテーマだと『無くせる』の方が建設的で前向きだ。そしてその根拠、データを示すのは難しい。逆に『無くせない』だと根拠を示すのは簡単だと思う。


「小平石さん」


「はい。鷲谷さん、どうぞ」


「これは確認です。この議論のテーマは『誹謗中傷を無くせるか?』でいいのでしょうか?『なくなるか?』でなく、『無くせるか?』で」


「そうです。『なくなるか?』では議論の意味がありません。それに『なくせるか?』のテーマで『なくせる』との考えの方がいらっしゃればその考えを通した時点でこの二回戦での勝ち抜けが決まると思っています。そしてその考えがこれまで議論され続けてきた誹謗中傷問題を解決させるものだと思っています」


「なるほどです。私からまずこの問題について休憩時間に調べたことを発表したいと思いますがよろしいでしょうか」


「お願いします。どうぞ」


 鷲谷さんがパソコンの画面を見ながら口を開く。


「まずはデータです。ネットの誹謗中傷、まあ、リアルの世界でも誹謗中傷はありますが、今日のテーマを考えるとネットでのそれでいいと思います。テーマも『ネットでの誹謗中傷』とありましたので。まず、世界的に見てみます。ツイッターのユーザー数は日本がアメリカに次いで二位です。そしてその利用時間、圧倒的に日本のユーザーが一位です。イーロンマスク氏の言葉で『日本人のツイッター利用時間はアメリカ人の三倍』という現実。そして匿名性についてです。アメリカ、フランス、韓国に比べて倍近いパーセントです。ユーザーの八割近くが匿名です。今、問題となってますのはネット、そしてネットが何を指すか、SNSになると言えるでしょう。SNSといってもいろいろあります。ツイッター、ライン、インスタ、フェイスブック、ミクシィ、思い当たるのはこの辺です。そして問題になっているのがツイッター。えー、皆さん。私の職業は弁護士です」


 弁護士、ってことはそういう案件も多いの?鷲谷さんってまだ若そうなのに弁護士なのか…。これは強敵、ライバルだ。


「ちょっといいですか?」


「はい。堀内さん、どうぞ」


「鷲谷さんのご職業は弁護士だそうですね。ということは誹謗中傷の案件も経験されたことがあるってことでしょうか?」


「鷲谷さん、お願いします」


「はい。そうですね。それ専門ってわけではありませんが。ネットでの誹謗中傷についての相談やそういう案件を受けることはあります」


「そういう案件の流れと言いますか、開示請求って言葉とかも聞きますが、どういう風に犯人を特定するかなどを教えてもらってもいいでしょうか?」


「鷲谷さん、どうでしょうか」


「あ、はい。いいですよ。そもそもこの二回戦を勝ち抜くのは一人です。そしてテーマである『誹謗中傷を無くせるか?』の答えを今日この場で出すってことだと思いますので。それは私も興味深いと思ってますので。私の経験を皆さんで共有する分には全然いいと思います。ネットでの誹謗中傷ですが、古くは掲示板ってのがありますよね」


「あー」


 皆が『分かるー』って意味の『あー』を漏らす。鷲谷さんが続ける。


「まずは掲示板での仕組みを説明します。ネット掲示板の場合、サーバー、つまり『書き込みを保存しておく場所』が海外にあるケースがほとんどです。国内にサーバーがあるってことは聞いたことがないです。なのでネットの掲示板に悪口や個人情報を書かれたとなると削除依頼を海外のサーバーにしなければならないのです。そして開示請求をするにも掲示板を運営している法人もセットで海外にあります。なのでまず『どの国にサーバーがあるか』を調べます。そして海外の法律と日本の法律は異なります。分かりやすく言えばそれが抜け道になっていることが多いんです。例え話になりますが、日本ではアダルトコンテンツは性器が見えないようモザイク修正をかけるのが決まりです。それが日本の法律ですので。でも日本でもそれらの縛りを受けていない動画などを容易に閲覧することが出来ます。それは海外にサーバーを置くことで、『この国では性器にモザイクをかけなくてもいい。だから無修正で動画を配信している。それを日本から見るのは問題ないでしょ?』という理屈です。この辺は皆さんも分かると思います」


 うん、分かる。分かりやすい。鷲谷さんは続ける。


「その理屈がネット掲示板でも使われています。なので現地の弁護士と連携する必要があります。私は日本で弁護士資格を持っていますが、それは日本国内でしか使えないものです。それは当然なんです。国によって法律は違いますので。そして日本の裁判所が所轄権を有しないこともあります。だからと言って現地の弁護士に丸投げも出来ません。だから私も現地に行きます。連携して案件に取り組みます。そして開示請求、『こうこうこういう誹謗中傷がされている。だから情報を開示して欲しい』と。IPアドレスが分かれば、インターネット接続業者に発信者情報開示請求をして書き込んだ個人を特定出来ます。基本的な流れは以上です。そして今、問題となっているのがSNSでの誹謗中傷です。世論では『日本の法律が変わって個人を特定しやすくなった。誹謗中傷をしたら匿名でもバレる』と思われています。でも現実はそう簡単ではありません」


 皆が興味深く鷲谷さんの話を聞く。多分、このリアル配信を見ている人もそうだと思う。今は鷲谷さんがダントツで支持を得ていると思う。さらに続く。


「二千二十二年に法律が変わりました。それが『プロバイダ責任制限法』です。これまではネットでの発信、悪口だろうと『表現の自由』は保障されるべきとの考えでした。つまりは『勝手に消すな』って考えです。分かりやすく表現します。まずは『管理者』がいます。それを利用する場所を管理する人間です。法人といってもいいです。ツイッターならツイッターを運営している法人です。掲示板なら掲示板の管理者といいますよね。論破王が某掲示板の管理人ですので分かりやすいと思います。そして『プロバイダ』とは通常なら皆さんがネットを利用する環境、つまりパソコンやスマホをネットに繋げている業者です。この『プロバイダ責任制限法』での『プロバイダ』は少し意味合いが違ってきます。先ほどの『管理者』、ようはその誹謗中傷を書き込む場を提供した個人や法人も含めて『プロバイダ』です。これまではAさんが『誹謗中傷を書き込む場を提供した個人や法人』に対して『悪口が書かれている!消せ!誰が書いたか開示しろ!』と言っても、『それを書き込んだBさんから勝手に消すとは何事だ!表現の自由が侵害されてるじゃないか!と言われるからそれには応じられません』が普通だったんです。だから裁判をして『この書き込みは悪意がある。だから消しなさい』との仮処分申し立てを出してもらう必要があるんです。そしてこれまでは『管理者』と『プロバイダ』に対して、二回裁判をする必要がありました。それがこの『プロバイダ責任制限法』で裁判は一回でよくなりました。それにより今までより半分の時間で犯人を特定することが出来るようになったのです」


「そうなんですか?」


「いえ。これは世間一般的な認識だと思います。現実は全然違います」


 そうだ。だから誹謗中傷をおこなうものは後を絶たない。


「今ネットで見ましたけど。今の日本の司法でも絶対犯人を特定できるわけではありませんよね」


 許斐さんが鷲谷さんに言う。僕もそう思う。そして許斐さんの意見が議論をスタートさせる。


「今の鷲谷さんの説明はすごく分かりやすかったです。でもその説明だと抜け道があるように思いますが…」


 元木さんの言葉に鷲谷さんが言う。


「そうです。何も問題解決になってない、これが現実です」


「確かにネット接続業者はその回線の契約者情報を把握しているでしょう。でも公共の無料WiFiを使えば特定は無理ですよね」


「そうです」


「専門用語になりますが『tor(トーア)』、つまりIPアドレスを書き換えるソフトもあります。VPNなどもあります。そういうソフトを使えば特定は困難でしょう」


「え?とーあ?」


 金山さんの言葉に鷲谷さんが説明する。


「はい。ネットでの足跡を完全に消し去るソフトです」


「そういうのもあるんすね」


「はい。ただ、本当の問題は別にありますね」


「別に…。それは何でしょうか?」


「はい。『プロバイダ』である『管理者』、つまりはツイッターならツイッターを運営する法人が、『必要な情報を出してこない』。これが大問題です」


 船と考えればよく分かる。今だと船は穴だらけだ。そりゃあ誹謗中傷という水はどんどん入ってくるし、船は沈む。


「例えば開示請求でIPアドレスを特定したとして。その契約者本人に訴状を送ったとしても、『え?ウチに遊びに来てた友達じゃないの?』と逃げられる。友達なら知り合いだろと追跡しても『友達の友達は知らないし。面識ないし。そいつが書き込んだんでしょ。そうじゃない証拠でもあるの』と逃げられる。根本的な問題解決をしないとですよね」


「おっしゃる通りです。安室さんが言うように今回の議論は『誹謗中傷を無くせるか?』です。鷲谷さんの意見はあくまでも現状の法制度の仕組みの話です」


「あのお」


「はい。大森さん、どうぞ」


「私の意見は『無くせる』です。現状でこの国では数年に一度、誹謗中傷で芸能人が自ら命を絶ちます。一般の方を入れればその数はその何倍、何十倍、何百倍になると思います」


 本来なら「そんなデータあるんですか?あれば出してください」というところ。でも誰一人としてそういうことを言わない。眼鏡をかけた大森さんは続ける。


「『無くせる』か『無くせない』かだと。もう一度言います。『無くせる』と考えてます。正確にいうなら『無くさないといけない』、そういう時期に日本は来ていると思っています。先ほどの鷲谷さんの出されたデータにツイッターの使用時間が日本はずば抜けているとありました。ユーザー数はアメリカよりも少ない二位なのに。二位ってのも人口の少ない日本人では多すぎだと…」

 ここでようやくツッコミが。山崎さんがいう。


「日本の人口数、一億二千万ってのは世界的にみても多いですよ。人口数」


「すいません。それでもデータとして他にもツイッター本社への開示請求の数は日本がダントツ一位です。古くは掲示板の時代にも匿名での誹謗中傷はありました」


 今度は安藤さんが。


「大森さん。掲示板は今でもありますよ」


「すいません…」


 そして北さんがまとめる。


「いいですか」


「はい。北さん、どうぞ」


「この国の人間は学習しない。何度も同じ過ちを繰り返す。事件が起こった時にはそういうことは止めようと多くの人がそれに賛同するも、時間が過ぎればそれを忘れる。『人の噂も七十五日』って便利な言葉がこの国にはありますからね。今回の事件でも多くの著名人が『そろそろ気付こう。誹謗中傷は人殺しと同じ。言葉は刃物であり、血が見えないだけ』と声を出してる。でもその動きって数年前と同じなんですよね。結局忘れる、いや、他人事なんですよね。だから大森さんはそれをこの国が忘れないように、忘れることが出来ないように議論していくことが大事だと言いたい、と。それが『無くせる』ではなく『無くさないといけない』の答えになるってことでいいですか?」


「はい!そうです!」


「では具体的に大森さんはどうすればいいとお考えですか?」


「大森さん、お願いします」


「今、インフルエンサー的な存在の人たちが『そういうのは本当に止めよう』って大きな声を出してるじゃないですか。法改正も進んでます。ユーチューブでも『そういうのは本当に止めろ』って声が大きくなってます。それにリプやコメントを見ればそういう意見を支持する声もすごく増えてます。そうやって影響力のある人がどんどん声をあげるってことを続けていくことが抑止力になると思います」


 僕の覚えた違和感。


「大森さん」


「はい。どうぞ、安室さん」


 僕の発言はユーチューブで生配信されている。つまり、この顔も安室行人って名前も世に出てる。発信されている。炎上するかもしれないけど。論破王だったらきっとこういうと思うから。僕は勇気を出して言う。


「大森さんの意見はいいですけど、それって結局『お気持ち論』ですよね」


 大森さんが反論してくる。


「確かに私の発言は感情論で『お気持ち論』だと思います。でもこの問題を根本的に解決するにはそういう人間の良心に訴えていくしかないんじゃないですか?安室さんの意見は『誹謗中傷は無くせない』なんですか?まずは意見を言ってください」


 僕は答える。


「僕の考えは大森さんと同じで『無くせる』です。でもその考えを通すには。今の大森さんの意見では変わらない、そう思っています」


 ここで成田さんが会話に乱入してくる。


「『お気持ち論』?よく討論番組や議論の動画で聞く言葉ですねえ。『結局それはお気持ち論であって』と。データあるんですか?根拠あるんですか?ってね。論破王も言うよね。『それってあなたの感想ですよね』って。でもね、この問題は『お気持ち論』じゃなきゃ解決しないと思うよ。それだけ今のこの国の人間の心は病んでんだよ。『お気持ち論』大いにいいと思うよ。私の意見は『無くせる』の方ね。もちろん『無くさないといけない』って意味で」


 ここで小平石さんが仕切る。


「いったん皆さんがどう考えているか、分かりやすくしましょう。挙手でお願いします。『ネットでの誹謗中傷は無くせる』とのお考えの方。もちろん、大森さんや成田さんのように『無くさないといけない』から『無くせる』とお考えでも同じとします」


 十二人全員が『無くせる』で手を挙げる。そして金山さんが笑みを浮かべながら言う。


「運営も人が悪い。このテーマで『無くせない』は選べないですよね。それを示すのは簡単です。でもそれじゃあこの二回戦は勝ちあがれないのも明白です。じゃあ『無くせる』を選んで建設的な、まだ世に出ていない考え方や方法を示すしかない。それを示した人間がこの二回戦を勝ち抜くんでしょう。そういうことですよね?」


「はい。おっしゃる通りです。皆さんの建設的で画期的な議論を期待してます」

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