第8話運営

 晩御飯を食べ、お風呂も済ませた。自分の部屋でパソコンに向かいながらスマホも開く。ちなみにまだ高校生だからパソコンもスマホも親に買ってもらったもの。部屋の机の上には他に山田さんから受け取った封筒、冷蔵庫にあった麦茶、開いた大学ノート。


(うーん。次の二回戦、そろそろ連絡が来てもいい頃じゃないかなあ。でも、山田さんが言ってたよね。周りの人のほぼほぼ全員がこの大会に参加してるって。あれって本当なのかなあ)


 僕は大学ノートに数字を書きだす。


(えっと…、一回戦が十二人だったよね…。日本の人口が…、ウィキペディア、ウィキペディア…、ん?一億二千五百五十万二千二百九十人。へえ、これまでの人口数の推移も書いてる。きっちり一人単位で分かるんだ…。ん?年々減ってる?まあ、一億二千万人って言うもんな。あのテレビでも『日本列島一億二千万人の』っていうぐらいだし。一億二千万ってのが一つの目安なんだろう)


 僕はスマホの電卓を叩く。スマホの電卓ってたまにしか使わないけど、あると便利だよね。


(一億二千万って、一万二千×ことの一万でしょ。じゃあ一万二千にゼロを四つつけて…と、そして割ることの十二)


 一千万。


(一回戦を突破した人が一千万人ってこと?多くね?…待てよ。そもそも一回戦の試合数が一千万あったってこと?まあ勝ち抜きが一人ってわけじゃないよね。小平石さんの言葉だと二択で意見を通したグループが勝ち抜くって言ってたし…。それにしても…、一千万?全国で?だとしたら相当な時間がかかるんじゃね?)


 僕は少し考えこんでから、ネットでまたも検索する。


『高校野球 総試合数』


 ウィキペディアには書いてない。でも面白そうなページが。


『トーナメント戦の試合数は、実は簡単に出せる』


 僕はそのページをクリックする。なになに。


(まず例として。八チームがトーナメント方式で試合をする場合。一回戦で四試合、準決勝で二試合、決勝で一試合。足すと七試合。ふーん。次に倍の十六チームで。一回戦が八試合、準々決勝が四試合、準決勝が二試合、決勝が一試合。足すと…十五試合。え…、まさか…)


 そのページでは次に一回戦で四チームにシード権を与えてみた場合を載せている。


(シードってややこしそう…。一回戦がシード校は試合なし、残りの十二チームで六試合、これで勝ち上がった六チームとシード校の四チームで十校が決まる。ベスト八を作るために二試合、それで十チームが八チームになる。そして準々決勝が四試合、準決勝が二試合、決勝が一試合で足すと十五試合。うーん。運のいいチームは三勝で優勝だけど運の悪いチームは優勝するのに五勝しないと…。え、でも…ってことは…)


『トーナメント戦の総試合数はチーム数から一を引いた数が正解です。


(チーム数)マイナス1イコール(試合数)


(え!?そうなの!?)


 ページの続きを読んでいく。あまり必要じゃないけれど『なぜ』そうなるかを理解する。トーナメント戦をイメージする。一試合行えば一チームが勝ち上がる。逆を考えると一チームが敗れ去る。優勝の一チームが決まるまで試合をするので、他のすべてのチーム、すなわち


(出場チーム)マイナス(優勝チーム)


が負ければ優勝が決まる。一試合で一チームが敗退するので


(チーム数)マイナス1イコール(試合数)


となる。


(言われてみるとそうだ…)


 僕は大学ノートに先鋒、次鋒、中堅、副将、大将を二つずつ書く。先鋒が次鋒を倒して、次は倒されて、と繰り返してみる。十人の選手が余らないよう、一人以外が全員負けるようにやってみる。すると、どれを選んでも試合数は九になる。


(ってことは…)


 僕は再びググる。


『甲子園 参加高校数』


 大体四千。てことは総試合数も約四千。先ほどの一千万という数字を四千で割ってみる。


『二千五百』


(うーん。高校野球って予選から本選まで二か月ぐらい?実質は?予選が二週間ぐらい?甲子園も二週間ぐらいか?いやいや、待てよ。これってトーナメントの山の数の問題じゃない?てかやれるんじゃない?一回戦の数が二千五百倍になるってことでしょ?野球と違って広いグラウンドはいらない。一回戦みたいなビルの一室ぐらいの広さの部屋があれば十分でしょ?あとは…、審査員の数…、リモートでもオッケーなら同時に見れるかも…。いやいや。ちょっと待て)


 僕はある計算をスマホの電卓に打ち込む。


 一千万÷十二イコール八十三万三千三百三十三・三三三三…。


 八十三万三千三百三十三÷十二イコール六万九千四百四十四。


 六万九千四百四十四÷十二イコール五千七百八十七。


 五千七百八十七÷十二イコール四百八十二。


 四百八十二÷十二イコール四十。


 四十÷十二イコール三・三三三三…。


(つまりは最後の三・三三三三…の数字は四人!?途中から小数点は切り捨てたからそんなもんだ。てことは、一回戦が終わった今、あと六回勝てば優勝じゃないの?準決勝に残るのが約四十人。準決勝に残るのが約四百八十二。そもそも一回戦と二回戦が終わればあとは試合数も三回戦で約七万。やれる。やれる?)


 ここで僕は椅子の背もたれに背伸びしながら倒れこむ。


(この数字って…、どうなの?うーん、あ!そうだ!いけない!山田さんに連絡しないと。ラインアカウントを作っておくって言ってたよね)


 僕は机の中にしまい込んだ山田さんの名刺を机の上に取り出す。持っているのが見つかると非常にマズイことになる名刺。


(まあ、机の中の文房具に紛れて隠しておくとバレないでしょ…。エッチな本じゃないんだし…。ウチの親も、ねえ…。それにしても…、やっぱり山田さんに電話するってなると…、緊張する…。だって、今かけて山田さんが仕事中だったら…、お酒とか女の人とモヤモヤの最中だったら…、怒鳴られないよね…)


 山田さんの電話番号はスマホに打ち込んだものの、コールボタンがなかなか押せない。


(えーい!決められない日本人か!押しちゃえ!)


 ト、ト、ト、トゥルルルルル、トゥルルルル、ガチャ。


「はい」


 電話に出ても名乗らない山田さん。


「あ、安室です。今日はどうもありがとうございました」


「ああ、安室さんか」


 会話が軌道に乗る。少しホッとする。お取り込み中じゃなくてよかった。


「あん♡」


(え?)


「(おい、今大事な電話中だからよ。少し静かにしてろ)」


「(なによー。私より大事な電話って誰から?)」


「(シノギの話だ。いいからあっち行ってろ。続きは後でしてやるから)」


(えええええええええええええええええええええええええ!)


「あ、もしもし」


「はい。安室です…」


 お取込み中だったじゃーん!


「おう。悪い。えーと、なんだっけ?」


「ラインのアカウントの件です…」


「そうそう。ラインの、ね。ちょっと待ってくださいね。はい、今言いますね。いいですか?」


「はい。大丈夫です」


 僕は山田さんのラインアカウントを大学ノートに書きこむ。


「じゃあそっちでお友達に登録してもらえますか?アカウント名はアルファベットで山田です。ワイ、エー、エム、エー、ディー、エーです」


「はい。ちょっとお待ちください。えーと」


 僕は通話中のままラインを操作する。IDを打ち込むと山田さんのアカウントらしきアルファベットのものが。認証する。


「あ、認証されましたね。安室さん本名のやつですね。安室行人さんですね」


「はい。そうです。こっちも承認しました」


「じゃあ今後は通話以外のやり取りはラインでということで」


「はい。既読スルーはしませんので。でも考えてから返信するタイプなのでお返事が遅くなる時もありますので。すいません」


「いいですよ。了解です」


「それから山田さん。あ、今お電話大丈夫ですか?」


「全然いいですよ」


 僕は疑問に思ったことを相談してみた。


「なるほどですね。こっちで電卓を叩いてみましたが、おそらくそれであってると思いますね」


「そうですか。じゃあ運営は今、一千万試合をこなしてる最中ですかね?」


「でしょうね」


「あのお…、一千万って試合数をこなすとしたらどれぐらいの日数がかかりますかね?」


「ちょっと待ってください。電卓だと一千万を四十七都道府県、まあ東京、大阪、神奈川、千葉、埼玉、人口が多いところを考えて五十として、割ることの五十で二十万、麻雀で例えたら、まあ半荘が三十分ぐらいとして一日四十。割ることの四十。五千ですか。一つの都道府県で五千として。一日千か所でやれば五日。まあそれは無理でしょうけど、五十か所だと百。約三か月ちょっと。出来ない数字じゃないでしょう。後は引き算です。参加しない人間も多いでしょう。時給千五百円に興味のない人間は出ないでしょう」


「そうですね」


「他にもパッと思いつくだけで公務員や政治家、暇がない人間、慎重な人間」


「慎重な人間ですか?」


「ええ。普通に考えればあんな怪しい招待状、ゴミ箱に捨てる人間も多いでしょう」


「あ、なるほどです…」


「それより引っかかることが別にありますね」


「え?それは何でしょうか?」


「一回戦の時給ですよ」


「時給?ですか?」


「ええ」


 僕が一回戦で得た時給は七千円ちょい。交通費込みで。あ。


「ちょっと待ってください」


 僕は急いで電卓を叩く。


「そういうことです」


 一億二千万×七千円イコール…一、十、百、千、万…。一生懸命数字を数えている僕に山田さんが言う。


「七千円でやると八千四百億ですよ」


「はっせんおく!?」


 電話の向こうからタバコに火を点ける音が聞こえた。


「まあ、全員が七千円ってのはないでしょう。安室さんは特別長かったと思います。ウチのグループがです。基本的にユーチューブの動画を見ても一時間ぐらいでケリはついてますんで。ま、あの動画が全部じゃないでしょうけど。早くにケリがついたところもあるでしょうし、長く時間がかかったところもあるでしょう。でもねえ、ウチの連中も言ってましたが大人が多数です。時給目当ての無駄な引き延ばしはそんなにないです。あとはその場の空気です。二択の意見で正論を通すのはそう難しい話でもありません。長くなれば『早く帰りたい』って心理が働くんでしょう。あとは…」


「あとは…?」


「ま、俺みたいに力業にでる人間もいるってことです」


「そうですか…」


「誰もが安室さんみたいに折れないってのはないです。繰り返しますがその場の空気、時間によるダレ、心理的に味方に足を引っ張られる可能性も高いですからね」


「どういうことですか?」


「簡単ですよ。『早く帰りたい』味方の人間がさっさと帰っていって。自分一人になって。あとは多数決の要領で力業を使われたら、ですね。人間そうそう一人で多数相手に頑張れませんよ。それに賞金が高いことですが、同時に『本当に貰えるの?』って疑問もありますでしょうし。数千円貰えてその日はいいもん食えたってだけで満足するでしょうしね」


「なるほどです…」


「後は裏技です。安室さんみたいにね。それでも長引かせる人間には司法取引をちらつかせれば…ですね」


「納得です…」


「でもですね、運営のその予算。他にも経費はかかります。試合会場の費用、人件費、招待状もタダじゃないです。設備にしても人数分のパソコンです。まあパソコンは使いまわすとして、それでも相当な金がかかるはずです。参加者がその半分としても。時給で一兆、経費に賞金で数億、まあ一兆円ちょいですか。以前に国が十万円を国民に配った時の総額が…、十二兆。それを受け取らなかった人間が四十万人。安室さん。日本の高額所得者、いますよね」


「携帯会社の会長さんみたいな人ですか?」


「そうです。海外のランキングがあるじゃないですか」


 僕はスマホで話しながらパソコンに打ち込む。


『日本人 総資産ランキング』


 一位の人で五兆円ないぐらい、だ。多いような。少ないような。ここまでくるとピンとこない。


「不可解ですね。ポンっと一兆出せる人間、そんな人間、日本にはまずいないです」


 山田さんの言葉を聞くと僕もそう思う。


「ていうことは…、どういうことでしょうか?」


「本来なら個人が使える金ってのは決まってるんです。総資産といっても現金で全額持ってるわけじゃありません。そういう高額所得者は資産として蓄えているもんです。価値のある法人やら有価証券とかですね。不動産、土地、金とかですかね」


「金ですか?あの延べ棒ですか?」


「それは分かりません。俺もそんなの持ったことがないですから。でも現金で全額はないです。だからこそ今回一兆円を超える現金を使っている運営ですね、その正体が分からないです。それが不気味ですね」


 僕は、こんな大人の山田さんが不気味に思うぐらいなら僕だって不気味です!と思う。


「大丈夫ですかね?僕は…」


「何がですか?」


「いえ、このまま勝ち上がって謎の運営の手先になる可能性とかですね…」


「それは大丈夫だと思いますね。運営の考えはあの司会者が言ってたとおりだと思いますよ」


「小平石さんですか」


「そうです。あの理念ですか、この国を変えるためのツワモノですかね。この国の政治の中核を獲る、この国の仕組みを本気で変えるつもりなら一兆用意するかもですね」


 またスマホの向こうからタバコに火を点ける音が聞こえる。


「しばらく勝ち上がるまでは余計なことを考えない方がいいってことですかね」


「ですね。そういうのは俺の仕事です。やれる範囲で調べてみますよ」


「分かりました…。僕も自分に出来ることをやります」


「さっきも言いましたが、三か月ぐらい待たされるかもですね。その間に論破王のユーチューブでも見て勉強ですね」


「はい…」


 山田さんも論破王のユーチューブ見るのか…。僕は緊張していたのも忘れて会話に集中していた。そして今夜はこれで電話を切る。


『この国の仕組みを本気で変えるつもりなら一兆用意するかもですね』


 僕は山田さんの言葉を思い出す。漫画みたいな話だけどこれは現実。僕にこの国を変えることが出来るなら。僕はパソコンでユーチューブ、今回の運営の議論チャンネルを開く。頑張ればこの人に追いつけるのかなあ。そんなことを考えながら僕は動画に集中する。

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