最下層 #02 - "ホログラム"

 アズールは暗くなった世界の中でぼんやりと燃える炎を眺めていた。彼女はいつも浜辺で拾った枝を集めて夜中の明かりと暖にしていた。赤く燃える炭からは硝煙とほのかな自然の芳香が漂っていた。


 この檻の中では太陽の運行や気温までもが再現される。彼女は日を数えるのをもう忘れてしまっていたが、何となく3回ほどの季節が去ったことだけは知っていた。これからは暑い夏が終わり、冷たい水や風の流れる季節となるだろう...


 彼女が空のない檻で過ごした日々に思いを馳せていると、そこに青光りする謎の塊がやってきた。青光りする塊は周囲を青白く照らし、ベージュの浜辺や緑のヤシの葉を青く染めて回っていた。やがてそれはアズールの後ろに立ち、こういった ―

 「まだ見ぬ上の世界...知りたいと思ったことはありませんか?」


 青光りする物体の正体は人間のホログラムだった。ホログラムで投影された像は黒いローブを纏った長髪の女性だった。彼女は端正な顔立ちで妖艶な雰囲気をしていたが、その目は影に覆われ光を持っていなかった。


「あなたは誰?」

 ホログラムが話しかけてくるなんて。そんなことはここ3年なかった。アズールはホログラムの女性に関心を持ち、話をしてみた。


「私はここ、VSSSの管理人をしています。お会いするのは初めてになりますね。さて... あなたの名前は?」

「アズール。碧きアズールだよ」

 アズールは自分の名前とその通り名を紹介した。海の魔人でも珍しい青い身体と血は、彼女が生まれ育った海でも多くの羨望を集めていた。彼らはいつしか彼女に”碧”という定冠詞をつけるようになった。彼女はうぬぼれることこそないものの、この名前が好きだった。


「アズール、そして碧。素敵な名前ですね。私のことはアドミニストレーターとお呼びください。本名ではありませんが」

 この人はアドミニストレーター ー それはアズールが初めて知った人間の名前だった。


「長い名前だね…でもいい名前」


 二人は名前をお互いに知ると、本題に移った。彼女らが話したかったのは、この檻ーVSSSの上層階についてだ。


「さて、アズール。なぜあなたがここにいなくてはならないか… 疑問に思ったことはありませんか?」

「魔人の皆が悪いことをして、だから人間さんとは一緒に住めなくなったんでしょ?」

 アズールは純粋なる人間と魔人の戦争の顛末を大体知っていた。この階層に降りてくる人間の中には最終戦争の非を彼女に被せる者もいたからだ。自分は戦争のことなんて知らないし、人間を傷つけたこともないというのに。


「その理解で大体合っています。しかし事態はより複雑です…魔人がここに閉じ込められているのには魔人が良いか悪いか、それ以上に重要なヒミツがあるのです」

 魔神の少女の頭の中で何かが目覚めた。これまで押し殺してきた好奇心が、脳の髄から身体中に行き渡っていくかのようだった。虚に開いていた瞼はハッと見開き、彼女の目に光が灯った。


「ヒミツって何?」

「答え合わせは最上層で行いましょう… そこに私もいますよ」

 アドミニストレーターがそういうと、彼女のホログラムにノイズがかかり彼女の半身が消え始めた。


「待って!最上階ってことは… この世界は何層に分かれてるの!?」

「ご自分の目で確かめてください」


 彼女のホログラムは顔を残してほぼ消えてしまった。しかし最後にこんなヒントを残していったー

「すべての階層には共通して対角上の点、つまり4端のいずれかに昇降用の設備があります…そこを目指すと良いでしょう」


 彼女のホログラムは虚に消え、海の世界は再び暗闇に包まれた。


 アズールが持っていた好奇心… それはアドミニストレーターと名乗った謎の女性によって大きく膨れ上がった。彼女の鼓動は乱れ、興奮で顔や背中からドッと汗が流れ出した。考えてみると説明のつかないことばかりだった。この空のない檻は何層になっているのか?なぜ人間は魔人を隔離するのに自然を再現した施設など作る必要があったのだろうか?そもそも純粋なる人間達は全ての魔人を強制的に隔離するほどの力を持っていながら、なぜ魔人を根絶やしにせず生かしているのか?


「…自分の目で確かめなくちゃ」

 アズールはまずこの上の階層 ー 第二層を目指そうと決意した。知りたい。この目で見てみたい… これまで考えないようにしていた生きる目的に目覚め、彼女の心は喜びと疑念で満たされてた。

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