第14話 悪夢の母の日
ゴールデンウィークが終わって一週間経つと、大抵母の日がやってくる。
礼人は欧米の文化に則って白いカーネーションを家に供えてくるつもりでいた。
が、そこにまたしても死んだ顔をした人物が一名。さっきから礼人の肩に手を置き、礼人の胸元に顔を埋めている。見る人が見たら軽くBLである。
残念ながらそれを面白がる
そう、母の日。
今日は母の日である。赤いカーネーションを日々の感謝を込めて母親に送るというのが日本の通例である。
だが考えてみると、礼人や、今礼人にすがる咲人のような所謂お年頃の男子は、母親に改まって日々の感謝を伝えるなんて気恥ずかしくてできないものだ。
礼人はそんな推測を立て、もしかして咲人にそういう葛藤があるのではないか、と考えた。咲人の母はあの優加である。母の日を渡さないと何か言われそう……というか、また長期休みのときにとんでもないことをさせられるかもしれないという懸念くらいだ。
しかし、違った。
「礼人、僕はどうすればいい?」
「何の話だ。母の日ならカーネーションでも贈ればいいんじゃないか?」
「赤いカーネーションを贈って、『面白味がない』と突っ返された僕はどうすればいいんですか」
さすがに礼人はそれを予期していなかった。だが、考えればわかることだ。
日本の通例すら卓袱台返し、と。
「どうすればいいんだろうな」
どちらかというと、こっちが聞きたい。
「母さんが何を求めているのかわからない」
「概ね同意だ」
そこでふと考える。礼人は記号タイプの技能である「疑似技能」を使用した。
疑似技能とは、他のタイプ技能を真似る技能である。疑似である分、能力は劣るが。
「『疑似クリエイティブイマジネーション』」
発動させると、礼人の手の中に電子の光を纏った赤いカーネーションが出てくる。疑似技能である分、記号タイプの特徴である電子の煌めきがゆらゆらと揺らすが。
おお、と咲人から感嘆の声が零れる。それは普通のカーネーションよりも幻想的な揺らめきだった。
「こういうのとか、いいんじゃないか? クリエイティブイマジネーションで赤いカーネーションを作って……こんなに成長しましたよ、と」
まあ、咲人のクリエイティブイマジネーションがもはや達人の域に到達したのはある意味優加のおかげであるから、いいのかもしれない。
「ちっちっちっ、それじゃあ面白味が足りないわよ」
そこに刺さってきたのは余裕顔の水島優子。てっきり、咲人同様、優加からの無茶ぶりに振り回されているのでは、と思ったが、そうではないらしい。年季の違いか。
年季といっても、咲人と優子では一年しか違わないが。
「そういう姉さんはどう突破したのさ?」
「そりゃ、シルフちゃん使って花びらをわあって」
礼人と咲人は思い浮かべる。確かにそれは映えそうだ。
「姉さんはいいよね、クリエイティブイマジネーション以外の技能もあるから……」
「何言ってるの咲人、クリエイティブイマジネーションも立派な一技能よ。使い方を考えれば、如何様にも変化するわ」
そう、クリエイティブイマジネーションはイメージすればなんでもできる。ある意味、万能なのだ。
「机直したり、バット直したり、教卓直したりするだけが貴方のクリエイティブイマジネーションじゃないでしょ」
「は!」
「ちょっと待って教卓って」
余談になるが眞鍋の余罪は一体いくつあるのだろう。
姉からの喝に何か目が覚めたような咲人は、項垂れていたところから顔を上げた。肩の手はそのままなので、顔が近い、と礼人は思った。
そこを優子が携帯でぱしゃり。
「ちょ、優子さん一体何撮ってるんすか!?」
「あとで雪ちゃんに売ろうかと」
「ちょっと!?」
「礼人、僕と付き合って」
「待て待て咲人乗せられるな」
「あらこれはビデオカメラの方がよかったかしら」
「違いますから!」
嘆く礼人の言を聞くことなく、咲人は礼人の腕を取り、引っ張っていく。「リードされちゃってひゅー」とか言っている優子を余程木刀で殴ってやろうかと思ったが、なんとか思い留まった。
文芸部には部室倉庫なる部屋があり、そこに礼人は咲人と入ることになった。幸か不幸か倉庫に人の気配はない。
咲人が振り向く。
「ちょっと思いついたんだ。上手くいくまで実験に付き合ってほしい」
「うん、その説明が欲しかった」
「付き合ってほしい」だけでは大いなる誤解が生まれることは間違いない。まさか優子が腐女子の尖兵だったとは。今頃眞鍋に電話でもして、事件よ、と事のあらましを話しているにちがいない。
それを思うと溜め息しか零れないが、咲人のこのきらきらした目を前に、礼人に断るという選択肢はなかった。こくりと首肯して、その思いついた内容というのを聞く。
「それはね……」
礼人は思う。
結局なんで自分はここにいるのだろう、と。
礼人は咲人に引っ張られて、水島邸に来ていた。何故か。咲人の付き添いとして。
今、礼人と咲人は優加を目の前にしている。礼人はぼんやり、いつ見てもこの人のラスボス感は半端ないな、と考えていた。
「母さん」
緊張気味の固い声で咲人は優加に声をかける。咲人の緊張が伝染して、なんだか礼人まで緊張してきた。
「は、母の日のプレゼント、持ってきたよ」
「ほう?」
優加の挑戦的な目付きに礼人は思わず生唾を飲み込む。まるで、「また赤いカーネーションとか出したらどうなるかわかっているわよね?」と言わんばかりの目だ。控えめに言って、怖い。
ところが、咲人が優加の目の前に出したのは、赤いカーネーションだった。
「これは?」
優加の冷たい視線が突き刺さり、自分が睨まれているわけではないのに、礼人は逃げ出したいような気分になった。これを受けて平然としている咲人はよっぽど胆が据わっている。いや、咲人の場合は慣れからか。
優加に払われそうになったそのとき、赤いカーネーションに変化が訪れる。ジジ、というテレビのノイズのような、パソコンのバグのような、けれど不思議と嫌な感じのない電子の煌めき。
「これは……礼人くんが関わったの?」
「いえ、咲人が考えて咲人が実行しました。……お楽しみはここからです。受け取ってあげてください」
「ふーん……」
優加は一応納得を示したのか、赤いカーネーションに手を伸ばす。
優加の手が触れたその瞬間。
ぱぁんっ
カーネーションが弾けて、クラッカーを鳴らした。優加に盛大な紙の雨が降り注ぐ。優加は目を丸くしてそれを受けていた。
「『
咲人は得意げに笑った。
咲人が思いついたのは、クリエイティブイマジネーションで赤いカーネーションからクラッカーへと変化させるサプライズだった。
しかし、ただクリエイティブイマジネーションで赤いカーネーションを作ったのでは、きっと優加は受け取らないだろう。
そう思って考えた策が「疑似クリエイティブイマジネーション」だった。幸い、咲人には記号タイプの才能があり、疑似技能を使うこともできたのだ。それに元々精巧な咲人のクリエイティブイマジネーションを足し算すれば、この通り。
優加の呆気に取られたような表情はなかなか見られるものではない。サプライズは成功のようだ。
やったな、と口には出さずに礼人は咲人と視線を交わす。咲人は嬉しそうだった。
が。
「お母さん嬉しいわあ、咲人がこんなに成長しているなんて」
嬉しい、と言われているのに、礼人と咲人はぎくりと固まった。これは経験則である。
優加が自分を「お母さん」というときは、何かしらの「教育」が成される。
そしてその「教育」はろくな内容ではない。
優加は紡ぐ。
「咲人はちっちゃかったから、忘れちゃったのかなぁ? 『クラッカーは人に向けて打っちゃいけない』んだよ?」
確かに、それは正論である。
「咲人? でもお約束はお約束だから、ね?」
可憐に首を傾げるその様子は、礼人と咲人には悪魔の微笑みにしか見えない。
「約束を破った子には、お仕置きだね」
優加のお仕置きなんて、決まっている。
「久しぶりねぇ、真実ちゃんの神社」
「なんで俺まで……」
「早速妖魔がああああっ」
元礼人宅を訪れ、妖魔討伐をすることに。
礼人は完全にとばっちりだった。
終わったのは黄昏時。さすがに夜の妖魔まで相手させるほど優加は鬼ではなかった。
礼人は忘れかけていた白いカーネーションを、母の墓に供えた。
白いカーネーションの花言葉は「私の愛は生きている」。
届くだろうか、と礼人は夕焼けを見据え、咲人と共に、学園に帰った。
優加は家に帰ってから、咲人が仕掛けていたもう一つのものを開く。
とても短い手紙だった。これを媒体に赤いカーネーションとクラッカーを形にしたのだろう。
「母さん、育ててくれて、ありがとう」
何の飾り気もない言葉だったが、優加は満足そうに微笑んでいた。
余談。
「ちょっとさっきー! とうとう阿蘇くんとデキたんだって!?」
「いや一体何のことだい? 眞鍋さん」
「だって、優子さんが、さっきーが阿蘇くんに告白したって」
「あんの馬鹿姉ー!!」
文芸部は今日も賑やかだ。
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