第13話 地獄のゴールデンウィーク

「わぁい、明日からゴールデンウィークだー!!」

 普通の反応をしているのは文芸部部長、清瀬なごみである。まあ、ゴールデンウィークと言ったら、みんな大体こんな反応だろう。妖魔討伐漬けの毎日を送る生徒たちのために、長期連休に合わせて休日を設けている聖浄学園。自宅に帰ることも許されているため、妖魔に怯えることなく休日を得られる大型連休を喜ぶ生徒は多い。なごみでなくとも、浮き足立っている生徒はいる。いつも澄ました麻衣もゴールデンウィークという言葉に少し口角を上げ、長い髪を弄っている。

 だが、そんな一見平和な文芸部部室にはなごみや麻衣の様子とは対照的にも程がある雰囲気を纏う者がいた。

 水島姉弟である。

 いつも浮かべているのほほんとした笑顔はどこへやら。優子は無表情で携帯端末を見下ろす。その手が微かに震えている理由は弟である咲人にしか察することはできなかった。

 そんな咲人の表情も暗い。暗いというか無表情というか真顔というか怖い。あは、あははは、と力ない笑みが口から零れていく様は妖魔が上げる奇声と遜色ない。むしろこちらの方が怖いかもしれない。

 そんな水島姉弟はどちらともなく視線を交わす。そこはさすが姉弟といったところか。互いの思惑を察し、水島姉弟は頷き合って、すぐさま行動に出た。

 部室にゆったりとした足取りで入ってきた阿蘇礼人に迫る影。礼人からするとそれは見慣れた影で、幼なじみで、親友だった。……両親のいない礼人は幼少より水島家との親交が深い。

 それゆえの不運と言えようか。水島姉弟に目をつけられることとなってしまった。

 がっと咲人に肩を掴まれた礼人は、一瞬何が起こったのかわからず、目を瞬かせる。それから咲人の顔と表情を認識し、身構える。咲人からは尋常ではない仄暗いオーラが出ていた。朗らかな普段の様子はどこへやら、だ。

 しかし、礼人が戸惑うことはなかった。何故なら、咲人がこんな表情をするときは、大抵水島優子か彼の人物が悪巧み──ごほんごほん、無茶ぶりをしてきたときだからだ。

 ちらと部室を見回し、幽鬼のように暗いオーラを放つ優子の姿を捉え、礼人は確信する。これは彼の人物──水島姉弟の母である聖浄学園伝説の縫合タイプ、水島優加の悪巧み──げほっげほっ、謀であると。

「礼人、ゴールデンウィークって暇? 暇だよね? 暇以外の何物でもないよね? よし暇だねわかった」

「待て咲人、落ち着け」

 ぽん、と咲人の両肩を叩く礼人。しかし咲人の表情が一ミリたりとて変わることはなかった。暇だよね? と訊ねながら、壊れたからくり人形のように首をぎこちなくかくんと傾げる様は軽くホラーである。

 礼人がゴールデンウィーク期間中暇なのはまあ当たっている。帰る家がないも同然の礼人は、学園に残って生徒がいない分妖魔討伐を請け負う教師陣の手伝いに回るつもりでいた。そういう生徒も少なくないのだ。

 だが、咲人、及び優子に目をつけられてしまった以上、それでは済まないことが確定した。

 礼人ははあ、と嘆息し、話を聞くから、と適当に座った。まあ、話を聞くと言った時点で巻き込まれることが確定なのは経験則でわかる。

 優子が携帯端末の画面を見せてくる。そこには一通のメールが表示されていた。差出人は大方の予想を裏切らず「水島優加」となっている。

 そこにあったのは、たった一言。




「ゴールデンウィーク、帰ってくるのを楽しみにしているわね(^ー^)」




 ああ、と礼人はその一文だけで察してしまった。水島姉弟のゴールデンウィークがどのようなものになるのか。そこに巻き込まれる自分がどうなってしまうか。

 頭を抱えるしかない。

 水島家は妖魔討伐において英才教育を受けている。故に優子は創作タイプ第五位などという高ランクの技能を持っているし、姉ほど秀でた才能はないものの「クリエイティブイマジネーション」において咲人は右に出る者のないほどの実力を誇っている。

 その英才教育の内容や如何に、というと、まあ英才教育という聞こえの良さで取り繕った実戦祭りである。

 礼人は知っている。たまに水島姉弟が「遊びに」来ると行き先は大抵寺社仏閣、墓地その他諸々黄泉路の開いている場所をまるで観光名所でも巡るかのように巡るのだ。

 黄泉路が開いていれば当然、妖魔が出るわけで。

 当時、確証はなかったが、礼人を連れて出ると、五割増しで妖魔が出て、幼い三人は己の技能を駆使して戦ったものだ。もちろん、討ち漏らしがあった場合、保護者である縫合タイプの優加が処理していたが、討ち漏らした場合、更に墓地の奥深くに連れて行かれたり、優加との手合わせをさせられたりした。

 優加は伝説と呼ばれるだけあって、えげつなく強い。それに一回でも勝たないと解放してもらえなかったことは記憶に鮮明に残っている。水島優加と妖魔、どっちがましかと言われると、たぶん妖魔じゃないかと礼人は思う。




 そんなわけで、礼人のゴールデンウィークの予定は埋められた。






 ゴールデンウィーク初日、ピクニック気分で笑顔で寮を出る生徒たちの中で、礼人、咲人、優子の三人は目立った。葬式にでも行くのか、と問われたほどだ。ちなみにその問いに対して咲人は目の笑っていない笑顔を浮かべ、「似たようなものです」と答えた。答えられた側は何を思ったか脱兎のごとく逃げ出したそうな。

 水島邸は聖浄学園から近い。徒歩五分ほどだ。

 着くと、満面の笑顔で水島優加が出迎えた。顔の作りは優子が似たため、糸目がちだ。

「おかえりなさい、優子、咲人。ようこそいらっしゃい、礼人くん」

 もうそれが死刑宣告にしか聞こえない。

 茶の間に通され、「一服茶は坊主に会うからね」と茶を二杯飲ますと、優加は己の得物である薙刀を持ってきた。もちろん本物を所持していたら、銃刀法に引っ掛かるため、観賞用のレプリカだ。

 優加の得物に「冗談であってほしい」という最後の希望が打ち砕かれ、諦めた一行は、立ち上がる。礼人は木刀を手に。創作タイプの二人は技能そのものが得物のようなものなので、持ち物はない。がさばらなくていいわねぇ、という優加の一言に咲人が力なく、そうですね、と頷いた。

 最初に向かったのは近くの寺だ。誰だ、一服茶は坊主に会うからと茶を二杯飲ませたのは。

 早速お坊さんに許可を取って、寺の周辺と墓地を散策する。一分もせずに会敵。

 大蛇の妖魔だ二股である。

「あらゆる事象は我が前にて氷解す『ハック』」

 礼人が即座に「ハック」を発動させ、妖魔の詳細を把握する。

「雷、電気系統に弱いらしいですよ」

「咲人、礼人くん、頼んだわよ!」

 記号タイプの礼人とクリエイティブイマジネーションが得意な咲人なら造作もない。が、扱いがあまりに雑、と思ったら、礼人の視界の隅にもう一つの妖魔反応。

「やっぱり引き寄せ体質は便利ねー」

 笑う優加を優子は思わず睨む。

 縫合タイプは体質的に妖魔や霊的なものを引き寄せやすい人物が多い。優加もその例に漏れない。

 統計の話になるが、縫合タイプが元々持つ妖魔対抗技能「まとえ」の能力が強いほど、妖魔を引き寄せやすい傾向にあるという。

 縫合タイプとして最高峰の力を持つ優加の纏が弱いはずもなく。妖魔は一気に三体に増えた。優子が咄嗟に対応したスライム状の妖魔が分裂したのだ。

「ちょっと待って事態が飲み込めない!?」

「妖魔は待ってくれないわよ〜」

「母さんは他人事だと思って」

 追加の説明であるが強い纏持ちであればあるほど、惹き付ける妖魔も強くなるという。

 礼人がスライムをハックで分析し、相性が悪いことを察する。

「そいつの弱点は薬合タイプ。粉塵タイプの攻撃に弱いようです」

「あら、咲人今日は大活躍ね」

「姉さん働いて!!」

 咲人が絶叫しながら、クリエイティブイマジネーションで鱗粉を降らせる。雪の舞うような幻想的な光景が広がり、直後スライムが痺れて動けなくなる。弱った隙を見逃さず、礼人は攻撃用記号を構築して切り裂き、有無を言わせず浄化。

 一方大蛇の方にも鱗粉の痺れ効果は効いており、咲人が稲光を拳に纏わせる。優子もただ見ているわけではなく、水精霊ウンディーネを呼んで咲人の補助をする。水と雷の相性というやつだ。

 咲人の一打が大蛇を貫く。大蛇は水精霊の力でそのまま浄化される。

 が、新たな敵出現。獅子型妖魔という一般的なものだが、図体がでかい。

「悪鬼を切り裂け人の造りし刃よ!」

「クリエイティブイマジネーション!」

風精霊シルフ!」

 そこから数時間激闘が続いた。

 お昼休み、と寺の和尚さんのご厚意でお茶を頂き、軽い精進料理も振る舞ってもらった。

「さあ、はしごするわよー!」

 元気な優加の声に、ついていく三人の目は死んでいた。

 礼人が紡ぐ。

「これがあと十日くらい続くのか……」

「やめて礼人、今は現実を教えないで」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る