第12話 無茶をしないこと

 あまりにも自然に挨拶されたものだから、礼人も自然にこんばんは、と返した。

 直後、一瞬で礼人との距離を詰めたまことは、礼人の額を弾く。

「いてっ」

 思わず額を押さえる礼人。目を開けると、膨れっ面のまことの姿が。

「一人で無茶をしようとしたお仕置きです」

「無茶って……」

 無茶も何も、礼人には慣れっこなことだった。何故なら礼人はいつも一人で戦っていたからだ。神社の人間は得てして縫合タイプであった。縫合タイプは基本的に結界を張ることが取り柄で、妖魔との戦闘向きではない。すると自動的に記号タイプである礼人が戦うことになる。

 それが妖魔戦における阿蘇礼人の当たり前であったため、今まことにでこぴんをされた理由が全くわからない。

 そんな礼人の様子に、まことは呆れたような溜め息を吐き、人差し指を立てて解説する。

「いいですか? ここは聖浄学園です。昼間も話したと思いますが、妖魔戦闘において経験値豊富な方がたくさんいます。だから、一人で戦う必要はないんです」

「あ……」

 確か、まことが文芸部に入部した理由がそれだった。自分の負担を減らす。……礼人にはない考えだった。

 そうだ。昼間、優子、まこと、自分の三人でやった戦闘はやけに楽ではなかったか?




 そう、まことの言う通り、一人で背負う必要はないのだ。

「それに」

 まことは付け加える。まだ何かあるのだろうか?

「阿蘇くん、本調子じゃなかったんでしょう? 動きが鈍かった」

 さすがというべきか。礼人の体調不良まで見抜いていたとは。妖魔の消え去った今、先程の痛みは嘘のように消え去っているが。

 だが、まことはやはり怒っていた。

「一人で無茶しないでください。無茶しなくてもいいんです。ここには戦える人がたくさんいるんだから」

 まことは礼人の手を握る。その体温がじわりと伝わってきて、礼人の体に染み、癒すようだった。

 正体はすぐにわかった。主に調理実習部に集まる、回復系統の薬合タイプの能力「癒しの光」だ。礼人の疲労を癒していく。

「脂汗まで掻いて……そんなぎりぎりまで頑張る必要はここではないんです。昼間の優子先輩の戦いぶりだって見たでしょう? ここには頼れる人がいるんです」

 まことは礼人から手を離すと、その手を胸元できゅ、と握りしめた。

「それに、わたしだって……」

 そう、万能タイプ、しかも高レベルであるまことは誰よりも戦える。

 言外にまことは頼ってほしいと告げていた。

 礼人は戸惑っていた。まことの不安げな表情、心配という感情に。こんな顔をさせたくて戦っているわけじゃない。

 礼人は意を決して頷いた。

「わかった。鋭意努力する」

「じゃあ、約束です。夜でも、わたしの寮は遠くないですからね。いつでも声かけてください。はい」

 何気なく小指を差し出される。なんとなく、意味を察して、礼人は恐る恐る小指を絡めた。

 まことは呑気に歌う。

「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」

 日本古来より伝わる、なかなかに物騒な約束の形式。子どもの遊戯であるように伝わっているそれだが、まことが歌うとそれは浄歌のように神聖なもののように思えた。何か加護のついたような気分にさえなる。

 礼人は何気なく笑みをこぼした。それにまことも、月明かりに照らされて、満面の笑みを綻ばせた。

 それはそれは美しいものだった。




 一方。

「優子ちゃん、出ていかなくてよかったの?」

 そんなほのぼのとした二人を見つめる影が二つ。優子と呼ばれた彼女は茶髪の長い髪をたなびかせ、悠然と佇んで、二人を見守っていた。傍らに座す人物に二人を見据えたまま応える。

「なんだか私が言いたかったこと、全部まことちゃんが言ってくれたみたいだし? そもそもなごみん、あの空気の中に割って入れる?」

「馬の足に蹴られるのは御免だね」

「でしょ」

 妖魔の気配に気づいて起きた水島優子と清瀬なごみは、二人を微笑ましく見守っていた。

「しかぁし! 部員の不純性異性交遊を見逃すのも、部長としてどうかと思うのだが」

 そんななごみの意見に優子はにたりと笑う。

「そこは明日盛大にからかってあげればいいじゃない」

「さすが優子ちゃん。性悪だね」

「ふふ、これで礼人くんへの脅迫材料が増えたわ」

「ちょっとお嬢さん!? 今脅迫って言いませんでした!?」

「あらやだ口が滑っちゃったわ」

「阿蘇くんよくこの人の幼なじみやってたなぁ、尊敬するよ」

 コミカルな会話を交わし、優子となごみはそれぞれの部屋に戻った。

 戻りながら、優子は胸がざわつくのを感じていた。




 最近なりを潜めていた妖魔の動向がいきなり活発になった。一日に三体、しかも一体は夜の強力な妖魔。

 朧気ではあるが、何かとんでもないことがこの学園で始まろうとしているのではないか、という胸騒ぎが優子を掻き立てる。


 あの子のこともあるし……




 そんな優子の懸念が懸念で済むかどうかはまた別の話。






 夜中のとある一室で、少年が呟いた。

「あー、やられちゃったか。結構強いの引っ張り出してきたのになぁ。阿蘇くんと万能タイプの長谷川まことちゃんは侮れない存在ってことかぁ。それに文芸部には『五大精霊使いフィフスエレメントテイマー』が健在だし、計画は思ったより手こずりそうだなぁ。まだ前哨戦ですらないけどね」

 少年は、誰に聞かれることもなく、言った。

「まあ、ゲームは障害があった方が面白い。……だったら、見せておくれよ、『人に与えられし力』と『アレ』の持ち主、阿蘇礼人くん」

 少年は愉しそうにくつくつと笑う。

 まるで、これから起こることを予期しているように。

 それが少年にとって満足な結果になるとわかっているかのように。




 礼人は部屋に戻るとジャケットをハンガーにかけ直し、布団へ向かう。さすがに疲れた。

 夜の妖魔を相手にするのは久しぶりだったから。まことの助けがなかったら、どうなっていたことか。

 まことの言葉に目が覚めたような心地がした。

 一人で抱え込まなくてもいい。

 それなら──






 いつか、この胸に埋められたものの正体を仲間と一緒に暴いて、共に立ち向かおう。




 阿蘇礼人はその日、新たな誓いを立て、やがて眠りに就いた。


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