第10話 クリエイティブイマジネーション
しかし、「エキゾチックイメージ」で強化されたピコピコハンマーは、
めりっ
机から出てはいけない音を出させた。
「あ゛」
眞鍋が固まる。というか全員固まった。いや、なごみだけのほほんと笑っている。
なごみが机をとんとん、と指で眞鍋に示す。眞鍋はわかりやすく凍りつく。
「『また』壊したねぇ、雪ちゃん」
「また!?」
常習犯なのか!? と礼人は眞鍋を二度見する。
なごみは立ち上がり、今度はティーセットの乗っていた机を示す。それから移動して掃除用具入れをとんとん。ロッカーをとんとん、果てには用途不明のプラスチックバットまでとんとん。とんとん、となごみが指で示すごとに、次第に眞鍋の顔が青ざめていく。
というか。
「何そんなにやらかしてるんですか!?」
驚愕しかない。あはは、となごみが乾いた声で笑う。糸目のためわからないが、なんとなく目が笑っていないような気がする。
「い、いやぁ、あの、ですね、うん、力加減がまだ上手くないというか」
「その言い訳、二年生になった今でも通用すると思っているのかな? 先輩はこう見えて激怒ぷんぷん丸だよ?」
でしょうね、と心の中で相槌を打ちつつ、そっと礼人はテーブルクロスを持ち上げた。強化されたピコハンの当たった部分が見事に折れている。
ピコハンの威力より、礼人が気になったのは、この後の処置。普通に考えて、弁償だよな、いくらするんだろう、と他人事ならではの冷静な思考回路で考える。明日は我が身かもしれないが、礼人は記号タイプで強化した木刀で物を殴るほど脳筋でも馬鹿でもないし、幾多と知れぬ妖魔との対戦経験により、能力のコントロールができないということなどないのだ。
聖浄学園に通っているからにして、タイプ技能を保持し、妖魔と対戦経験はあるだろう。だが、文化部などの部活ごとに対戦成績に格差があることから考えると、生徒一人一人の能力値にも格差があるであろうことは窺える。
つまりここ一連の会話から考えると、文芸部員眞鍋雪は妖魔対戦経験が少なく、タイプ技能を使いこなせていないということになる。
ピコハンを武器にするという点では面白味という点で興味をそそられたが、一気に畏敬の念が消え失せる。
「……何やってるんですか」
零れたのは呆れの言葉だった。眞鍋は返す言葉もない。
そこで、溜め息を吐き出しながら立ち上がったのは──近くにいた咲人だった。
眞鍋を見やり、じとっとした目で呟く。
「これで何回目の貸しかな?」
「うっ」
呻く眞鍋の傍らで礼人が気になったのは、咲人の口にした「貸し」という言葉。
普通に考えてこの机は眞鍋が弁償か、部費で新しいのを買うか、だ。遊び道具を買うくらい予算に余裕のある文芸部だから、机の一つや二つくらいは買えるだろうが、眞鍋に余罪があることから考えると、それはない。
何より、今咲人が立った。それが最も不自然なのだ。──まるで咲人がこのぶっ壊れた机をなんとかするとでも言わんばかりに。
「僕がやるのはいいけど、眞鍋さん、何か言うことなぁい?」
「……お願いします、さっきー」
「変な渾名で呼ぶ癖はこの期に及んで変えないのか」
まあいいや、と咲人は机の患部に手を当てる。何が始まるのだろう? と礼人が目をぱちくりとすると、なごみが言う。
「新入生ちゃんたちはよく見てな。彼が創作タイプ中級『
クリエイティブイマジネーション、とは創作タイプの基本技能だ。想像を創造する。創作タイプの基礎の基礎。
咲人は集中ができたのか、机の患部に当てた手を見つめ、唱える。
「『クリエイティブイマジネーション』」
やけに澄んだ声と共に、ふわりと風がそこから広がっていく。テーブルクロスが微かにそよいだ。そよぐ風はまことや優子、麻衣の髪を揺らす。
「はい、完了」
咲人が手を離すと、そこに折れた木の机はなかった。一ミリの狂いもなく、そこにあった机がありのままの姿を取り戻していた。
「いつ見てもいい出来だねぇ」
「あはは……鍛えてますから」
「『クリエイティブイマジネーション』だけを取ったら、確実に私より技術は上よ」
「あはは……鍛えてますから」
後者の方が咲人の言葉に苦笑が混じった。創作タイプ第五位の階級技能を持つ姉のいる身だ。気苦労は計り知れない。
だが、そんな咲人も姉の優子より勝るのが、この精密な「クリエイティブイマジネーション」なのだろう。
クリエイティブイマジネーションとは名の示す通り「創造的想像」である。想像したことをそのまま現実にするという能力なわけだが、ここで重要になってくるのが「想像力」である。
どんな「クリエイティブイマジネーション」も想像の上に成り立つものであるから、まず、想像ができなければ、いかに創造力があっても出来のいい「クリエイティブイマジネーション」にはならないのである。
まあ、今起こった現象を一口にまとめて言ってしまうと、咲人の精緻を極めた「クリエイティブイマジネーション」が壊れた机を元通りにしたということになる。おそらく同様の措置を他の眞鍋の余罪でもこなし、それが「貸し」という言葉になっているのだろう。
礼人は先程ばきっとなっていた部分をこんこんと叩き、改めて咲人の「クリエイティブイマジネーション」の精密度の高さを確認する。
「すごいな」
純粋な感嘆が口を突いて出る。咲人は少し照れくさそうに笑った。
「まあ、僕にできるのはこれくらいなもんだからね」
そう、その異常なまでの「クリエイティブイマジネーション」の精密さが、咲人の階級技能「
「
中の中ということは、他の階級技能から見た「基準」となる技能なのだから。それはつまり創作タイプの基準で基本の能力だからだ。
創作タイプの基本といえば、「クリエイティブイマジネーション」に他ならない。
つまるところ、「
咲人は水島家の人間だ。優子はもちろん、母の優加にも振り回されて育ったにちがいない。
それが異様なまでの「クリエイティブイマジネーション」の経験値積みになったことは言うまでもないことだろう。
「お前も苦労してるんだな」
「……あはは」
礼人の労いに、咲人は本日最大の苦笑いをこぼした。
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