第9話 文芸部部員

 この状況は何なのだろう、と思いながら、礼人は目の前を見る。

 並ぶのは礼人と同じく文芸部新入部員の長谷川まこと。向かいには口から泡を噴いて死んだ目をしている部長の清瀬なごみ。なごみの隣には包帯でパイプ椅子にぐるぐると固定されたがたいのいい三年生部員の結城ゆうき大輝だいき。なごみの反対隣で長閑に紅茶を飲む平凡少年水島咲人。結城の隣には涼しい顔で姿勢よく座るツインテールの定禅寺麻衣。その向かいにニコニコ顔の水島優子。

 礼人は一連の騒動を見ていたから知っている。何がどうなってこうなったかを。だがしかし問いたい。

「どうしてこうなった」

 部室の様子を表すなら「カオス」の一言に尽きるだろう。

 まあ、何があったかというと、原因はほとんどなごみの能力で出したモノクルである。

 まず、姉のスリーサイズを見られたことを知り、咲人が意外にもシスコンを発動して、自らが作ったチョコレートマフィンという名の様々な意味でブラックなマフィンをなごみの口に突っ込んだ。あらん限りに。

 そこへやってきた結城が麻衣をからかいたかったのだろう、麻衣のスリーサイズをなごみに問い、そこからはお察し。怒りが頂点に達した人物が、ぎったぎたにしたのである。体格の差ってあんまり関係ないのだな、ということを礼人は学んだ。

 混沌としてきた場にさすがに可哀想ですよと自業自得フレンズに救いの手を差し伸べたのがまことである。

 なごみは半分気絶した状態で能力を消し、体をバッキバキにやられた結城は動けないと呻き、麻衣に「動かして」もらった。その結果がパイプ椅子にぐるぐる巻きの半ミイラ男事変の経緯である。

「まいこ、そろそろ許してあげたら?」

 善意なのか向かいの光景に飽きただけなのか、優子が言う。すると、無愛想にそうね、と返して、麻衣は立ち上がった。

 何が起こるのだろう、と思っていたら、麻衣は上に向けた掌に向かって何事か唱え始める。

「万象の変動を望まぬ平穏に住まう精霊よ、その善なる力で傷つきし者に癒しを与えたまえ」

 すると、麻衣の掌がぽう、と光る。明るくなった掌から、回転しながら小さな人形のようなものが出てきた。桜色の衣装を纏う小人のようなそれは、背中に透き通る四枚の羽根を持っていた。言い伝えに聞く「ピクシー」みたいだな、という感想を礼人は抱いた。

 麻衣はそんな妖精と目を合わせると、少しはにかんだ。それから親しげに語りかける。

「召喚に応じてくれてありがとう、ヒーリングフェアリー。早速お願い」

 麻衣の言葉にこくりと頷くと、ヒーリングフェアリーと呼ばれた妖精は麻衣の掌から飛び立ち、結城の上をくるくる回った。それから、なごみの上もくるくる回る。鱗粉のような光を散らしながら。

 ヒーリングフェアリーが去っていくと、死んだ目をしていたなごみに生気が戻り、はっとしたように目を覚ました。結城も、痛いと呻いていたのが止む。

「これは一体……」

「創作タイプ上位技能『ヒーリングフェアリー』よ」

 桜色の妖精が麻衣の掌の中に吸い込まれるように消えると、麻衣は説明した。

「これが私の技能。戦闘向きじゃないんだけど、ヒーリングフェアリーを召喚して回復を行う能力。怪我とか毒とかならフェアリーの聖なる光で大抵は治せるかな」

「すごいです! 確か創作タイプの上位技能の中でも習得が困難な技能ですよね。ヒーリングフェアリーの技能を得るためにはヒーリングフェアリーと契約しなければならないから」

 まことが尊敬の眼差しを麻衣に向ける。麻衣は満更でもなさそうだ。

 まことの口にした通り、フェアリー系の技能は召喚を行うため、フェアリーと契約を結ばなくてはならない。

 フェアリーと契約できることの何がすごいかというと、フェアリーという生き物は案外堅物なのだ。人間に悪戯するのが好きなピクシーも悪戯するだけで服従はしない。服従系のフェアリーなんて「ブラウニー」と呼ばれる種族くらいなものだ。

 そんなわけで、気位の高いフェアリーと契約を結ぶのは難しく、契約を結ぶだけでも高い評価を得られる。

 麻衣のすごいところは、フェアリーと契約したばかりでなく、フェアリーを使いこなしているところだ。フェアリーというのは契約まで漕ぎ着けても、なかなか上手く使役はできない。つまり思うように動かせないものなのだ。

 それを麻衣は平然とやってのけた。なかなかできることではない。

「まあ、フェアリーは幼い頃からの友達みたいなものだから……色々あるのよ」

 さすが、訳あり部と称されるだけのことはあって、麻衣も訳ありでこの部活にいるようだ。フェアリー系の使役者は演出などのために演劇部なんかに引き抜かれそうなものだが。

 訳あり部は来る者は拒まず、去る者は追わず、過干渉しないことを掲げているため、その辺りの訳は聞かない方がいいだろう。

 沈黙が場に舞い降りる。なんとなく気まずい。

 しかし、




 ばたーんっ




 そんなシリアスな雰囲気を完全に無視して部室の扉が開けられる。入ってきたのは黒髪ボブカットに眼鏡をかけた女子生徒。学年はバッジから見るに二年生である。

眞鍋まなべゆき、只今参上でござる!」

 礼人はその人物に思わずうわぁ、と思う。キャラが濃そうだ。というか、濃い。

 この部活キャラ一人一人が濃すぎないか、となんだかよくわからない心配が浮上してくる礼人。誰も眞鍋に反応しない。なごみはのほほんとしてどこ吹く風、優子も同じだ。咲人は同学年のはずだが、必死に目を合わせないようにしている。奥の二人は何も言わない。

「ちょっと! 誰か反応くらいしてくださいよぉ!」

 眞鍋が悲鳴を上げる。哀れに思ったのかまことが何か言おうとするが、言葉が浮かばないのか、口をぱくぱくするばかりである。

 礼人が仕方ないといった風に振り向き、口を開く。

「はじめまして。どうも」

 するとよほど嬉しかったのか、眞鍋は目をきらんと輝かせる。

「君は新入生くんだね? 部室にいるってことはこの部に入ってくれるの!?」

「はい、まあ」

「名前は?」

「阿蘇礼人です」

「れいとくんか! なるほどよろしく!」

 勝手に手を取り、ぶんぶんと握手をさせられる。なんか腹が立って、礼人はその手を振り払った。

 つれないなあ、と眞鍋が唇を尖らせる。礼人は無視し、話題をそっと口に出す。

「そういえば、先輩はどういう技能を使うんすか?」

 その質問に得意げに眞鍋は胸を張る。

「よくぞ聞いてくれた。私の技能は『エキゾチックイメージ』! あ、結城先輩、ピコハン取ってください」

 その言葉に礼人はまさか、と身構える。結城は後ろからピコピコハンマーを手に取り、ひょい、とコントロールよく眞鍋に向かって投げる。

 ナイスコントロール、とか上から目線のコメントをし、眞鍋はピコピコハンマーを一度、机にぶつける。やはり、ぴこん、という間抜けな音がした。

「タネも仕掛けもありませんよぉ」

 マジシャンよろしくそんなことを言い、ワン、ツー、スリー、と合図をすると、ピコピコハンマーに不思議な光がまとわりつく。

「いっきますよー」

 そう言って眞鍋が思い切りピコハンを机に叩きつける。




 だんっ




 ピコピコハンマーとは思えない、硬質な音が響く。

「まじか……」

 へへん、と胸を張る眞鍋に礼人は唖然とした。


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