第8話 水島姉弟

 部室に戻るとモノクルをつけたなごみとお茶を淹れた麻衣に出迎えられた。

「妖魔討伐お疲れさまー。さあ今度こそティータイムだー」

「その前に討伐報告でしょ」

 びし、とツッコむ辺り、麻衣はしっかりしている。

「ところでそのモノクル何すか?」

「よくぞ聞いてくれた!」

 なごみがやけに高いテンションで礼人の問いに答える。

「これこそ僕の技能『エキストラ×エキストラ』なのだよ!」

「創作タイプって想像を実現するタイプって聞いたっすけど、思ってたのとなんか違うっすね」

「まあ、なごみんのは特殊だからねぇ」

 すっかりティータイムモードになったテーブルに着きながら、創作タイプの申し子と言える優子が説明する。

「創作タイプだけではなく、タイプ分けごとにそれぞれの技能というのがあるわけ。例えば歌唱タイプの『浄歌』、記号タイプの『ハック』、創作タイプだと『クリエイティブイマジネーション』かしら。

 ただね、歌唱タイプに『浄歌』以外の歌があるように、創作タイプには階級技能というものがあるの」

「確か、優子さんの『五大精霊使いフィフスエレメントテイマー』は第五位、でしたっけ」

「ええ。第何位と表されるのは十位までだけれど、他にも創作タイプには幾千と知れぬ階級技能があるわ。その階級技能の一つで下位とされながらも稀少と呼ばれるのがなごみんの『エキストラ×エキストラ』」

 いつの間にか用意されていたクッキーを頬張っていたまことがそこで反応する。

「わたし、聞いたことあります。万能タイプ如何はその創作タイプの『エキストラ×エキストラ』という能力を基準に考えられているのだとか」

「ご名答。『エキストラ×エキストラ』は万能タイプの下位互換だと考えていただければ」

 なごみがまことの言葉に頷きながら、端末で討伐報告を済ませていく。

 そう、なごみの言うように「エキストラ×エキストラ」は万能タイプの下位互換であるというのが一般の認識だ。より精密に表現するなら、「どのタイプにおいても『エキストラ×エキストラ』以上の能力を発揮できない場合は万能タイプとは呼ばない」となるが。

 創作タイプ下位技能「エキストラ×エキストラ」は簡易の万能タイプ能力である。制御ができない万能タイプ、というのが一般に知れ渡った知識だ。

 わかりやすく比較すると、「エキストラ×エキストラ」が使えるなごみより、万能タイプのまことの方がぶっちゃけ強いという話になる。

 しかし「エキストラ×エキストラ」もなかなか使える人物がいないため、まだ謎の多い技能ではある。

「で、そのモノクルはどのタイプなんです?」

「記号タイプ『ハック』の強化版能力だね。妖魔の強さ、弱点、特性、諸々がわかるだけじゃなく、ゲームっぽい表現で言うとHPバーみたいなのが見えるし、妖魔だけじゃなくて、人間のやつも色々見えるよ。HPバーはもちろん、持っている技能、特殊技能、それから……ぶふぉっ」

 なごみが説明の最中、どっから出てきたか不明のマフィンを食べて吹き出した。汚い、とは思ったが、なごみは吐き気を催している模様で責めがたい。礼人が毒でも入っているのか? とマフィンの一つを手に取り、すんすんと臭いを嗅いでみると、マフィンにあるべき甘い香りに混じり、なんとも形容しがたい異臭が微かにした。真夏に冷蔵庫に入れ忘れた納豆、とでも言えようか。

「あーっ」

 そこに闖入者現る。振り向くとそれは礼人の見知った顔だった。髪は地毛の茶髪である以外は取り立てて特徴のないどこにでもいそうな男子生徒。制服のバッジから二年生であることがわかる。

 その人物が倒れ伏したなごみの手からもうなんだかゲテモノにしか見えないチョコレートマフィンをつまみ上げ、怒ったように口を尖らす。

「勝手に食べちゃだめですよ。僕が作った試作品なんですから!」

 その一言に全てを察したような表情になり、礼人は真顔で手にしたマフィンを元の位置に戻した。犠牲となったなごみに南無三と唱える。

「よぉ、相変わらず料理下手なのな、咲人」

「あ、礼人! 文芸部に来てくれたんだ! 嬉しいなぁ」

 料理スキルについて完全にスルーしたこの生徒こそ、水島優子の弟にして阿蘇礼人の幼なじみ、水島咲人である。タイプは姉と同じく創作タイプ。階級技能は中位「騎士ノーマライズ」というコメントしづらいほど中の中という平均的な能力値の生徒である。

 そんな一見何の特徴もない咲人の唯一にして最大の特徴が壊滅的なまでの料理下手である。本人に自覚はあり、前向きな姿勢で改善に取り組んでいるのだが、なごみの惨状をご覧になればわかるだろう。一向に料理スキルは上がる気配を見せない。マフィンなんて中学家庭科で習うような料理であるが、何故か失敗する。

「マニュアル人間の咲人が一体何故料理本を見ながら作ってこんなゲテモノに仕上がるんだ……」

 礼人は密かに嘆息した。実は理由は知っている。

 水島家という一族は何故かわからないが、どこかしらに悪戯心を芽生えさせてしまうのである。咲人は対人関係でそれを現すことはないが、その分、料理にいったと考えられる。魔が射した、といって、とんでもないものを料理に混ぜる気質があるのだ。幼なじみである礼人は一体何度それに泣かされたことか。……数えたくもない。

 その悪戯心の奥には優秀すぎる姉を持つが故の劣等感というものがあるのもなんとなくわかっている。何か一つくらい姉に勝ちたいという男心がわからないわけでもない礼人はいまいち咲人を責めることができない。

「まあ、食べちゃったものは仕方ないですね。ところで部長、そのモノクルは一体?」

「『エキストラ×エキストラ』の能力だよ」

 以外と回復の早かったなごみが再び説明をし出す。

「今回出たのは記号タイプ『ハック』の強化版とも言える能力だね。妖魔についてのハックだけでなく、人間についてのハックもできる。体力がどれくらい残っているかとか、どんな技能があるか見分けられる。戦術士向きの能力じゃないかな」

「へぇ、いい能力ですね」

 黒マフィンを片付けながら咲人が頷く。

 調子に乗ったなごみがでしょでしょー、と付け加える。

「しかもタイプ技能だけじゃなくて、身体能力とかも事細かに見られるんだぁ〜。例えば優子ちゃんのスリーサイズグッ」

 ふざけて話したなごみの口に容赦なくブラックマフィンを突っ込む咲人。先輩に対する態度としてどうかと思うが、今のはなごみの自業自得のような気がして、誰も咲人を咎めることはなかった。

「え、何々、清瀬面白そうな能力出してんじゃん」

 そこに新たな人物が入ってくる。浅黒く焼けた肌は健康的に見え、文化部には似合わないがっちりした体躯の人物が入ってくるなり、なごみの方に耳打ちする。

「ちなみに定禅寺のスリーサイズは?」

「うん、結城くん後ろ後ろ」

 結城と呼ばれたがたいのいい三年生の後ろには幽鬼のようにゆらりと立ち上がる小さな影。ツインテールが揺れる様がどこかおどろおどろしい。

 結城の背後を取った麻衣は体格差に臆することなく、背後から結城の腕を極め、前のめりに押し倒し、無理矢理海老反りにさせていた。結城のギブという声は当然聞く様子はなく、ありとあらゆる方向に関節を極めていた。

 その表情が無表情だったのがとても怖かった。


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