第7話 阿蘇礼人の家庭事情
「手慣れてるってレベルじゃないわね、これはもはや」
鮮やかすぎる妖魔討伐の様子に非戦闘員の麻衣は呆気に取られて見ていた。
なごみは相変わらずの糸目で呑気に微笑んでいる。
「かなり有望な新人ちゃんが入ったねぇ。片方は万能タイプって言ってたから、かなりのものだろうなとは思っていたけれど」
いつの間にやら糸目のなごみにはモノクルが出現していた。あまり開かれたように見えないその目には一体何が映っているのか。
その様子に気づいた麻衣が物珍しげな顔をする。
「珍しいわね、あんたが『エキストラ×エキストラ』を発動させるなんて」
清瀬なごみの創作タイプ技能「エキストラ×エキストラ」。ランダムにタイプ技能を発揮することができる、コントロールの利かない万能タイプのような力。その理解が一般的だ。
しかし、それは「エキストラ×エキストラ」の全てではない。クズ技能とされる「エキストラ×エキストラ」はクズ技能でありながら技能所持者の少ないタイプ。その持ち主であるなごみは当然「エキストラ×エキストラ」の隠れた才に気づいていた。
「確かに見事なもんだ。万能タイプにしたってまことちゃんは平均レベルが高いし、優子ちゃんが有能なのはいつものこと。だけどね、あの中で一番すごいのは記号タイプの彼だ」
「阿蘇とかいうやつ? あいつは純粋な記号タイプらしいけど……」
麻衣から見て、有能な記号タイプという以上の印象を受けない。
ただ、攻撃の標的を定めてからの動きは文芸部に所属する麻衣曰く運動馬鹿の剣士や剣道部にも引けを取らない。
故に、慣れているどころの話ではない、と麻衣は断じたのだが、なごみはそれ以上の何かを言いたいらしい。
「ところでそのモノクル、どんな効果なの?」
「今なら雫ちゃんが泣いて僕を欲しがるだろうね。何を隠そう、このモノクルは記号タイプ基本技能の一つ『ハック』を体現したものだよ」
雫とは記号タイプを擁するコンピューター研究部の部長。先程礼人を欲しがっていた様子を思い出し、麻衣は苦笑する。「ハック」は基本中の基本技能である。ハックくらいで欲しがるとは思えないが……
「ところがこのモノクルは『ハック』以上の能力があるんだよ。ハックは妖魔の能力しか見えないけど、このモノクルはななななんと、人間の能力値まで見えちゃうんだなあ」
「なっ、嘘!?」
まさしく万物は我が前に氷解す。妖魔の能力はもちろん、それを倒す人間の能力まで見抜くモノクル。確かにそれはコンピューター研究部部長が喉から手を出してでも欲しそうだ。
「優子ちゃんの能力が高いのは言うまでもない。万能タイプのまことちゃんも、中学で妖魔と戦っていたというのは嘘ではないんだろうね。経験値が高い。でもね、それ以上に……あの礼人くんの経験値は目を見張るものがある」
「経験値ってゲームじゃないんだから」
しかし、なんとなく言われていることを麻衣は理解する。窓から外に出て妖魔を討ち倒すまでの三人の手並みは経験値の高さを感じさせる。ゲームに例えるなら、あの三人は魔王を倒す手前まで行った勇者一行みたいなものだろう。
妖魔はさしずめモンスターといったところか。
「戦闘力で言ったら一番安定しているのは優子ちゃんでー、一番強いのがまことちゃん」
「ちょっと、阿蘇が一番すごいって言ってたのはどの口よ」
「この口ー」
「減らず口が減らしてやろうか?」
「まいたんいらい、ひっあんらいれ」
ふざけたなごみの回答に麻衣が頬を引っ張る。それで話は流れてしまった。
まあ、なごみも阿蘇礼人の何がすごいのか、を説明しろと言われたら難しかっただろう。それは言葉にするのは難しい、なごみの「エキストラ×エキストラ」の性質だからだ。
そんな長閑な日常を部室の二人が繰り広げている間、見られていることも知らず、礼人と優子はシリアスムードで会話をしていた。
「……まさか、礼人くんが妖魔を引き寄せる体質? 縫合タイプじゃあるまいし」
優子がそう口にした通り、礼人は縫合タイプではなく記号タイプ。そして縫合タイプの人間は何かと妖魔を惹き付けやすいという体質を持っている場合が多い。原因は不明だが、妖魔の闊歩する現代、一般知識であるほど有名な話だ。
だが、優子の言葉に礼人は首を横に振った。胸元を握りしめながら彼は告げる。
「俺は確かに縫合タイプじゃありません。けれど、これは体質ではない。俺の中には『何か』が埋め込まれているんです」
「埋め込まれている? 取り憑かれているとか、そういうのではなく?」
「埋め込まれている、と。父がそう遺していました」
優子が礼人の「父」という言葉に眉根を寄せる。礼人が続く言葉を紡ごうとしたところで、浄化に勤しんでいたまことが戻ってくる。
「浄化終わりました。お二人は何のお話をしていたんです?」
「あ、ちょうどいいわ。まことちゃんに教えてあげる。礼人くん家のヒ・ミ・ツ」
「えっ」
それらしく言うものだから、なんだかイケナイ話が始まるのかとまことは予期し、頬を若干赤らめる。その姿に優子はくすくすと笑う。
「反応が初々しくて素敵」
「ほぼ初対面の後輩を何からかって遊んでるんすか。相変わらずですね、優子さんは」
はあ、と呆れたような溜め息を吐く礼人と、むふふ、と楽しげに笑う優子。まことは二人の間できょとんとするばかり。礼人が半目になりながら、まことに告げる。
「別に面白い話でも可笑しい話でもねぇよ。俺の家の話だって」
「まことちゃん一体何想像したのー?」
「え、え、うええええっ」
如何わしい雰囲気を醸し出していた優子から、如何わしい内容を想像してしまっていたまことは見事なゆでダコになり顔を両手で覆う。
まさか、ただの家庭事情の話だったとは。
「ごめんなさいぃぃ」
「別に謝る必要はない。ただ、優子さんはこういうの好きだから、変にからかわれないように気をつけるんだぞ」
「は、はい」
「おお、経験者は語るねぇ。あ、まことちゃん、こんな礼人くんも私の掌の上で踊らされていた時代があってねぇ、知りたかったら色々教えてあげる」
「あ、知りたいです」
「言った側から踊らされるな」
礼人が鋭い手刀でツッコミを入れ、気づいたまことがあう、と謝るという情景。実に平和である。
「それで、阿蘇くんのおうちって何か特殊な事情があるんですか」
「ないな。両親がいないくらいか?」
「それ特殊って言いません?」
実の親は幼い頃からいなかったため、礼人にとってはそれが当たり前だ。
「母方の家に引き取られて育って、特に何も不自由はなかったからな。特殊な事情は家庭にはないぞ。ただ妖魔がわんさか出るだけで」
「充分特殊じゃないですか!」
まことも先程の礼人に負けないくらいツッコミを入れている。礼人は妖魔が出るのが当たり前で育ったため、いまいちわかっていない。
「いいですか。妖魔っていうのは黄泉路から黄泉に行けなくて瘴気の影響により変質、凶暴化した存在を指します。黄泉と繋がりのある寺社仏閣や元々黄泉路が開いているところじゃないとそうそう出てきません」
そう、特定の場所にしか出ないからこそ、妖魔は人間の日常をあまり脅かす存在ではなく、学校で対妖魔の方法が教授される余裕があるのだ。
そんなにほいほい出てこられては堪ったものではない。
「家が寺社仏閣なんだ。黄泉路開いてる」
「ええっ」
「まことちゃん言ってなかったっけ? 阿蘇くんのお母さんは歌唱タイプの伝説と謳われた河南真実よ。河南真実の実家は神社なのよ」
「あっ、そういえば」
礼人の母は父と結婚するまでその神社の巫女だった。礼人の父がない後、礼人の面倒を見るのは自動的にその神社になったのだ。
以前述べたと思うが、寺社仏閣には黄泉路が開きやすく、妖魔が出やすい。それぞれの力で結界を張って妖魔を外に出さないようにしているのだ。
では、結界の内側はどうなっているか?
結界の内側では寺社仏閣それぞれの人物と妖魔との戦いの日々が繰り広げられているのである。
「俺もあそこで暮らすようになってから、普通に妖魔と戦うようになった。優子さんや優子さんの弟の咲人なんかもたまに遊びに来たついでに妖魔退治してたっけ」
「母さんがスパルタなんだもの。礼人くんちだけじゃなくて、墓地に行って『修行よ』って妖魔退治させられたことが何度あったか……」
珍しく優子が遠い目をしている。優子の母優加は優子以上に破天荒な性格をしていると聞いた。優子が言ったようなことくらいさせそうである。
そうして優子は強くなったわけだ。
「ただ、そうね、礼人くんといるとエンカウント多かったかも」
「ですよね」
「学園最強ってこうして生まれていくんですね……」
何せ優加は生ける伝説である。その子どもが優秀じゃない方がおかしいのかもしれない。
礼人は上手く話が逸れたな、と考えていた。
あまり部外者には知られたくないのだ。胸に埋まっているものの事情は。
ただ、礼人が予想した通り、妖魔を引き寄せる性質があるのだとしたら、これからこの学園は妖魔に次々と襲われることになる。
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