第6話 阿蘇礼人の理由1
その後、入部を決めたのなら、と言われて部室に案内される。
聖浄学園には部室棟がある。運動部の棟と文化部の棟。運動部の棟は全部同じ設計になっているが、文化部の棟は部活ごとに違う仕様になっている。
部活ごとに必要なものが違うからというのもあるが……ここにも妖魔対戦戦績というものが反映される。
そのことが今、眼前で証明されていた。
礼人が思わず呟く。
「無駄に広いですね……」
褒めているのか貶しているのか判別の難しいそのコメントに傍らにいた優子が肘鉄を入れる。が、予期していたのか、礼人は避ける。伊達に腐れ縁をしていない。
「無駄にとは失礼ね。ここにも妖魔対戦戦績が反映されているの。雫ちゃんが嘆いていた通り、年間妖魔対戦戦績において、ぶっちぎり一位の文芸部の部室が広いのは
「それはパンフレットでも見ましたよ。確か部費もなんですよね。……そんなことより広さを凌駕するほどのこのカオスは何なんですか」
聖浄学園の現状を説明する優子だったが、礼人のツッコミに真面目だった表情を一変、てへぺろと言わんばかりの不真面目極まりない笑みを浮かべた。礼人はそれにツッコまない。ツッコんだら負けのゲームなのだ。
代わりに後ろからついてきていた麻衣が優子の腰に膝蹴りを食らわせていたが。
腰骨があらぬ方向に曲がり、呻く優子をよそに、礼人は部室と言われたそこをぐるりと見回す。
運動部顔負けのロッカーが何故か一つ。コンピューター研究部以外はなかなか獲得できないというパソコン一台。普通のカラーボックスのような白いロッカーにはなんとなく頭では理解したくないのだが、ピコピコハンマーや、プラスチックバットが雑多に置かれている。科学室のような黒い机が三つほど並び、奥に広いベンチが一つ。運動部ロッカーの傍らには小さな冷蔵庫。電源コードがあるらしく、ポットが置かれ、茶飲みセットが一式揃っている。
ひとまず、途中のピコハンとバットにツッコみたいが、ツッコんだら負けのゲームなのだろうか、これは。礼人はなんだか頭が痛くなってきた。
「れっきとした部室さぁ」
恵比寿顔に似合いすぎる呑気な口調で宣う部長に、麻衣がじとっとした目を向ける。まことは終始きょとんとしていた。
……ここは文芸部なはずだが。
「お茶もできるし、お料理もできるし、ちゃんばらごっこもできる素晴らしい部屋だよ」
首を傾げるなごみに、礼人はとうとうツッコんだ。
「ティータイムも料理もちゃんばらごっこも文芸部要素が見当たらないんですが」
全くだ、と言わんばかりに麻衣が頷く。いや、ここで頷くなら何故こんな部屋になるのを止めなかったのかという疑問が浮上したが、障らぬ神に祟りなし。唯一の
「そりゃ、文芸部だって、お茶くらい飲むし、お腹が空いたらお菓子くらい食べるし、たまに遊びたくだってなるよ?」
「子どもですか」
先に優子が語った通り、妖魔の存在は世界を脅かすほどではないし、学生生活を阻害するほどのものではない。高校生として青春を謳歌することに異論はない。異論はないが。
「これも青春?」
「引きずられるな長谷川。明らかにおかしい」
小首を傾げたまことを即座に呼び戻す礼人。
青春の謳歌というよりこれはただの娯楽空間ではないか?
「合ってる。ここは完全に部員の趣味の空間」
渋い顔をして言う麻衣に、礼人は気紛れに先輩はどこに携わったんですか、と訊ねると、麻衣は少し恥ずかしげに、整えられた茶器のコーナーを指差した。敷かれたテーブルクロスは薄紫のレース柄。趣味はいい。
ただ、礼人よりも頭一つ分以上背の低い幼い様相の人物が成したと思うと、
「随分大人っぽい趣味ですね」
「あら不思議。オブラートが溶けてあたしが幼いと言われているように見えるのだけれど?」
「ぐふっ」
背後から左腕をあらぬ方向に曲げられ、礼人が息を吐き出す。予期せぬ奇襲に対処できなかった。
幸い麻衣はすぐに手を引いてくれたため、少し痛みが残るだけで済んだ。そこで礼人は一つ学んだ。麻衣を童顔だとか幼女だとか揶揄するような発言は慎むべきだと。譬そんな意図がなかったとしても。
まあ、人にコンプレックスがあることは仕方がない。
「まあ、部費は年に一回作る文集くらいにしか使わないから、余った分を有効活用している……? ということにしておいて」
「まいこ、上手いこと言うわね」
おだてても何も出ないわよ、と優子に素っ気なく返す麻衣。その言葉の意味を礼人は咀嚼する。
学校案内には確か、一年で余った部費は学校に返還される、とあったはずだ。せっかく与えられたものだから、使いきってしまいたいというのはなんとなくわかる。勿体ない精神というやつだ。それ自体は悪くない。
だが、使い方というものがもっと他にあると思うのだが。ティータイムは多目に見るとして、ちゃんばらごっこ用と思われるピコハンとバットは明らかに玩具だ。それを部費の用途として容認していいものなのか、甚だ疑問である。
というか、ちゃんばらごっこというなら、古新聞でも丸めて模造剣にする方がそれらしいと思う。何故にピコハンとバットなのか。というかよく容認したものだ。
「新聞の模造剣なんて小学生の遊びじゃん。それならもっと武器っぽいものの方がいいでしょう?」
というのが部長の主張なのだが。ピコハンとバットでも餓鬼の遊びとさして変わらないと思うのは礼人だけだろうか。
礼人は記号タイプの攻撃能力である電装剣の使い手であるため、このような玩具より、愛用の木刀とかもっと武器らしいものがあると思うのだが。
まあ、電装剣というのは、記号タイプの術式を棒状のものに纏わせて使う技であるため、棒状であれば、バットでも使えないことはないが……ピコピコハンマーの用途はどうなるのか。
「まあ、ここ文芸部の主なタイプは創作タイプ。イメージしたものを形にするという、限りなく万能タイプに近い能力の持ち主が多い。百均で打ってるようなちゃっちいピコピコハンマーでも、イメージ次第では金槌のような威力に変換できるのさ。でも本物の金槌じゃ重いから、軽くて取り回しやすいピコハンにしてるわけ」
なるほど、となごみのもっともらしい説明に納得し、礼人はピコハンを手に取って机を叩いてみる。礼人は記号タイプであるから金槌に変わったりしないが、机に打ち付けたピコハンはピコンというちゃっちい玩具らしい緊張感のない音を立てた。
「これ、本当に役に立つんですか?」
疑わしげな眼差しをなごみに向けると、なごみは大仰に頷く。曰く、ピコハンを使いこなして戦う創作タイプがいるらしい。さすが訳あり部。変人の集まりだ。
まあ、寛いでいきなよ、となごみが茶器の方へ向かう。麻衣が冷蔵庫にストックしていたらしいクッキーを出してくる。完全にティータイムモードだ。
なんとなく変人部だと理解した礼人と、まだ理解の及んでいないまことは勧められるままに席に着く。することがないらしい優子は黒い机にべたーんと貼りついて、完全にリラクゼーションモードだ。
流れる和やかな空気。
だが、それはあまりに早く破られる。
礼人は胸をくしゃりと押さえた。そこには鈍痛が走って、肺をきりきりと締め付けられるような感覚に陥る。何度も味わっている感覚だが、慣れることはない。
次いで、まことと優子が異変に気づく。気配察知とでも言えばいいのだろうか。数多の妖魔討伐を経験した二人だからこそ、その勘は鋭く冴えた。
礼人も痛みにその事実を知る。
「妖魔が出た」
三人が口を揃えて発した言葉に、のんびりティータイムをセッティング中だったなごみと麻衣が驚く。
一日一妖魔のはずの聖浄学園。しかし、これは本日三度目だ。
なごみと麻衣が呆気に取られているうちに、礼人、まこと、優子は近くの窓から外に出た。
先程のまことの浄歌で妖魔は浄化されたはずだ。ということはこれは新たな妖魔の出現。
三人が向かった先、グランドに現れた妖魔は黒い靄を集結させたような朧気な姿だった。
「万物は我が前に氷解す『ハック』」
礼人はすぐさまハックで妖魔を分析、弱点を見抜く。
「こいつは粉末タイプの攻撃に弱い。つまりは薬合タイプの技能で作った薬が効く」
礼人が言うなり、まことが動く。
「魔なる存在を浄める形を生み出せ、創成薬合」
見る間にまことの手元に粉状のものが出てくる。
「優子さん!」
「待ってましたよ。シルフ!」
優子が風の精霊を呼び出し、まことが作った薬を広げ、妖魔の元に送り込む。
妖魔が広げようとしていた靄が消える。
そこにとどめとばかりに礼人が唱える。その片手には木刀。
「攻撃用記号構築、標的を確認」
その目は真っ直ぐと妖魔を捉え、振り上げられた木刀は──
「悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ、記号解放!」
薬合タイプの攻撃により、弱まった靄の塊を霧消させた。
まことが念のため浄歌で浄化する間、優子は礼人に歩み寄り、密やかに訊ねる。
「その体質、改善されていないみたいね。ご実家は大変なんじゃない?」
「……俺が全寮制のこの学校に移ってからは、妖魔は減りましたよ」
「礼人くん、それはまさか」
怪訝な顔をする優子に、礼人はきっぱり告げた。
「これで確信しました。俺には妖魔を引き寄せる何かがある。──それを何なのか、知るために俺はここに来たんです。」
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